【第6局】碁声と応答
六月初旬。地方大会の会場は、地元の文化センターの一室だった。
空調が効きすぎて肌寒く、パイプ椅子が妙にがたつく。
天井の蛍光灯が静かに明滅している。
「うわ、将棋ブース、また囲碁より席広く取ってるじゃん……」
受付を済ませた光志は、隣の部屋から漏れ聞こえる「王手!」の声に肩をすくめた。
一方のユエは、無表情のままスッと歩く。
その手には、あの小さなパンダの碁石キーホルダーが揺れていた。
「テンション高いね、光志」
「当然! 俺たち、今日は個人戦とペア戦のダブルエントリーだし!」
「……朝から声大きい」
そんなやりとりの合間にも、AI《幻影ちゃん》からタブレット越しにメッセージが届く。
《囲碁の香りがしますね》
「……どんな匂いだよ」
光志のツッコミで、ユエが思わず吹き出す。
***
午前の部は個人戦。
ユエは余裕の表情で次々と勝ち進む。
光志は初戦で“気合囲碁”を振り回す体育会系男子と対戦。
「気合だ! 勝負は気持ちだろ!」
序盤から暴発気味の相手に翻弄されるも、粘り強く逆転勝利を掴んだ。
「ふぅ……気合、読み切った……」
控え室で顔を合わせたユエが言う。
「……まさか勝つとは思わなかった」
「ひどくない!?」
「でも、やるじゃない。あんたの粘りって、なんか観ててクセになる」
「褒められてる……?」
***
午後はペア戦。地方予選では、二人一組で一手ずつ交互に打つ形式が採用されていた。
「つまり、君が失敗したら私が責任取るのね」
「逆もまた然り、だから信頼関係が大事ってことだよ、相棒!」
対局が始まると、最初こそ息が合わなかったが、中盤以降、手が噛み合っていく。
光志が危うい手を打っても、ユエがフォローする。
ユエの鋭い構想を、光志が体を張って守る。
「なんか、ペア碁って意外と……楽しい」
試合中、AI《ヒュー坊》がつぶやくように出したコメント。
《この構想、1000局に1回あるかないか。だが、面白い》
「ヒュー坊が“面白い”って言った!?」
「まさかの褒め言葉……AIも進化したのね」
準決勝では、ユエのミスもあったが、光志がAIの読みを思い出し、窮地を救う手を発見。
「まぐれ?」
「いや、確信的まぐれだ!」
そして決勝戦――ユエの正確な読みと、光志の直感的な一手が重なり、見事に地方予選を突破。
しかし、光志とユエの棋風の違いが生む歯車のずれ、自分たちの成長する方向にずれが、生まれてきている事も感じていた。
それは、互いに棋力が成長している証でもあった。
そして成長の可能性をAIがどう評価するかを巡って、幻影ちゃんことヒュー坊が、自分の中でロジックとロマンをせめぎ合わせるように主張を繰り返していた。
《この進行は非論理的です》
《でも、なんかロマンを感じますよね?》
そんなログに、二人は思わず笑ってしまった。
***
表彰式後。
表彰状を手にした光志は、ユエに向かってぐっと親指を立てた。
「これで全国大会、だな!」
ユエはふっと視線をそらしながらも、小さく微笑む。
「……ま、悪くないわ」
だが、その表情の奥に、ほんのわずかな翳りが宿っていた。