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第十九話 夜明けの誓いと女狐の思惑

 夜明けの光が、王都の空を、静かに染め始めていた。聖女アメリアの館を後にしてから、私はレオンと共にシャドウ・ギルドの隠れ家へと向かっていた。


 酒場の地下室にたどり着くと、彼女は、私たちの無事な姿を見て安堵の息をついた。


「まさかお前たちが『運命の守護者』と対峙するとはな……」


 エリザベートは、そう言って私の手から『王子エリックの謀略に関する報告書』を受け取った。彼女は報告書を静かに読み進める。すると、その表情は驚きと怒りに変わっていった。


「…信じられない。王子は、この国を、自分の手中に収めるために、聖女アメリアを利用していたというのか……!」


 エリザベートは拳を強く握りしめた。


「そして聖女アメリアも王子を裏切り、この国を支配しようと画策していた……。まったく、この国の貴族たちは、どこまで腐っているんだ……!」


 エリザベートは報告書をテーブルに叩きつけると、私に視線を向けた。


「お前たちの言葉は、信じられない。だが、この報告書は嘘をついていない。私はこの報告書を、この国の貴族たちに公表する。そうすれば王子の権威は地に落ちるだろう」


 私は、エリザベートの言葉に、安堵の息をついた。しかし、同時に彼女の言葉に一つの疑問を抱いた。


「……貴族たちに、公表する? それは、どういうことですか?」


 私の問いにエリザベートは、含みのある笑みで返した。


「私はこの報告書を使って、この国の貴族たちに協力を求める。そして、王子と聖女アメリアをこの国から追放する。それがこの国の秩序を立て直す、唯一の方法だから」


 エリザベートの言葉に、私は胸騒ぎを覚えた。

 彼女はこの報告書を使って、王子を追放し、自らがこの国の新たな支配者になろうとしているのではないか?


 私はエリザベートに、真っ直ぐに視線を向けた。


「……あなたの目的は、何ですか? 本当に、この国の秩序を立て直すことだけなのですか?」


 エリザベートは、一瞬、言葉を詰まらせた。

 しかし彼女は、すぐに表情を戻した。


「お前は聡いな。そうだよ。私はこの国の秩序を立て直し、この国を私の手で正しい方向へと導く。それが私の『ハッピーエンド』だ」


 聖女アメリア、王子、そして、この人も……。みんな、それぞれの『ハッピーエンド』を望んでいる……。


「……あなたの『ハッピーエンド』は、この国のすべてを、あなたの手中に収めること。それは王子や聖女アメリアと何も変わらない」


 エリザベートの顔から微笑が消えた。


「黙れ。お前のような、何も知らない人間に、私の『ハッピーエンド』を否定する権利はない」


 彼女の声は冷たかった。

 エリザベートは、私に背を向け、地下室の階段を上っていった。


「私は、この報告書を使って、この国の運命を書き換える。お前たちは、もう用済みだ。この街からすぐに立ち去れ」


「待ってください!」


 私は声を荒げた。


「あなたは確かに言いました。証拠を奪ってくれば、私たちをこの街から安全に逃がし、新たな隠れ家を用意すると。私たちはその約束を信じて、命懸けでこの報告書を手に入れたんです! それを反故にして“用済み”とはあんまりじゃありませんか!」


 エリザベートの足が、階段の途中で止まる。振り返った彼女の瞳は、冷えた光を宿していた。


「……交渉は常に変わる。力を持たぬ者に、約束を守らせる術はない。それを学べ」


 氷のような言葉を放つと、彼女は再び前を向いた。しかしその背中は、ほんの一瞬だけ、わずかに揺らいだように見えた。


「……これは、お前たち自身の『物語』だ」


 そう言ってエリザベートは、地下室の出口に続く階段を静かに上っていく。

 私は、レオンに視線を向けた。

 レオンは、私の顔をじっと見つめている。彼の瞳は「どうする?」と語りかけているかのようだった。


「お前たちがアメリア館に潜入したことは、すでに”この界隈”では有名だろうさ」


「それは…どういう?」


 昨日今日の話だ。なのにエリザベートはなぜ、そんなことを言ったのだろう?


「ま、そういうことだ」


 エリザベートは含みを持たせて、そう言った。


「この女狐め……食えない女だ」


 レオンはそう言って、苦笑いした。


 裏社会を掌握する女ボスとしての顔を持つエリザベート。

 たとえ交換条件が成立しなかったとしても、アメリア館に潜入し、無事に戻ってきた噂の出所が“エリザベート”であることは、非常に大きな意味を持つ。


(まったく……余計に目立ってしまったわ)


 *


 私たちは隠れ家を出たあと、無言で通りを歩いていた。『王子エリックの謀略に関する報告書』の重みが、まだ掌に残っている気がした。──それはこの国の権力構造を揺るがす爆弾であり、物語の渦から引き離す最後の切り札でもある。


「お嬢様…」


 レオンの声が、静寂を破った。彼の表情は複雑な感情で揺れている。


「エリザベート様は、もう、私たちとは別の道を歩まれるのでしょうか?」


 立ち止まり、レオンの顔を見つめる。彼の瞳にはエリザベートへの尊敬と、彼女との別れを惜しむ感情が混ざり合っていた。


「ええ。彼女は、彼女自身の『ハッピーエンド』を望んでいる。この報告書は、彼女に託すわ。彼女なら、この国の貴族たちをうまく操り、王子を失脚させるでしょう」


 レオンは驚きを隠せないでいた。


「しかし、お嬢様。それは、エリザベート様の思惑通りに……」


「そう。彼女の思惑通りに、この物語は進む。しかし、それは、私たちが望む『ハッピーエンド』とは異なるものよ」


 遠くの空に、昇り始めた太陽を仰ぎ見る。


「私たちは、この街を離れる。そして、この世界のどこかで、私たちが本当に望む、『みんなのためのハッピーエンド』を探す旅に出る」


この言葉に、レオンは静かに頷いた。


「分かりました、お嬢様。私も、お嬢様とご一緒させていただきます」


 レオンの言葉に胸が熱くなる。彼は、この選択を決して否定せず、いつも隣にいてくれる。


 二人は、王都の城壁へと向かった。門はまだ閉ざされていたが、その近くに隠れ、開くのを待つ。その間、この世界の『物語』について話し合った。


「……お嬢様は、『運命の守護者』の言葉を信じますか?」


 レオンの問いに、静かに首を横に振った。


「いいえ。もし、この世界の『物語』が、誰かによって決められているのなら、それは私たちが、この世界に来た意味を否定することになるわ。私たちは自分たちの意志で、この世界の運命を書き換えることができる」


 夜明けの光が、王都の城壁を照らし出した。門がゆっくりと開かれていく。

 二人は、門をくぐり、王都を後にした。


 旅は、今、始まったばかり──。


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