第十四話 裏社会の闇と交わる光
レオンは目を見開き、即座に声を荒げた。
「お嬢様! 裏社会など、盗賊と殺し屋がひしめく巣窟です。あなたをそんな場所へ連れて行くなど、あまりに危険すぎる!」
私は落ち着いた声で応じる。
「危険なのは分かっているわ。でも、衛兵や王子の追手から逃れられる場所なんて、そこしか残されていない」
レオンは言葉を詰まらせる。彼の視線には怯えはなかった。ただひたすら、私を案じる誠実さだけがあった。
「……あなたの身を案じているのです。どれほど私が剣を振るおうと、裏社会の連中をすべて抑え込める保証はない」
私は一歩踏み出し、まっすぐに彼を見つめた。
「分かっているわ、レオン。けれど、じっとしていても追い詰められるだけ。なら、いっそこちらから一歩踏み込んで、王子の想定しない場所に活路を見出すの」
しばしの沈黙。
私は、強気な態度とは裏腹に、もしレオンが有無も言わさず、私の提案を却下したら……、裏社会などに全く精通していない私は八方塞がりだと、内心では気が気でなかった。
やがて、レオンは低く息を吐いた。
「……お嬢様は本当に大胆だ」
そう言って彼は、机の上の古びた地図を広げた。
その地図には、王都の裏路地が複雑な線で描かれていて、特定の区画が赤く印されていた。彼はその赤く記された部分を指さした。
「ここが『影の棲み家』──裏社会を束ねる組織、シャドウ・ギルドの縄張りです。王子の兵ですら、自ら進んで足を踏み入れるようなことはしない…」
レオンはそう言って、私をチラリと見た。まるで私の反応を探るような間だ。私は返事をする代わりに片眉をあげて続きを促した。
「だが…、我々にとっても同じく危険な場所……」
私は即座に反論した。
「だからこそ利用できるのよ!」
レオンがなにか言いたげな顔をしたので、私はさらに遮るようにして、こう言った。
「王子が街の食料を断ち、民衆も裏社会も苦しんでいるはず。彼らにとっても王子は邪魔者よ。私たちは秘術を切り札に、共闘を持ちかけるの」
レオンは沈黙し、しばし私を見つめた後、低く頷いた。
「……大胆だ。しかし、口先だけでは通じない。証を見せなければ信用は得られない」
私は微笑み、秘術の書を開いた。
「そのための切り札は、もう用意してあるわ」
記された禁忌の術──虚無化。物質そのものを無に還す力。
まだ使いこなせる自信はなかったが、これしか道はなかった。
◇ ◇ ◇
翌日、私たちは『影の棲み家 シャドウ・ギルド』へと足を踏み入れた。昼だというのに薄暗く湿った空気が漂い、建物は崩れかけ、人々の顔には猜疑心が刻まれている。
奥に構える大きな酒場こそ、シャドウ・ギルドの本拠地だった。
扉を開けると、煙と酒の匂いが渦巻き、多くの荒くれ者たちが一斉に私たちを睨んだ。
顔に傷を持つ男が声を荒げる。
「何者だ、お前ら?」
「敵ではありません」
私は一歩前へ出た。
「ああ?」
男は威圧するように近づいてくる。
レオンが私の横をすり抜け、前へ出ようとするのを制止し、私はこう言った。
「共通の敵を持つ者です。──王子エリックと聖女アメリアを」
あれこれ説明するよりも、いきなり本題から入った方が得策だと思えたのだけれど……。
場が一瞬で凍りついた。
「お嬢さま……」
ざわめきの後、酒場の奥から女が現れる。
豪奢な衣装をまとい、氷のような瞳を持つ女──。
「私は──」
彼女は自分が、ここの頭領だと言った。
名は──エリザベート。
「面白いことを言う。だが、口先だけの者はここでは生きられない。力を示してみせろ」
彼女が指差したのは、護衛が腰に差した短剣だった。
どういう意味だろう……。
(いえ!どういう意味もなにもない。彼女は『力を示せ!』と言ったんだ)
私は深呼吸し、掌を伸ばす。
「虚無に還れ──」
淡い光が刃を包み、鋼が静かに、しかし確実に消えていく。
残されたのは空虚だけ。酒場はざわめきに飲まれた。
エリザベートの瞳に、驚愕と恐怖、そして欲望が交錯する。
私は続けて術を解き、短剣を再び元の姿へ戻した。
歓声とどよめきが爆発した。
その瞬間、全身の力が抜けた。
視界が揺れ、膝が崩れ落ちる。
「……っ!」
フィンが慌てて支えてくれた。
レオンも駆け寄る。
虚無化は成功したけど、精神も魔力もごっそり削られてしまったみたいだ。
「お前……本当に公爵家の秘術を……」
エリザベートは震える声で呟き、やがて私を見据えた。
(秘術の事は秘匿らしいけど……意外と皆さん知ってますよね〜。なんで…?)
「分かった。お前たちと手を組もう。ただし──本当に仲間と認めるかどうかは、これからだ」
冷たい手が私の手を強く握った。
その握力には、確かな共闘の意思が宿っていた。
こうして私たちは、新たな同盟を得た。
しかし同時に、この力が持つ代償の重さを、私は身をもって知ることになったのだった。




