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収拾

■王都オルディス・ADRI報告議事録(草案)


ルノーのため息が地下空間、薄暗い会議場に響いた。

その音に、周囲の理事や上位解析官たちが一斉に眉をひそめる。


ここは先進技術解明機構――ADRI本部の会議室。

水晶で組まれた壁が淡く光り、中央の大型水晶にログが投影されている。


「で? 我々の過激派が、だ」

「法術師たちを追い込んで? 反逆を招いたと」

「神秘を学ぶ立場で、何ということを」

「もはや静観できぬ。いい機会だ、一掃してくれる」


議題は一つ。

――法術師との接触と、ADRI内部の過激派問題。


(……報告したのは、俺なんだけどね)


ルノーは心の中だけで肩を竦める。

結局あの後、法術師たちとの接触をありのまま報告し、共有した。

あとは上がどう料理するかと思っていたが――


(どう見ても“組織内の内紛の火種”なんだよなぁ、これ)


自分がこの組織、ADRIを二分させる引き金を引いた気がしてならない。


水晶に表示されたログの一部――

《広域空間群管理者・神坂樹》という文字が目につくたび、

理事たちのざわめきは小さく、だが確実に熱を帯びていった。


「しかし……彼ら“空間管理者”は我々を許した、と?」

「公式にはそうだ。条件付きだがね」

ルノーは肩の力を抜いて答える。

「報復対象は“過激派”だ。組織そのものではない」


(……そのはずだ。少なくとも、あの目はそう言っていた)


彼の脳裏に、神坂の静かな視線がよぎる。


◇◇


(あれ? なにか処理しておかないといけないことがあったような)


神坂がそんな違和感を覚えたのは、

まさに今――黒羽の処遇を決定する裁判、その傍聴席に座っている時だった。


罪状一覧、反逆の経緯、関連空間の損壊ログ。

HUDに流れていく情報を眺めながら、彼は首をかしげる。


(ADRI関連……拉致、過激派、ルノー……報告、共有……あ)


『あー、やべ。ADRIの記録処理、まだやってねえわ』


今さら思い出した。

ぶっちゃけ、黒羽戦の後処理と報告とで脳のリソースを食い潰されていたのだ。


(ま、裁判終わってからでいいか)


