力
道端に人間が、「あった」。
無視しても、よかったのに、つい体が引き寄せられた。
遺体を観察する。
女性、少女。魔力量は……少ない。
見るからに死後だもんな。
呼吸。完全にない。
表情。絶望に満ちている。
代謝。死後硬直が始まりかけている。
読心術1型により、思考電場を視認。脳構造内に活動電位の残滓を確認。
外傷。腹部に刺創。肺に到達。
蘇生は……ギリギリできるな。
俺は、第1広域胞構造-第12空間所属。2級法術師。矢場 真だ。
法術師。俺たち転生者の魔法使いは現地住民、
……基底世界の住人たちとは理解も技術も規模も隔絶している。
特に土着の魔法使いと区別して俺たちは法術師と自称している。
基底世界の住人たちとは理解も技術も規模も隔絶している。と言ったな。
つまり、今からの蘇生を周りに見られたら大混乱必至だ。
それは困る。特に俺たち胞構造隠蔽派にとっては。
人通りが途切れた瞬間に。
光学迷彩、展開。後方景観投影型。径3メートル。
とりあえずこれで人目を避ける。
よし、意識のスイッチを切り替える。
分子オーダーのベクトル操作術式展開。
視界・認識の解像度を分子レベルに引き上げる。
時間と精度との戦いの開幕だ。
蘇生開始。
1㎛のミスで彼女の脳は破壊され、
1秒遅れればそれでも蘇生は絶望的になる。
リカバリーできなくはないがあまり患者の脳を弄りたくない。
――まず刺創をふさぐ。
対象部の肉体構造、タンパク質の組成を演算。……終了。
高分子化合物の演算・合成は疲れるな。
配置。……とりあえず刺創は対処した。
――次。肺。
肺胞の崩壊領域に、分子再結合フィールドを展開。
またタンパク質=高分子化合物だ。気が遠くなる。
まあ、自分が選んだ人命救助だ。致し方ない。
……これで内部の刺創も対処終了。
――心肺蘇生。
心室に灌流圧を印加。
胸骨圧迫に相当するベクトルを心筋に直接展開。
血流再開……60……80。脳灌流指数、閾値を超えた。
……これでいいか。
――次。出血した血液成分の分解。
いわゆる胸腔ドレナージだ。
ヘモグロビンの化学式:C₂₉H₄₆N₈O₈Fe
やらなんやらを分子単位で無害な物質に作り替える。
つっかれる。高分子化合物パズルかよ。
――あとは……酸素供給。
えーと、横隔膜にベクトル操作を行使して吸気を誘導する。
むー。
対象は救護者の横隔膜。0.2J程度で膨らませて……よし、酸素が入ったな。
物理的にはこれで治癒できたか?
――あとは、脳組織か。
再度、読心術行使。
むむ……よし、時間とともに酸素が脳に届いたか。
活動開始を確認。
脳波信号残滓:3.2μV
感情:絶望/孤独/衝動
回復可能性:判定中...
回復可能性:回復中
よし!一安心だ。
――ああ、そうだ。忘れてたが死後硬直も対処しないと。
死後硬直の原因は、
1.筋繊維中へのATPの供給停止。
2.ATPが供給されず反応が停止したタンパク質、ミオシン頭部とアクチンの結合。
3.それにより収縮状態で固定された筋繊維の変性。
呼吸と血流を復旧した以上前者2つはいい。
問題は筋繊維、タンパク質の変性だ。僅かに反応が進んでいる。
ただ幸いなのは可逆変性しか進んでいない。
不可逆変性状態だと空間管理者を呼ばないとならなかった。
肉を焼いて茶色くなった状態が不可逆変性。
米が乾いてぱさぱさになったのが可逆変性。
まだ戻せる。
目が覚めた時に違和感を覚えるだろうから対処しておかないと……。
Hsp70, Hsp90(ヒートショックプロテイン)を合成……と思った矢先。
「んぅ……?」
少女の声。
おっと、タイムリミットか。中断する。
動かれると分子操作の精度は絶望的だ。
「おっ。目が覚め……」
「ひっ」
怯えられる。当然か。殺されてるんだ。
この子の見た、最後の光景はかなり残酷なものだったろう。
恐怖に歪んだ瞳が、俺を捉える。
目の焦点が合って、すぐに逸れる。言葉より先に逃げようとする本能が、体に火をつけていた。
「待て。ここは安全だ」
俺は、できるだけ声のトーンを抑える。
術式による精神干渉は控える。今は、彼女自身の意識に任せたい。
「……ここ、どこ……」
「道端。お前を見つけた」
「わたし……死んで……?」
問いかけというより、記憶の断片をなぞるような声。
弱々しく、声は震えている。
俺は、ゆっくり頷く。
「その通り。お前は殺されていた。刺創、肺貫通。
死後硬直が始まりかけていた」
ん?いや、この語彙、基底世界の住人に通じないな。
「……じゃあ、どうして……」
「蘇生した。俺の術式で」
あれ、通じてる。
少女は自分の胸元に手を当てる。そこには、微かに術式痕が残っていた。
分子合成で埋めた傷口の跡が皮膚に染みついている。
「……どうして……助けたの……?」
俺は言葉を探す。
“力を持っていたから”とは言えない。
“たまたま通りかかった”だけとも言えない。
「お前を見つけた時……俺の体が、勝手に動いた。たぶん、それが俺の答えだ」
沈黙。
少女はしばらく目を伏せたまま、膝を抱える。
その体勢は、防御ではなく再起動の姿勢に見えた。
やがて、彼女の震えが止まって。
「……力が欲しい」
唐突だった。けれど、必然だった。
「何の力をだ?」
「自分を守れる力を。……この恐怖に打ち勝つ法術を」
「……やはり、君は法術師だったか」
「はい。彼の、……犯人の弟子でした。
……どうすればいいんでしょうか」
「来い。それを教えてやる」
手を伸ばす。誰が彼女を害したかは知らん。
もしかしたら復讐に動くかもしれない。
だが、一回助けた縁だ。できることはしたい。
このときは、そう思った。
一方、引っかかることがある。
法術師が法術師を殺害して、道端に放置するか?
