アンドロイドは悔しい場面で笑顔を見せるか?
「ついに感情を持つアンドロイドが完成した」
――これは素晴らしいことだ、と博士は喜びの表情を浮かべた。
そのアンドロイドは何から何まで博士にそっくりに作られていた。喜び方、怒り方、哀しみ方、笑い方……全て寸分の狂いもなく瓜二つで、博士そのものだった。
しかし、世間の評判はすこぶる悪かった。
「こんなのはただの演技ロボットだ。楽しそうな場面で楽しそうにして、悲しそうな場面で悲しそうにしているだけ。こんなのが感情をもっているとは認められない」
博士はこの世間の評判に納得がいかなかった。何を言っているのかもわからなかった。
博士はアンドロイドの表情を眺めながら思う。
感情ってそういうものじゃないのか?
ただ、評価されていないことだけはわかったので「ここは悔しそうにする場面だな」と思いながら、博士は悔しそうな顔をした。
「いつまで私は悔しそうな顔をしていればいいのだろうか」と博士が困り始めたころ、「そんな辛気臭い顔してたってしょうがないでしょ。次、頑張ろうよ」と、妻が笑顔で博士を励ました。
博士は思う。
妻にも苦労をかけている。このアンドロイドの評価が高かったなら、妻の苦労も報われたはずだ。逆に言うなら、このアンドロイドが評価されなかったことで、妻の苦労も報われなかったと言ってもいい。
それでも何故、笑顔でいられるのだろう。ここは妻も悔しそうな顔をする場面ではないのだろうか?
博士は結論として「感情というのはそういうものなのだろう」と理解をしたような気になった。
博士は客観的に分析する。
「私はもともと感情表現が豊かな方ではない。そのためアンドロイドもあまり感情表現が豊かとは言えなかった。きっとそれが受け入れられなかった原因なのだろう」
それなら、と反省を活かして妻にそっくりなアンドロイドを作った。喜び方、怒り方、哀しみ方、笑い方……全て寸分の狂いもなく瓜二つで、博士の妻そのものだった。
今度こそと思い世間に発表したが、世間の評価は「こんなのはただの演技ロボットだ。楽しそうな場面で楽しそうにして、悲しそうな場面で悲しそうにしているだけ。こんなのが感情をもっているとは認められない」と変わらなかった。
結局、世間の人たちも感情が何かなんてわかってなかったんだ。
人間が笑ったら感情。アンドロイドが笑ったら演技。それ以上でもそれ以下でもなかったんだ。
博士は「ここは悔しそうにする場面だな」と思いながらも、何故か可笑しくなって笑ってしまった。