その結果、ADRI側ではルノーが汗をかき、

こちら側では“忘れていた神坂”が裁判後に記憶処理と記録処分に奔走することになる。

それは、この場にいる誰も知らない“別の話”だった。


◇◇


さて、黒羽以下、反逆した法術師たちの処遇を決定する裁判が始まった。


被害を受けたのは主に、

鎮圧に動く手間をかけさせられた神坂と、

その隣で固唾を飲んで行く末を見守っている根鈴ぐらいのもの。


しかし、この二人に彼らを罰する意思はない。


よって、罪状は最初から“かなり軽い”方向に傾いていた。


「……趣味の欠乏、ねえ」


審問官の一人が、提出された精神評価レポートを見てぼそりと呟く。


ポストヒューマン化し、人体改造を経て、

楽しめるものが圧倒的に少なくなった法術師たち。

趣味が変質し、“強度”を求めすぎた結果としての今回の暴走。


これは黒羽たち反逆軍だけの問題ではなかった。

この場にいる、ほぼすべての中~上位法術師が抱えている問題だ。


裁判所には妙な同情と自嘲の空気が満ちていた。


意外だったのは、REFと白洲が弁護側に立ったことだ。


「直属の上司であるから庇う。うちの空間管理に引き戻すから、今後はキリキリ動けよ」


「……そういうことだ。人材不足なんでな」


白洲の言葉に、黒羽は苦笑いとも泣き笑いともつかない表情を浮かべる。


根鈴はただ、それを黙って見ていた。


◇◇


結果は簡潔だった。


「情状酌量の余地しかない。以上だ」


反逆軍の中核メンバーは、それぞれ元の配置へ戻ることとなった。

南下たち“教唆組”も、橋明たち“勧誘された組”も。


すべては元の配置へ。

じきに平穏な空間管理業務へと復帰していく――


──少しの変化点、反逆軍で築かれた奇妙な人脈を除いて。


◇◇


裁判所の扉を出た瞬間だった。


「黒羽さん!」


黒羽が振り返るより早く、

細い何かが胸に飛び込んできた。


「……根鈴?」


ようやく呼吸を取り戻し、彼はおそるおそるその背に手を回す。


随分久しぶりだ。

ADRIへの復讐を企図し、ふさぎ込み始めてからは、まともに会話もしていない。


「ご、ごめんなさい、いきなり……」

「いや、いい。……生きて、いるな」


「はい。黒羽さんに、一回殺されて……でも、矢場さんに助けられて。

それで、今はこうして、またここにいます」


根鈴は一歩下がり、真っすぐに黒羽を見上げる。


「これから、どうするんですか?」


「……REFの下で、また働くさ。空間管理者の“駒”としてな」


口調は投げやりだが、その目には以前のような濁りはなかった。

諦めでも開き直りでもない、

「まだ続きがある」とどこかで信じている目だ。


「じゃあ、私も頑張らないと。

黒羽さんの弟子として、ちゃんと胸を張れる法術師になれるように」


「……お前はもう、とっくになっていると思うが」


「それでも、です」


二人はしばらく無言で歩いた。

裁判所から広域空間群中枢へ続く通路。

透明な床の下を、膨大な情報光が流れていく。


やがて、分岐点に差しかかる。

管理者区画へ向かうエレベーターと、一般法術師区画へ下る通路。


「ここで、別れですね」


「……ああ」


黒羽は少しだけ迷い、そして言う。


「根鈴。……あのとき、お前を殺したことを、俺は絶対に許せない。

だが、“許す”といったお前の言葉は、受け取っていいか?」


「いいえ」


根鈴は、きっぱりと首を振る。

彼がわずかに顔を強張らせた瞬間――


「受け取る“べき”です。

私が一回死んで、それでも生き返って、

それで“許します”って決めたんですから」


柔らかな笑顔。

それは、かつて教室の隅で雨を見ていた少女の笑顔と、同じだった。


黒羽は目を伏せ、やがて小さく笑う。


「……了解した。弟子の指導には従うとしよう」


◇◇


趣味の欠乏への対策としては、早急な手当てが必要だ――というのが、裁判所の結論でもあった。


もともと魔術によるXR空間は実用化されている。

神坂もこのXR空間での昇格試験――黒瀬との模擬戦を経て広域空間群管理者に昇格している。


この仮想世界を転用すればいいのではないか?