また死体の隠蔽、具体的には分子分解をしないものか?
1.基底世界に目撃者出るだろ
2.法術師に発見されるだろ
これを考慮しないとは思えない。
馬鹿か?少なくとも捜査をかく乱するのは思いつくと思うが。
さもなくば、管理者レベルに追跡されることになるのは想像できるだろう。
それから意識が逸れる何かが犯人にはあった、のか?
逆か?そんな余裕がなかったのか?
この2パターンが怪しいか。
◇◇
~???~
根鈴。
あのころの根鈴の笑顔が、まだ脳裏にこびりついている。
術式に興奮して、何度も失敗して、それでもこちらを見て笑っていた。
……あの笑顔と、死の直前の絶望の表情。
あの頃の記憶に……あいつが“僕を見てくれてた”あの目だけは、まだ残っている。
「罪悪感……ね。そんな上等なもんじゃない」
これは償いでも救済でもない。ただ、“意味”のある死にしてやる。それだけだ。
……待て。ここまで管理者側の対応が早いということは、
根鈴が蘇生されている可能性があるか?
結局、根鈴の遺体を、法術師だとわからないように損壊する気にはなれなかった。
それが、誰かに発見されたのか。
覚悟が揺れる。
まだ、許しは乞えるのではないか?
……誰の許しをだ。根鈴のか?法術師のか?
分子オーダーベクトル操作。
覚せい剤を周囲窒素分子と皮膚のたんぱく質から変換・生成・抽出。
静脈に転移、自己投与。
……罪悪感が薄れる。もう戻らない。
◇◇
「第12空間-管理者MIFに報告。
哨戒中に法術師の少女を発見。
……殺害されていた。
即時蘇生を試みて成功。
現在保護中。
彼女の保護の共有……とともに
殺人犯への対処を求める」
これでいいかな。まあ、報告を優先する。えい。
本来なら形式ルールが山ほどあるが……まあいいか。どうせMIFの奴は気にしない。
「なんか……適当ですね」
「MIF相手だし大丈夫っしょ。
あいつ適当だし。」
俺は、救助した元法術師の少女を保護している。
「さて、落ち着いたか?」
「……いえ、まだ、……記憶を整理させてください」
まあ、法術師とはいえ、心肺停止状態まで追い込まれるのはまれだしな。
「話題をそらすか。自己紹介をしよう。
俺は矢場 真。2級法術師だ」
「私は……、……?」
「ああ、そうか。そこから記憶が破損してるか?」
「いえ、……大丈夫です。
……根鈴 和沙。4級法術師です」
「ゆっくり休め、そのあと、君を殺した犯人の確保に協力してくれ」
◇◇
ところで。
「根鈴。そういえば死後硬直……、死後?
まあいいや。対処をしていないんだが、動きに違和感はないか?」
「う-ん……。あんまり動かしにくいとかはないですね」
あれ。意外と筋繊維の変性が進んでいなかったのか?
もしくは、意識が戻った以上、魔力(ベクトル干渉媒体)が筋運動の補完をしていそうだな。
となると余分な魔力消費をしているか。
「疲れは?」
「今のところはないですね」
対処しておきたいが、同意は取っておかないと。
しかし彼女にとって問題はなさそうだしなあ……。
「問題ないか?」
「大丈夫です」
ならいいか?まあ、ここから管理者MIFが事情聴取に来そうだし意識はそちらに割くか。
蘇生したときって死後硬直のことなんていうんだろう?




