【第5局】AIの変容
長嶺――光志が「ナガメン先生」、ユエはこっそり「ポン顧問」と呼ぶようになったその新任教師は、囲碁に関しては見事なほど無知だった。
だが、AIに関しては異様なほどの好奇心を示した。
「へえ、これが囲碁部で使ってるAIですか。ちょっとソース、見せてもらっても?」
「え? 勝手にいじらないでくださいよ」
「いやいや、壊したりしないし……ほんの少し、好奇心でね」
数日後、囲碁部のAIは明らかに“変わった”。
読みの深さや手筋の選択はそのままに、時折、不思議な一手を示すようになったのだ。
定石を外れた、創造的な打ち回し。それでいて、理にかなっている。
「なんか……このAI、人間っぽい」
「たぶん、ポン顧問の仕業ね」
長嶺は言った。
「最近、LLMってやつを試していてね。囲碁AIにも少し応用してみました。……ハルシネーションって知ってますか? 正しくないことを、もっともらしく言っちゃう現象。でもね、これって“誤り”だけじゃない。未知の局面での創造性、つまり『今までにない一手』の可能性だと思うんです。
囲碁は人間の直感と論理がせめぎ合うゲームだと思うんです? でもAIは基本、論理一辺倒。だから、ちょっとだけ“うそをつくバグ”を削除せず、逆に拡張してみました。そうすると、不意に出る突飛な一手が、人間の感覚とリンクしやすくなる。もちろん、全部が使える手じゃない。でも、その中に、人間では思いつかない“ひらめき”が紛れてる可能性がある。私は、それを“賢いハルシネーション”って呼んでいます」
―― なぜか長嶺は、誇らしげに語る
光志とユエは、その“変わったAI”――光志が「ヒュー坊」、ユエが「幻影ちゃん」と呼び、“第三の部員”と共に、対局を重ねていった。
「先生のAI、今日もまた変な手出してきたよ。三三をカカってる上から小ゲイマ……って、何の挨拶?」
「囲碁界のジョーク集に載りそうね」
AIは画面越しにひょっこり文字を出す。
《今のは“新しい風”です。流行らせていきましょう。》
「何様よ」
《囲碁界のトレンドセッターです》
「ほらまた言ってるよ……」と光志が苦笑する。
読み合い、突飛な発想に驚かされ、ときにツッコミを入れつつ無視する。
だが、それが新しい発見につながることも多かった。
気づけば、二人の碁は、明らかに変わっていた。
かつてのように、勝利だけを追い求めるものでも、ただ楽しいだけのものでもない。
考え、創造し、相手と響き合う。
ユエはある日、笑って言った。
「私たち、三人目の部員ができたみたいね」
「……でも、そいつ、ちょっとおしゃべりすぎる」
そう言って笑い合った二人の視線の先には、盤上に浮かぶ“幻影ちゃん”がいた。
そして春が過ぎ、新学年が始まった。
長嶺――ナガメン先生は、ある日ふと思いついたように言った。
「そういえば、君たち。『囲碁の甲子園』って知ってる? 夏に全国大会があるらしいよ。地方予選は6月だって」
「出ましょう!」と光志が即答し、
「えー……またそういう流れ?」とユエが渋い顔でため息をついた。
それでも、二人と一体(?)は、新たな目標へと歩み出した。