第十二話 秘術の正体と新たな力
ミナの家は、街の喧騒から離れた静かな場所にあった。暖炉の火がパチパチと音を立て、部屋を温かく照らす。フィンは温かいお茶を飲み干すと、すぐに眠りについた。私は彼の安らかな寝顔を眺めながら、ミナが差し出す分厚い古書に目を向けた。
「これは、公爵家に伝わる『秘術の書』でございます」
「秘術の書!?」
「はい。公爵様は、お嬢様がこの本を必要とされることをご存知でした」
そう言って手渡された書物の、その重みに息をのむ。
私は慎重にページを開く。
ページをめくるたびに、古い紙の匂いと、少しざらついた手触りが指先に伝わる。そこには、私が書いた小説にはなかった、この世界の「魔法」や「秘術」に関する膨大な知識が記されていた。まさに、この世界のルールブックそのものだ。
読み進めるうち、私は気づいた。この本に書かれた秘術は、私が小説でセレスティーナに与えた魔法と酷似している。無意識のうちに、私はこの世界の“本当の記憶”を物語に書き写していたのかもしれない。
ページには「空間転移」「念話」「治癒魔法」など、私の小説にはなかった秘術が記されていて、その多くが私の作った呪文と同じ形式で発動可能だった。
(……すごい…! この本を使えば、もっとたくさんの魔法が使える……!)
希望に胸を膨らませた矢先、ミナの顔が悲しそうに歪んでいることに気づく。私はふと息を呑み、言葉を選びながら口を開いた。
「ミナ? どうしたの?」
「お嬢様……。その本には、もう一つのことが記されています」
深刻そうな顔でミナがそう告げた。
ミナは更に続けた。
「秘術の使い手は、決して他人にその力を話してはならないという禁忌です」
息をのむ私に、ミナはゆっくりと近づき、手を軽く胸の前で組む。その動作だけで、深刻な内容だと伝わってくる。本当に重要な話は、まだその先があるんだ…と。
「秘術は強大すぎるゆえ、使い手の精神を蝕み、やがて制御できなくなります。乱用すれば、精神は秘術に支配されてしまうでしょう。そのため、公爵家は封印し、代々本の存在を隠してきました。しかし──」
私は掌に汗を感じ、息が止まるような気がした。
ミナは私の様子を見て、一旦言葉を切った。
私はこう考えた。小説の中でセレスティーナが破滅していった理由は、まさにこの呪いだったのかもしれない、と。
だけどミナは、この本を最初に私に差し出した時に、こうも言った『公爵様は、お嬢様がこの本を必要とされることをご存知でした』とも。
希望であり、呪いでもあるこの本をどう使えばいいのか、途方に暮れた。
ページを閉じかけ、しばし考え込む。指先で本の角を撫でながら、私は小さく独り言のように呟いた。
「……やっぱり、怖い……でも、逃げたくない」
そのとき、ミナが静かに手を握り、私の肩にそっと触れる。その温もりだけで、少し安心感が広がった。
「しかし──お嬢様。公爵様は、お嬢様のことを信じておられました。お嬢様なら、この力を正しく使えると」
私は小さく頷き、手のひらでミナの手を握り返す。胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ありがとう、ミナ。……私、頑張るわ。この力を正しく使って、この世界の運命をハッピーエンドに書き換えるから!」
「は…ハッピーエンド?」
私は再び本を胸に抱き、背筋を伸ばす。胸に重くのしかかる責任と希望、両方を抱えながらも、もう逃げない。この世界の「悪役令嬢」としてではなく、「主人公」として物語を紡いでいく──それが、私にできる唯一の償いなのだから!
その夜、私は慎重に本を開き、最初の秘術「温度操作」を試した。
掌に意識を集中すると、じんわり温かさが広がり、小さな光の玉が浮かび上がる。初めて自分の手で魔法を発動した瞬間、私は驚きと感動を同時に覚え、思わず息を漏らした。
「ひ……光った!」
ミナが優しく微笑む。
「素晴らしいです、お嬢様。初めてにしては見事です」
「でも……まだ、力の感覚をつかめていないみたい」
私は光を見つめながら、指先でそっと触れてその熱を確かめる。
「焦らず、ゆっくりと。秘術はお嬢様の心を映す鏡です」
ミナの言葉に、私は深く息を吸い込み、掌の光に意識を集中した。怒りも焦りもなく、ただ静かに、優しい気持ちを思い浮かべながら。
(……これが、お父様が私に託した、本当の秘術の意味なのね……)
秘術は、私の心の状態を映す鏡でもあった。
穏やかな気持ちでいると光は安定し、負の感情が混じると不安定になる。力を扱うには、心の強さと慎重さが不可欠だと理解した。
私は深く息を吸い、覚悟を胸に秘術を学ぶことを決めた。この本を使って、この世界の運命を、私自身の手で書き換えてみせるぅ──。
「セレスティーナうるせえ....」
傍らでフィンが寝返るを打った。




