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事故物件

 人の顔を覚えるのが極端に苦手な友人がいる。


 私も人の顔を覚えるのは得意な方ではなく、町中で声をかけられ、相手はこちらの顔を知っているのに、こちらは相手が誰なのか全くわからないなんてことがざらにある。

 多分その程度なら共感してくれる人もいるだろうが、友人はその比ではない。


 入社三年目のころ、新入社員のころから世話になっている直属の上司に町中で会って、誰かわからず困った顔をしていたのだ。

「普段はスーツ姿の課長がラフな格好をしていたからわからなかった」と言っていた。

 毎日会っている相手ですら、服装の雰囲気が普段と違っているだけでわからなくなるのだ。


 以前、言ってみたことがある。


「顔を覚えるのが苦手でも、努力のしようはあるだろう。家に帰ってから写真を見て覚えるとか、名刺の裏に似顔絵を書いてみるとか」

「じゃあ、お前、壁のシミの写真を何枚も見せられて、このシミはここの壁、そのシミはそこの壁とか教えられて、覚えきれるか? 名刺の裏に壁のシミを描いたところで、後から見返してなんか意味があると思うか?」


 人間の顔と壁のシミが同じ程度にしか見えないということらしいが「さすがにそれは言い過ぎだろう」と、そのときは思った。


 しかし、彼の部屋を訪ねた時に「彼は本当のことを言っていたんだ」と納得した。

「そうでなきゃ、この部屋で暮らせるわけがない」と思った。


 彼の部屋の壁には、人の顔がずらりと並んでいた。

 しかも、恨みがましい表情をして私をにらんでくるのだ。


 その部屋で彼は笑いながら言うのである。

「いい部屋だろ? 事故物件らしくて、これで家賃がこの辺の相場の半分くらいなんだぜ。壁が異様に汚れていることを除けばなんの不都合もない」

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