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弱肉強食

「ええ! あの蜘蛛女が好きなの?」


 私は思わず大声をあげてしまった。「好きな人いるの? 誰?」って聞いたら、予想外の答えが返ってきたから。


「あの子、そんな風に呼ばれてるの? なんで?」


 蜘蛛女なんてどっちかというと悪口にあたる言葉だと私は思うけど、なぜか彼の表情は嬉しそうに見える。彼にとってはそうではないということなのかな?


「まあ、大体、『蜘蛛女』から想像される通りだと思うよ」


 あの女のことは好きではないから、彼女の悪口を言うことに罪悪感はない。

 ただ、あまりはっきり言ってしまうと、私が陰口を言う陰湿な女みたいになってしまう。


「なるほど。網を張って、男が罠にかかるのを待ち構えている系の悪女とか?」

「そうね、そういうところはあるかな」


 なんでこの男は嬉しそうなんだ。悪女好きなのか?


「メス蜘蛛が交尾したオスを食うみたいに、男を利用してすぐに捨てる、的な?」

「それもあるかも」


 あの女に泣かされた男の数は片手ではすまないだろう。


「フェロモンを糸に分泌してオスを誘う?」

「待って。人間だよ? 糸とかないからね」


 この男、ふざけ始めたな。

 好きな女が想像通りだったから、浮かれているということか?


「感覚毛が発達してて網にかかった獲物の種類や大きさを糸の微弱な振動で感知する?」

「え? 蜘蛛ってそんなことできるの?」


 感覚毛がなにかはわからないけど、網にかかった振動で獲物の種類までわかっちゃうのか。

 普通に蜘蛛の生態に感心してしまう。

 いやいや、と気を取り直して、ツッコミを入れる。


「そうなってくると、蜘蛛女というより、ただの蜘蛛だからね。それはそうと、あなた蜘蛛に詳しすぎない? あなたは蜘蛛男なの?」


 いや、蜘蛛男というよりも、と考え直す。

 鼻筋の通った面長の顔に、切れ長の眼裂とその隙間から覗く三白眼、こけた頬も相まって、どこか爬虫類を思わせる。


 ふと思う。

 蜘蛛って捕食者のイメージだけど、生態系の頂点じゃないんだよね。相手によっては被捕食者だ。例えば、鳥類とか爬虫類とか……。


「ますます好きになったかも。絶対、俺の女にしてやる」


 男を利用するだけ利用して捨てる女を蜘蛛女というなら、そんな悪女を好んで落とそうとするこの男は爬虫類男か。

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