……いや、もともとその案はあった。

だが、誰もそのシステム構築に名乗りを上げなかったのだ。


しかし今回の件を受けて、ようやく特設部門が設置される。

急速に、“娯楽としての仮想世界”は整備されていくことになる。


模擬戦をはじめ、文明育成シミュレーションやVR宇宙艦隊戦など、用法は多岐にわたる――

その中心の一つに、橋明たちがいる。


◇◇


「とりあえず、黒羽の開闢空間、もったいないし流用するか」


橋明が投影された空間設計図を指でなぞる。


黒羽がかつてADRIへの報復のために構築した開闢空間。

時間加速・恒星制御・リング構造――

そのまま放置しておくには物騒すぎる代物だ。


「魔力のインフラはそのまま、武装だけ抜いて……仮想文明育成サーバにすればいい」

「もともと時間加速あるしね。文明の進化観測には向いてる」


LXが淡々と設定値を書き換える。


「で、軍事用はこっち。……仮想戦争区画」

「うわ、完全に“遊び場”になってるじゃないですか」


南下が苦笑いする。

彼の背後には、すでに何人もの管理者が並んでいた。


「……で、噂の“気化肉体フォーム”はここで試せるんですか?」


◇◇


ところで、白洲たち広域空間群管理者をはじめとした不特定多数に注目を浴びる事象があった。


黒羽反逆事変の最中、神坂が見せた“気化肉体形態”。


──当然、解析され、流通し、模擬戦でしばしば見られるようになった。


◇◇


「えーと? 黒羽反逆事変の際の神坂のログを見て再現してみるか」


とある管理者が、XR空間内で自分の設定をいじりながら呟く。


自身の体組織を崩壊させる。細胞レベルまで。

この際、神経系は維持。


運動神経系(K/Naチャネル)および

思考・自我を司る神経系(疑似ニューラルネットワーク)を維持。


体細胞をiPS細胞に変換。自動分化。

神経網を複製。自身の体組織の塵を接続。

その神経伝達を用いてこの「ガス」の任意の場所から魔法を連射――


「細胞まで崩壊? えー……いや、いやいや」

「痛覚どこにやった? ……分解するのか……痛って! タイミング難しいぞこれ」

「うわ、ミスって細胞壁破っちまった!」

「あー神経系が絡まるー、痛いー幻肢痛かこれー

──あ、神経ちぎれた」


「よし、やっとできたな……」

「えーと、まずは自由に攻撃してみるか」

「仮想戦闘、開始!」


十数秒後――


「あ、麻酔ガス圧縮弾が直撃した……あっけな……」

「粉塵爆発で自滅した……」

「神経系むき出しだから単純に痛い」

「しかも抉られると痛覚受容体終わるな……」


最終的な評価は、ひどくシンプルだった。


「……あれ? これ的が広くなる欠点のほうが大きくない?」


◇◇


そんな“上のほう”の騒ぎとは別に、

矢場はといえば、第12空間の片隅で頭を抱えていた。


「なあ、根鈴」


「はい?」


「俺、途中からインフレについていけてない気がするんだが」


「途中から、じゃなくて最初からでは?」


「辛辣!」


軽口を叩きながらも、矢場の胸には確かな無力感があった。


黒羽の反逆。

南下たちの教唆。

REFや白洲やxect、神坂といった“上の連中”の本気。


自分はそのほとんどを、“見ているだけ”だったのではないか。


「でも、私、矢場さんに助けられましたよ」


根鈴が、当たり前のように言う。


「私を見つけて、蘇生してくれたの、矢場さんです。

……あれがなかったら、黒羽さんはとっくに壊れたままでした」


「……そっか」


矢場は頭をかく。


「ま、上の連中のインフレには付き合わなくていいか。

俺は俺で、目の前の“死にかけてる奴”をなんとかする係ってことで」


「はい。その係、すごく大事です」


根鈴の笑顔に、矢場は少しだけ胸を張ることにした。


◇◇


MIFはといえば、報告書の山に埋もれながら、

遠くの空間ログを見てため息をついていた。


「南下のやつ、また変なことに首突っ込んでんな……」


REFとのやり取りも、以前より増えた。


『南下彊。しばらく大人しくしておけ』


『いやあ、REF。本当に悪かったって。

でもさ、“ああいう戦い方”も見てみたかっただろ?』


『……お前は、その好奇心をもう少し自重しろ』


同じく、神坂とREF、神坂とMIFの間にも新しい理解が出来つつあった。


「まあ、結果的には“反逆軍つながり”で横のライン増えたしな」


「良いのか悪いのか分からんが……どうせそのうち、新しい厄介事が降ってくる」


MIFのその予感は、そう外れてはいなかった。


◇◇


空間魔法使い、法術師たちが構築した並行世界連結構造体「胞構造空間群」。

その外側にも、文明はある。


そこは水生生物が支配する惑星。

そこではいつも通りに恒星からの光を享受し、

ゆったりと情報を交換し、漂う。

そんな平和な光景が広がっていた。


──上空に、宇宙艦隊のワープアウト。


荷電粒子砲によって海が燃え、実弾砲で海底が削られる。


そして宇宙艦隊から分離し、

邪悪な笑みを漏らしながらレールガンを乱射する人型。


「私たちは《スフェライオス観測戦闘群・実況構成体04号》!」

「でも長いから、“フォー”って呼んでね★」


異文明、“スフェライオス”の侵攻だった。


黒羽を中心とした戦火は、異文明が引き継いだ。

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