第七話 聖女の仮面
翌朝、私たちは安宿を出て、街の中を歩き始めた。
人々の喧騒、活気にあふれた市場、そして立ち並ぶ店々の煌びやかな光景は、森の静寂とは全く違うものだった。
私はフードを深く被り、セレスティーナとしての顔を隠していた。フィンも私が買ったマントを羽織り、警戒するように周囲を見回している。
「(うわ、すごい人! これが街のパワーってやつか…!)」
そんな私の内心をよそに、フィンは不満そうに呟いた。
「……なんでこんなに人が多いんだ? 歩きにくい」
「仕方ないでしょ。情報収集するには、こういう場所が一番なんだから」
私たちが街の中心部に差し掛かると、一つの広場に、多くの人々が群がっているのが見えた。
人々は皆、興奮した様子で、一つの方向を指差している。
「なんだろう?」
私はフィンと共に人混みをかき分けて、その中心へと進んでいった。
広場の中心には、豪華な馬車が止まっていた。
そして、その馬車の横に立っているのは……聖女アメリアだった。
彼女は雪のように白いドレスを身につけ、太陽の光を浴びて輝いていた。
まるで天使のようなその姿に、人々は皆、感嘆の声を上げている。
アメリアはその美しい顔に優しい笑みを浮かべ、貧しい人々にパンと薬を配っていた。
「ああ、なんて慈悲深い方なんだ……」
「聖女様のおかげで、この冬を越すことができる…」
人々の称賛の声が、私の耳に届く。
聖女アメリア。
私が書いた小説の、主人公。
可憐で、純粋で、誰からも愛される完璧なヒロイン。
(……これが、私が書いたヒロインか。すごいなやっぱり。絵に描いたような美しさだ)
私は、自分の創造したキャラクターが目の前にいることに、ある種の感動を覚えていた。
その時だった。
パンを受け取った老婦人が、アメリアに深々と頭を下げた。
「聖女様、この恩は一生忘れません」
アメリアは柔らかな笑みを浮かべたまま、老婦人の耳元にそっと囁いた。
「……感謝の言葉は、ちゃんと王都に届くように言いなさい。わたくし個人の慈善ではないのよ」
その声は、私とフィンにしか聞こえないほどの小さな囁きだった。
しかし、その声は、アメリアの優しげな顔とは裏腹に驚くほど冷たく、計算高かった。
老婦人は一瞬顔をこわばらせたが、すぐに笑顔に戻り、人々に聞こえるように大きな声で「王都に感謝します!」と叫んだ。
(……え? 何今の…?)
私はその光景に、違和感を覚えた。
私が書いたアメリアは、見返りを求めない真の聖女だったはずだ。
しかし今目の前にいるアメリアは、慈善活動でさえも自身の名声を高めるための道具として利用している。
その瞬間、私の頭の中に、また一つの記憶が蘇った。
それは私が小説を執筆していた時の、友人との会話だった。
『ねえ、アメリアってさ、ちょっといい子ちゃん過ぎない? 裏がある方が面白いと思うんだけど』
『あー、わかる(笑)でも、そういうのって書くの難しくない? 読者にも嫌われそうだし、やめとくわ』
私はあの時、あえて描かなかったアメリアの「裏」を、この世界で目の当たりにしている。
私が想像力で補っていた物語の「裏側」が、この世界では「真実」として存在しているのだ。
つまり、私の記憶はこの世界の「真実」を完全に網羅しているわけではない。
この世界の真実は、私が書いた物語よりもずっと複雑で、そして残酷なのだ。
私はフィンを連れて、その場を離れた。
聖女アメリアの偽善的な慈善活動は、まだ続いている。
私は自分の目で、この世界の真実を確かめ、この物語を書き換えなければならない。
その決意は、揺るぎないものとなっていた。




