第十話 予期せぬ再会
私は、あの時、あえて描かなかったアメリアの「裏」を、この世界で目の当たりにしている。私が想像力で補っていた、物語の「裏側」が、この世界では「真実」として存在しているのだ。
つまり、私の記憶は、この世界の「真実」を完全に網羅しているわけではない。この世界の真実は、私が書いた物語よりも、ずっと複雑で、そして残酷なのだ。
私は、フィンを連れて、その場を離れた。
聖女アメリアの偽善的な慈善活動は、まだ続いている。
私は、自分の目で、この世界の真実を確かめ、この物語を書き換えなければならない。
その決意は、揺るぎないものとなっていた。
しかし、私たちが広場を離れようとしたその時だった。
「……待て」
背後から、冷たく、威厳のある声が聞こえた。
私は、心臓が跳ね上がるのを感じた。
(嘘でしょ……)
私は、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、王子エリックだった。
彼は、舞台を降りて、私に向かって歩いてきていた。
その瞳は、私を、そしてフィンの姿を、じっと見つめている。
「(やばい! 見つかった!?)」
(この男は、私を公爵家の権威を奪うための道具として利用したのかもしれない。もしそうなら、用済みになった私を、この場で始末するつもりかもしれない……!)
私の脳内は、パニックに陥っていた。
しかし、ここで動揺してはならない。
私はセレスティーナとして、気品を保たなければならない。
深呼吸をして、平静を装う。
「何か、御用でしょうか?」
私は少し掠れた声で、そう尋ねた。
王子エリックは、私の顔をじっと見つめている。
彼の瞳は、私の中の「すずか」と「セレスティーナ」の、どちらを見ているのだろう。
「……そのマント、見慣れないな。どこの者だ?」
王子の声は、冷たく、威圧的だった。
私は、心臓が激しく脈打つのを感じた。
(どうしよう……。何か、嘘をつかないと…!)
私は、必死に頭を回転させた。
転移前の知識が、私の頭の中を駆け巡る。
(そうだ。旅人、という設定にしよう。それなら、この場を切り抜けられるかもしれない…!)
私は、震える声で言った。
「私…たたちは、ただの旅の者です。この街の噂を聞きつっけ、寄ってみただけです」
(噛んでんじゃん…)
私の言葉に、王子エリックは眉をひそめた。
「ほう? 旅の者にしては、随分と警戒しているようだが」
彼の視線は、私のフードの奥に隠されたセレスティーナの顔を、じっと見つめている。
私は、このままではまずいと感じた。
(何か、この場を切り抜けるための策は…)
その時、私の脳裏に、一つのプロットが蘇った。
それは、私が書いた小説の悪役令嬢セレスティーナのパート。
彼女は、王子に疑われた時、一つの呪文を唱えることでその場を切り抜ける、という設定だった。
(そうだ! あの呪文を使えば、この場を切り抜けられるかもしれない…!)
私は、心の中で、あの呪文を唱えた。
すると私の手から、淡い光が放たれ、その光が私たちの姿を、一瞬だけ、ぼんやりとさせた。
王子エリックは、その光に、驚いたように目を見開いた。
その隙に、私はフィンの手を強く握り、人混みの中へと紛れ込んでいった。
私たちは王子の視線から逃れるため、街の裏通りを駆け抜けた。
息を切らし、ようやく人気のない路地裏にたどり着いた時、私はその場にへたり込んだ。
(もう限界だよーばか)
「……セレスティーナ、今の、なんだったんだ?」
フィンが、不安そうに私の顔を覗き込んできた。
私は震える手で、フィンの頭を撫でた。
「大丈夫。……ただの、気休めのおまじないだよ」
そう言って、無理に笑顔を作った。
しかし心の中は混乱していた。
(まさか、私が書いた呪文が、本当に使えるなんて…)
私が書いた小説は、ただの娯楽ではなく、それはこの世界を動かす、一つの「ルール」だったのかもしれない。
私は再び立ち上がり、フィンの手を握りしめた。
「行こう。もっと、知らなくちゃいけないことがある。この世界の、そして、私の物語の、本当の真実を…!」
私たちの旅は、まだ始まったばかりだった。
そして、この旅は、私が想像していたよりもずっと、険しく、そして──。
(いや…その前に、ちゃんと逃げ切らなきゃ!)




