第二話 典型的な悪役令嬢?
──と、このような悲惨な展開で、前回の第一話は締めくくられました。
馬車がガタガタと揺れる音だけが、あなたの耳に届いていた。
王都の明かりはとっくに視界から消え、窓の外は漆黒の闇に包まれている。あなたはただ、冷たい座席に座り、無言で揺れに身を任せていた。
感情が麻痺しているのか、それともあまりの理不尽さに思考が追いついていないのか、あなたは何も考えられなかった。
どれくらい時間が経っただろう。馬車が突然止まり、御者の男が黙って扉を開けた。顔はフードで隠され表情はうかがえない。ただ、その手つきはあなたを馬車から追い出すことを急いでいるようだった。
「降りてください、セレスティーナ様」
冷淡な声が、凍える空気の中で響く。あなたは何も言わず、ただ静かに馬車を降りた。
一歩外に出ると、土と湿った木の匂いが鼻をつく。周囲には鬱蒼とした木々が立ち並び、月明かりすら届かない。見慣れない場所、不気味なほどの静寂。
御者はあなたを置き去りにすると、一言も発することなく馬車を走らせ、闇の中へ消えていった。
残されたのは、ドレス姿のあなた一人。この状況が、まるで小説のワンシーンのようだと思った。
(どうして今“小説”なんて考えたんだろう…)
自分の思考の突拍子のなさに、内心で首を傾げる。しかしその直後、あなたの頭の中に突然別の声が響いた。それは、何年も前にあなたが書いた小説の、第二話の「前書き」だった。
『──と、このような悲惨な展開で、前回の第一話は締めくくられました』
あなたの脳内で、あなたの文章が再生されている。その事実にゾッとした。そして、その声に続くように──。
『って、これ典型的な悪役令嬢だよ!』
『また転移小説か……』
その声は、あなた自身の心の声だった。
(転移……? 小説の中に?…馬鹿な…)
直感的に理解しそうになったことを、理性で無理やり押し戻す。転移なんて、そんな非科学的なことがあり得るはずがない。
──ただの悪役令嬢、セレスティーナ・フォン・アーヴェル。
──ずっとこの世界で生きてきた。
だけど今この瞬間、あなたの頭の中には二つの思考が混線している。
公爵令嬢としての高慢な”あなた”と、日本に住む社会人の”私”
二つ思考が、まるで綱引きをしているかのようだ。
(おかしくなった…。きっと婚約破棄のショックで、頭がおかしくなってしまったんだわ)
あなたはそう結論付けようと必死になった。これは夢だ。悪夢だ。早く目が覚めてくれないかな。
そう呟きながら、あなたは森の中を歩き始めた。しかし、あなたの五感は、これが紛れもない現実だと突きつけてくる。
頬を刺すような夜の冷気。ヒールが踏みしめる小石の感触。腹の底から鳴り響く空腹感。そして何よりも、ドレスの裾が木の枝に引っかかり、破れるたびに聞こえるチリチリという耳障りな音。
(うわ、私のドレスが! これ、オーダーメイドだったのに! いくらかかったと思ってんのよ!)
セレスティーナの感情とは全く違う、あなたの心の声。しかし、その声はあなたの意識そのものだ。
あなたは混乱し、喉が渇いていることに気がついた。幸いなことに、少し歩くと小川のせせらぎが聞こえてきた。あなたはふらふらと小川に近づき、水面を覗き込んだ。
そこに映っていたのは、完璧な顔立ちの美しい女性。青い瞳に、艶やかな金色の髪。どこを見ても、非の打ち所のないセレスティーナの顔だ。(あ、よかった…私だ…)
それでもあなたは、その顔がまるで他人のように思えた。
安堵したのも束の間、あなたは水面に手を入れ、顔を洗おうとした。その瞬間だった。冷たい水の感触に、思わず声が漏れた。
「うっわ! 冷たっ!」
その言葉は、現代日本の、”あなたの”、あなたの口調そのものだった。
周囲に誰もいないことを確認し、ホッと胸をなでおろす。
その瞬間、雷に打たれたような衝撃とともに、一つの映像が頭に浮かんだ。
それは、夜中、薄暗い部屋でパソコンに向かっているあなたの姿。画面に映し出された小説投稿サイトの画面。そして、その画面の片隅にあるブラウザのタブ。そこに表示された検索履歴。
『中世 鏡 存在する?』
その検索ワードは、水面に映るあなたの顔と重なり、頭の中で一つの答えを導き出した。
ああ……そうか。
”私は”、私が書いた小説の世界に、転移してしまったんだ。
しかも、よりにもよって、この世界の悪役令嬢に。
そして、脳裏に浮かぶのは、過去の私。
『あ~もう! アクセス数が全然伸びない! コメントもゼロ! なんなのこの需要のない設定! もういい! 黒歴史として葬り去ってやるー!』
あの時、私は投稿サイトから作品を削除し、パソコンのテキストファイルもゴミ箱に放り込んだ。
つまり…つまり、今の”あなた”には、この物語の続きが、全く分からない。
婚約破棄されて、追放される。そこまでは覚えている。
でも、この後どうなるんだっけ?
確か、この後、主人公がピンチに陥って…それをヒーローが助けて…あれ?
いや、待って。私が書いた小説なんだから、主人公は私じゃない!
悪役令嬢であるセレスティーナは、ここから破滅の一途を辿るはずだ。
その、破滅の過程は、どうなるんだっけ?
思い出せない。何もかも、思い出せない。
私は、自分の黒歴史小説の中で、破滅が確定している悪役令嬢として生きる運命にある。そしてその結末を…私は全く覚えていない。
私は、森の中で絶望に打ちひしがれた。
そう…。
これは「私」が書いた、「あなたの」物語。




