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第十三話 新たな一歩と仲間

ちゃんと完結しますので、安心してお読み下さいませ。※もし完結出来なかった時には、石のつぶてでもぶつけて下さい。

 ミナの家で過ごした数週間は、私にとってただの隠れ家ではなかった。それは新しい自分を見つけ、そして、新しい力を手に入れるための、大切な時間だった。私は「秘術の書」を読み解き、そこに記された魔法を一つ一つ習得していった。


 最初に挑んだのは、やはり「空間転移」の秘術だった。王子に追われたあの時、咄嗟に発動させたこの秘術は、私の心を深く揺さぶった。私が書いた小説のほんの一節が、この世界で現実の魔法として機能したのだ。その事実を、私は深く知りたいと思った。


 空間転移の秘術は、他の魔法よりも難解だった。本には「空間を識り、境界を歪め、我が意志のままに道を拓け」と記されている。

 私は何度も何度も試みたが、最初は小さな光の玉を浮かび上がらせるのが精一杯だった。精神を集中させ意識を一点に集める。しかし、少しでも迷いや恐怖が心に浮かぶと、光の玉はすぐに消えてしまう。


(そうだ……この秘術は、私の精神と深く結びついている。迷いがあってはいけない……)


 私は目を閉じ、フィンが初めて私に手を差し伸べてくれた時のことを思い出した。あの時、私の心にあったのは、ただの絶望ではなかった。見知らぬ少年を助けたいという、純粋な願いがあったのだ。

 その時の感情を胸に、私はもう一度、空間転移の秘術を試みた。


「空間を識り、境界を歪め、我が意志のままに道を拓け……!」


 強く念じた瞬間、掌に浮かび上がった光の玉は、先ほどよりも力強く輝き、揺らぎを見せなかった。私はその光を、部屋の隅にある椅子へと向かって放つ。玉は椅子の手前で消えてしまったが、椅子は確かにわずかに揺れていた。


(今の……たしかに、椅子の空間を歪ませた……!)


 胸の奥に熱が広がった。まだ未熟だが確かな手応えがそこにあった。


 私はその後も、ミナの家で秘術の習得に日々を費やした。

 物質の重さを操る「重力操作」は、フィンが背負う重い荷物を軽くするために。光を操る「光操作」は、暗い夜道を照らすために。念話の秘術は、フィンと離れて行動する時の連絡に。

 どれも小さな成果ではあったが、秘術が「人を守るための力」として役立つことに、私は救われる思いだった。


 けれど、その一方で、私は恐ろしくもあった。

 秘術の書は、私の精神を映し出す「鏡」でもある。怒りや憎しみを抱くと力は制御不能に暴走し、穏やかで優しい気持ちを抱けば、力は安定して自在に応えてくれる。


 私は何度も心を落ち着かせながら術を繰り返した──。


 ある日の夕暮れ。私はフィンを連れて、ミナの家から少し離れた市場へ出かけた。この数週間で、私たちは街の裏側の生活にも慣れ、人々の波に紛れて行動する術を身につけていた。

 私は手に入れた金貨で、フィンが喜びそうな食料を買ってやろうと考えていた。


 その時だった──。


 一人の男が、私たちの目の前に立ち塞がった。

 黒いマントに深いフード。顔は隠されていたが、鋭い瞳だけが闇を切り裂くように光り、私を射抜いてきた。私は咄嗟にフィンの手を握りしめる。


「そこの娘さん、少しばかり、お話があります」


 低く響く声。威圧感はあるが、同時に妙な知性がにじむ声だった。私は返事をせず、わずかに後ずさりながら様子をうかがう。

 男は私の警戒を見て取ると、ゆっくりとフードを外した。


 現れた顔は、年を重ねた知的な顔立ち。しかし、その頬には深い切り傷の痕が刻まれていた。


「心配なさらず。私は、あなたを害する者ではありません。むしろ……あなたの『力』に、心当たりがある者です」


(この男……何者? なぜ私の秘術のことを……?)


 私は視線を逸らさず、静かに問いかけた。


「……あなたの言う『力』とは、一体何のことでしょうか?」


 男は小さく微笑んだ。


「お嬢さん。あなたは、公爵令嬢セレスティーナ・フォン・アーヴェル。そして──公爵家に代々伝わる『秘術』の継承者。違いますか?」


 それを聞いて、私は言葉を失い、男をただ見つめ返すことしか出来なかった。

 男は私の沈黙を肯定と受け取ったのか、穏やかに続けた。


「驚かれるのも無理はない。ですが、私は敵ではありません。私の名はレオン。かつて王都の魔術師団に所属していました」


 レオンと名乗った男は、私とフィンをさらに奥の路地裏へと導いた。私は一瞬ためらったが、その瞳に敵意を感じなかったため後を追った。


 *


 辿り着いたのは、薄汚れた地下室だった。しかしそこには、古書や魔法の資料が山のように積まれており、彼の知性を物語っていた。


 レオンは温かいスープを差し出しながら、ゆっくりと語り始める。


「私は数年前まで、王子エリックの側近として魔術師団に仕えていました。しかし……王子が公爵家を陥れる恐ろしい計画を企てていることを知ってしまったのです」


 彼の口から語られる真実は、ミナから聞いたものとほぼ同じだった。王子は聖女アメリアと結託し、公爵家を不正の罪で陥れた。

 さらに、王子は公爵家の秘術を奪い、聖女の力と融合させることで絶対の権力を手に入れようとしている。


 レオンは静かに頭を下げた。


「お嬢様。王子の野望を阻止できるのは、あなたと、公爵家に伝わる秘術だけなのです」


 その言葉に私は大きく揺さぶられた。

 これまで私は、ただ生き延びるために、そしてフィンを守るために秘術を使っていた。しかし、レオンはそれを「国を変える力」として見ている。


(この人は……本当に味方なの? それとも利用しようとしているだけ……?)


 私はフィンに視線を向けた。彼は真剣な顔で話を聞いており、その瞳は「信じてみろ」と語っているように見えた。


 私は静かに口を開く。


「……分かりました、レオンさん。私は、あなたの言葉を信じます」


 レオンは安堵の息を漏らし、しかしすぐに顔を引き締める。


「ありがとうございます、お嬢様。ですが……時間は残されていません」


 窓の外を指差した彼の声に、私は息を呑んだ。

 そこには王都の衛兵たちが路地を厳重に捜索している姿があった。魔法のランプが揺らめき、闇を切り裂いている。


「王子は、あなたがこの街に潜んでいると確信しています。そして……秘術の存在も」


「まさか、もうここまで迫っているなんて!」


「このままでは捕まってしまう……しかし、逃げ場はない」


 レオンの声は絶望に沈んでいた。

 けど、私は首を横に振り、胸に抱く「秘術の書」を強く握りしめた。


「いいえ。方法はある。この本には、まだ私が使っていない魔法がたくさん記されている。私たちは……この秘術で状況を打開するのよ」


 驚きに目を見開くレオン。


「まさか……お嬢様……?」


「ええ。王子だけじゃない。この街の裏側を支配している『組織』がいる……そこに活路があるはず」


 私はそう言い切り、彼に計画を語り始めた。


 私たちの物語は、再び大きな転機を迎えようとしていた。

 そして、この物語は、私が思い描いた小説よりも、ずっと複雑で、ずっと面白くなっていくのだろう。


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