第十八話 物語の守護者と決意の秘術
王子の背後に現れたフードの男。その声と瞳に宿る闇は、聖女アメリアや王子とは異なる、異質な存在を物語っていた。
男は、巨大な剣を地面に突き立てると、その剣から黒い光が放たれ、私と王子、そしてレオンを囲むように、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「…この世界の『運命の糸』は、すでに大きく乱れている。二人の『イレギュラー』が、異なる『ハッピーエンド』を望み、互いの存在を否定しているからだ」
男の声は、感情をほとんど感じさせない、静かで重い響きを持っていた。彼は巨大な剣の柄に手を置き、そのフードの奥で私をじっと見つめている。
「私は、この世界の『物語』の守護者。乱れた『運命の糸』を修復し、この世界を、本来あるべき『物語』へと導く者」
男の言葉に、王子エリックは顔色を変えた。
「貴様……まさか、『運命の守護者』か! なぜ、こんな場所に……!?」
男が答える。
「物語が、自己修復の限界を超えたからだ。お前たちの存在は、この世界の物語にとってあまりにも異質すぎる」
男はそう言って、ゆっくりと剣を抜いた。その剣は、夜空の闇を切り裂くかのように、漆黒の輝きを放っていた。
「お前たち二人のうち一人を『物語』から消し去らなければ、この世界の未来はない」
男の言葉は、私と王子に、死刑宣告を突きつけたかのようだった。
王子は男の言葉に怒りの表情を浮かべた。
「黙れ! 私はこの世界の物語を、正しいハッピーエンドへと導くために、この世界に転移したのだ! 君のような物語の番人に、私の行く手を阻む権利はない!」
王子はそう言って、男に攻撃を仕掛けてきた。彼の掌からまばゆい光が放たれ、その光が男に襲いかかった。
しかし男は巨大な剣を振るうと、王子の光をまるで何事もなかったかのように、一瞬にして切り裂いた。
「無駄だ。私の前では、お前たちの『力』など赤子の遊びにすぎない」
男の声は静かだったが、その言葉には絶対的な自信が宿っていた。
王子は男の圧倒的な力に、驚きと、そして恐怖の表情を浮かべていた。
その隙に男は、私に視線を向けた。
「そしてお前。なぜ『物語』に逆らい、この世界を破壊しようとする?」
男の問いに私は、胸に抱いた秘術の書を、より一層強く握りしめた。
「私は……。この世界の『ハッピーエンド』を、自分で見つけたいだけ! 誰かによって決められた『ハッピーエンド』なんか、いらない!」
私の言葉に、男は「ハッピ…ん? なに」と言って、静かに首を横に振った。
「愚かな。お前が望む『ハッピーエンド』は、この世界の秩序を乱し、多くの悲劇を生み出す。お前はこの世界の『悪役令嬢』として、この世界を滅ぼす存在なのだ」
男の言葉は、私の心を深く抉った。
(……私は、この世界を滅ぼす存在……? そんなはずは……)
私が動揺していると、レオンが、男の前に立ち塞がった。
「黙れ! お嬢様は、この世界を滅ぼす存在などではない! お嬢様はこの世界の、みんなのための『ハッピーエンド』を探しているんだ!」
レオンは、そう言って、男に剣を向けた。
男は、レオンの言葉に、嘲笑するように鼻を鳴らした。
「……人間ごときに、この世界の『運命』が理解できるものか。お前のような存在は、この『物語』にとって、取るに足らない存在だ」
男はそう言って、レオンに剣を向けた。
私は、レオンが男の攻撃に立ち向かうのを見て、心臓が激しく脈打つのを感じた。
「レオンさん! 退いて!」
私は叫んだ。
しかしレオンは、決して退こうとはしなかった。
男の剣がレオンに襲いかかろうとした、その時だった。
私の脳裏に、一つの秘術の呪文が蘇った。
それは秘術の書にも記されていない、私がこの世界に来てから、無意識のうちに習得していた、私の『オリジナル』の秘術だった。
「虚無を識り、存在を否定し、我が意志のままに、すべてを無形化せよ!」
私の掌から強大な魔力が放たれ、その魔力が男の巨大な剣に襲いかかった。
男の剣は私の魔力に包まれると、ゆっくりと、そして確実に、その姿を消していった。
男は驚きと恐怖の表情で、私を見つめている。
「…まさか、お前、そんな『秘術』まで使えるなんて……!」
男の剣が完全に消えると、男はその場に倒れ込んだ。
この秘術は、相手の『力』を一時的に無効化する。つまり彼の『剣』が、彼の『力』の源だった……!
私はこの秘術の『真の力』を、初めて理解した。
これはただ物質を無形化させるだけでなく、相手の存在、つまり『力』そのものを、一時的に無効化する力なのだ。
私は、この秘術を使えば、この世界の『物語』を、本当に書き換えることができるかもしれない。
「レオンさん! 王子! 今です! 脱出しましょう!」
私は、レオンと王子に叫んだ。
王子は、男が倒れ込んでいるのを見て、複雑な表情を浮かべていた。
「……君の『力』は、私の予想を遥かに超えていた。この場は、君に譲ろう」
そう言って私に頷き、衛兵たちと共にこの場を後にした。




