婚約破棄?それよりもエリザベス感ってなんなのよ!!!
「エリザベス! お前との婚約を この場で破棄させてもらう!」
広場に彼の言葉が響き――渡らなかった。
当然よね~
だってここは広場と言うには狭い、フェルチック国の辺境 クシャネ村。
もちろん私に婚約破棄を宣言したこの男 ジャックも貴族などではなく
私の幼馴染兼婚約者であり、この村の小さな雑貨屋の3男である。
つい先月のことらしい
とある貴族令嬢が『悪役令嬢』として王宮で断罪され
王子が新しい婚約者と結ばれることになったうわさは、真冬のこの僻地にまで届いていた。
この村に春が来るのはいつになるやら
でも令嬢が断罪されたうわさ話だけは、律儀に風に乗ってやって来たな
ゴシップネタというものは千里を走るのも早いらしい。
いや、別にどこの誰が断罪されようが、追放されようがそんな事はどうでもいいけどさ
問題はその名前のこと
私の名前はエリザベスという名前だが、王宮で断罪された件の令嬢の名もまた 『エリザベス』 だったの!
私の方が年上だから、先にエリザベスの名がつけられたというのに
例の事件以降 いつの間にか悪役令嬢の代名詞として『エリザベス』という名が使われているらしい
なんとも迷惑な話ったらありゃしない。
「おい、聞いているのか悪や……エリザベス!お前に言ってるんだぞ!」
取り巻きの貴族……ではなく、私達の幼馴染である友人数名を引き連れて私に向かって吠える。
件の令嬢のように断罪したいらしいが、ここは王宮でもなければ、私も彼も貴族ではなく
もちろん、うわさの令嬢のような悪事など行っていないから ただの茶番としか言えない。
茶番にしても面白くないけどね。
そもそも、私はこの「エリザベス」という自分の名前が好きではない
男の多い我が家で5人連続で兄さん達が産まれた後、初の娘の誕生に喜び勇んだ父さんが
「この子にはエリザベス感がある! この子の名前はエリザベスだ!」
と名付けられた名前だが、私には似合ってないとずっと思っていた
エリザベス感とは何か?そんなのは父さんに聞いてほしい。
「ねーねー母ちゃん、ジャック兄ちゃん何やってるの?」
「しっ、見ちゃだめだよ。あんたにゃまだ早い 風邪引く前に帰るよ」
ねぇ、飲み屋のロビンおばさんにも白い目で見られてるわよ、ジャック。
「はいはい、婚約破棄ね、わかりました っと
あんたの両親には自分で伝えておいてくれる?私から言うの面倒だし」
「返事の 「はい」 は一回にしろ!」
あんたは私の母ちゃんか!?
「はーい、それじゃこれで話は終わりよね、もう帰っていい?」
「待て待て、これから断罪するんだから まだ話は終わってないぞ!」
婚約破棄を了承したのに、まだ続けたかったらしい。
仕方ないわよね、この時期の村って本当に暇なんだもん。
畑仕事が出来なくなる冬を迎えた、このタイミングで高位令嬢が断罪されたという
この話題だけで冬を越せるくらいの、とびっきりの娯楽ネタが飛び込んできたけど
どうやらジャックにおかしな影響を与えたらしい。
ジャックは元から変なヤツ?それは否定しない
「それで断罪?するらしいけど 私が何かしたの?」
「イジメられたっていう、件の令嬢も居なければ
私が悪役令嬢みたいに取り巻きを使って色々嫌がらせをしてたなんて話、どう頑張っても無理だけど」
「う……」
ジャックの顔が固まり、声が途絶える。
おい、この男は何も考えずに婚約破棄だって叫んだのか?
確かに子供の頃から、あまり後先を考えず行動する男ではあったけど
ここまで馬鹿だと失笑の1つも出てこない。
「えーと、そうだな……あっ、そうだ!お前に昔 黒焦げのパンを食べさせられた!
あれは俺の事が嫌いで、俺に対する嫌がらせだったんだろう!」
「……はぁ」
返す言葉がない
だって4歳……?の頃に初めて自分で作ったパンを彼にあげた事を
今更持ち出されてどうしろっていうのよ。
少し……大分、焦がしちゃったけど初めてなんだから仕方ないじゃない。
というかジャック、あなた今思い出したでしょ!?
「それとここに居るミハエルは、お前に突き飛ばされたと証言が出来る! なんて暴力的な女なんだ!」
――確かに、子供の頃おいかけっこの時ぶつかって突き飛ばしちゃったことが
あれ?あの時って私の方が突き飛ばされて無かったっけ?
