第四話 森の暮らしと成長
「もう、ほんっとにムリ…!」
私は、泥にまみれたドレスを見ながら、座り込んでしまった。
フィンが教えてくれた通り、救いの実は甘くて美味しかったけど、たった数個の木の実では、私の空腹は満たされなかった。
貴族の令嬢だったセレスティーナの体は、この上なく華奢で、そして軟弱だ。
少し歩くだけで息が切れ、少しの空腹にも耐えられない。そんな情けない体に、私は心の中で何度もツッコミを入れていた。
「(この体、三年間は公爵令嬢として生きてたんだよね? その間に一回くらい森の散策とか、そういう授業とかなかったの? 全く役に立たないじゃん!)」
そんな私の独り言を、焚き火のそばで静かに見守っていたフィンが、ぼそっと呟いた。
「…都会の人間は、すぐに音を上げるな」
私は反論しようとしたが、何も言えなかった。確かにフィンの言う通りだ。彼はまだ十歳前後だろうに、私よりもずっと頼りがいがある。
「(くそー、年下の男の子にこんなこと言われるなんて、屈辱すぎる…!)」
その夜、私はフィンの焚き火のそばで眠った。
焚き火の暖かさとフィンの存在に、私は少しだけ安心できた。
(……彼は、私が書いた小説に出てくる、主人公を助ける少年なんだ。きっと大丈夫……のはず)
私はそう信じようとした。しかし、もしプロットを思い出せなかったら、この少年がどうなってしまうのか不安が頭をよぎる。
翌日、私は森の暮らしに少しでも慣れるため、フィンに教えを乞うことにした。
「フィンくん、あの、森の中で生きていく方法を、教えてくれませんか?」
「…フィンくんって、変な呼び方だな」
彼は不機嫌そうにそう言ったが、拒否はしなかった。
フィンが教えてくれたのは、簡単なサバイバルの知識だった。
川で魚を捕る方法、焚き火を起こすための木の選び方、そして食べられる植物の見分け方。
私は、フィンが指し示す植物や木の実を見て、頭の中に過去の記憶を呼び起こす。
「(あ! これって確か、解毒作用があるハーブじゃん! 聖女アメリアが、毒を盛られたふりをするために使ったやつ!)」
「(この木の実は、食べると喉の渇きを癒せるやつだ! 王子エリックが、聖女アメリアのために、森で探してあげる場面を書いたような…)」
次々と蘇る、私が書いた黒歴史小説の知識。
それがお嬢様育ちのセレスティーナの、全く役に立たない知識の代わりに、私のサバイバルを助けてくれた。
「すごい! フィンくん、私、天才かも!」
私は解毒作用のあるハーブを見つけ、興奮気味に叫んだ。
フィンは私を冷めた目で見ていたが、その口元は、ほんの少しだけ緩んでいたように見えた。
そうして、私は少しずつ森の暮らしに適応していった。
高価なドレスは、フィンの手で動きやすいように短く切られ、破れた部分も器用に縫い合わせられた。 私は木の枝を杖代わりにし、泥だらけになりながら森を歩き回る。
「(いつの間にか、セレスティーナの優雅さなんて、すっかり消えちゃったな…。でも、この方が私らしいかも)」
私は森の中を歩きながら、そう思った。
内気でインドア派だった私が、森の中で必死に生きようとしている。まるで新しい自分を見つけようとしているようだった。
森でのサバイバル生活を始めてから数日後──。
フィンが、深刻そうな顔で私に話しかけてきた。
「……食糧が、もう、ないんだ」
「え?」
フィンの言う食糧とは、彼が住む集落全体のことだった。
「最近、王都から来た騎士が森の入り口にいて……。公爵様から頂く食料が届かなくなったんだ」
「え……」
彼の言葉に違和感を覚えた。王都の騎士がなぜ、この集落の食料を止めなければならないのか?
私の脳裏に一つのプロットが蘇った。
それは王子エリックが、政敵である公爵家(セレスティーナの父親)を失脚させるために、彼が支援している地方の集落を孤立させるというものだった。
そしてその実行犯は、王子エリックの命令を受けた騎士だった。
「もしかして……」
このままではフィンが住む集落の人々が、飢えで苦しむことになる。
それは、私が書いた小説の最初の「悪役令嬢の陰謀」という設定だった。
私が書いた設定では、この村は王子が支援してるはず… でもフィンは「公爵様から頂く食料」って言った。つまり、この村を支援していたのは公爵家じゃないの!
(…まさか。私が書いた小説のセレスティーナは、王子を陥れるためにフィンの村を……)
転移前に私が書いたセレスティーナ……最悪だよ。
ごめん…フィン。
過去の自分(執筆)を呪いたくなった。
しかし同時に胸の奥から、強い感情が湧き上がってきた。目の前で困っているフィンを、見捨てるわけにはいかない。
そして、この理不尽な状況を作り出した、王子エリックと聖女アメリアを、このまま放置するわけにはいかない。
──私は、優雅な公爵令嬢でも、ただの内気な腐女子でもない。私は、すずかであり、セレスティーナだ。
私は、この黒歴史を、ハッピーエンドに書き換える。
それが私の、新しい物語の始まりだった。