しかもジャックに
「ふん、返事がないというのはお前の罪を認めたということだな?」
私の返事がない事に気をよくしたのか更に続ける。
「まだあるぞ、ほんの4年前のことだ。
チャーリーが風邪で寝込んでいる時に、お前が寝込んでいるコイツに水をぶっかけた事を忘れたとは言わせないぞ!」
確かにそんな事もあったけど、彼のお見舞いに行った時に近くのコップをひっかけちゃって
寝ているチャーリーにびしゃっとかけてしまったことを言ってるらしい。
いや、そのことならあの時謝ったよね
というかジャックも一緒に見舞いに行ったから見てたよね?
4年も前の事を「ほんの」ってどういう事?
昔話を断罪のネタにしようって流石に時効っていうか、子供の頃の笑い話というか
1人、勝ち誇った顔のジャックだが、彼の横に立つミハエルやチャーリーは付き合いきれないという表情を隠しきれない。
この2人って昔からジャックに頼まれたら断り切れない、押しの弱さがあるのよね。
お疲れ様。
今1番疲れてるのは私だから、私を労って欲しいんだけど。
「……うん、それで話は終わり?寒いからもう家に帰りたいんだけど」
なにしろこの寒空の中、呼び出されてコレなのだ。
毎年畑仕事が出来なくなるこの季節、家内で行われるかご作りの手を止め
わざわざ呼び出されて来てみてコレとは、相当ジャックはうわさの断罪劇をやりたかったらしい。
付き合わされる身としてはたまったものじゃないけどね。
「エリザベス、お前なんでそんな淡泊なんだよ!ここは罪を否定するとか!
認めてしおらしくなる流れだろ! おまえ、悪役令嬢エリザベスのうわさ話を聞いてないのかよ!」
「いや、うわさなら聞いてるけど、私って令嬢でもなければ別に悪役でもないし」
そもそもうわさのエリザベスという令嬢の顔すら知らないし、そんな貴族が居た ということだって先月知ったばかりなのだ。
お貴族様と縁の事のないわたしにとって今回のうわさ話は、子供の頃に母親が寝床で語り聞かせてくれた おとぎ話のお姫様の話と同じようなものである。
「ぐぬぬぬううううううう!!」
ジャックが1人で悔しそうな顔でうめき声を上げる、それにしてもなんでこんな影響を受けやすい男なのか
これが子供ならともかく、この年になってもうわさ話の真似事をしたいなんて、ガキにもほどがあるでしょ。
少しは大人になってよね?
「あのさぁ 婚約破棄は別にいいけど、あんた王子様の新しい婚約者のような相手は居るの?」
なにしろこんな小さな村なので、当然村人は全員顔なじみ。
わざわざ僻地へと引っ越してくる奇特な新参者も居ないので 私達の友人も当然みんな幼馴染ばかりなのだ。
「えっ? 新しい婚約者?
ああうん、新しい婚約者だな 問題ない、うわさの真実の愛はこれから見つけるんだ!
俺の家は雑貨屋だからな、町へ買い出しに行く時に見つかる……はずだ!」
わかってたけど当然居ないわよね。
というかそんな相手が居たら、この村でうわさにならないわけがないので
居ないとわかりながら聞いてみたんだけど。
「はいはい、それじゃあその真実の愛さんと末永くお幸せに」
これ以上ジャックのバカ騒ぎに付き合うのも疲れたし
指先もかじかんできたから早く家に戻りたい。
「なぁジャック、だから言ったろ?お前には無理だって」
「そうそう、そもそもエリザベスのどこが悪役令嬢なんだよ?
これが令嬢ならこの国も末だよ っていうかお前も王子じゃねぇし」
「店番サボりたいからって、俺達まで巻き込むのはやめてくれよ」
この茶番に付き合うのが疲れたのか、2人からもジャックへのダメ出しが入る。
なんかサラッと馬鹿にされた気がしなくもないけど……いいぞ、もっと言ってやれ!
出来れば茶番が始まる前に止めてほしかったけど この2人にしては頑張った。
「大体わたしの名前が、昔から気に入ってないことは何度も話した事あるよね?
うわさの令嬢がエリザベスだからって なんで私の断罪が始まるのよ。
そもそも断罪されるような事してないから、あんたが1人で勝手にわめいてるだけだけど」
「うっ……」
本当に勢いで始めたことらしい。
さっきのパンの思い出も、話している途中に思い出してたし 何もかも行き当たりばったりよね。
「破棄したいならどうぞご勝手に、私の家族には、父さんには私が伝えるわ」
なにしろエリザベス感がある!と喜んで名付けたあの父さんだ。
私から言わないと、愛用の斧を持ってジャックの家を強襲しかねないから 上手く話さないと。
冬の仕事が増えたことをボヤキつつ、我が家へと向かう。
後ろでまだジャックが叫んでいたが、その声は冬の風と共に消えていった――
ジャックの家に父さんが斧を持って襲撃した騒動が
この冬の話題の1つとして増えたことを付け加えておくね。
エリザベス感がなにかは 彼女の父さんに聞いておきます。