3.事故記録その2
食事と聞いて、食堂や外のレストランに行くことを期待していたが、そんなことはなかった。
リアが「少し待っていてくれ」と言い残すと、二人分の食事をトレイに乗せて戻って来た。そこに乗っているのは普通の肉と白米と野菜炒めだ。
「ありがとうございます」
「なんてことはない、私は食堂から取って来ただけだしな。さぁ、食べよう」
早速食べ始めるが、彼女は少し食べると手を止めて質問を投げかけてきた。
「なにか分かったか?」
「いえ、流石にまだ何も。この資料の山を読み込むだけで、しばらく時間を食いそうです」
「そうか、質問とかは?」
食事の手を休めて少し考えると、レーダーのことについて質問したかったのを思い出した。
「レーダーは電波を使っているんでしょうか?」
「電波?レーダーは魔力を発射してその反射を感知するんだよ」
「なるほど」
という事は、電波を使っていた元の世界のレーダーと原理は変わらないはずだ。
「あとは、管制に使う言語は全て王国の言葉なんでしょうか?」
「王国内を飛行するときは王国公用語だが、他の大陸に飛ぶときはそれぞれの国の言語に変わるぞ」
「じゃあ、こう…国際的に決められた言葉があるわけじゃないんですね」
「うむ、それぞれだ。なんなら人によって違う」
これは結構な問題だ。聞き間違いや意思疎通の失敗で事故が起きてしまう。この事故調査が終わったら、ひとつのアドバイスとして伝えてもいいかもしれない。
「質問はそんなところか?」
「そうですね」
あとは、リア側で何かわかったことがあるかどうか聞いてみたが、まだ特にないという話だった。
「ウェストランド伯爵、頼み事が」
食事も情報共有も終わり、食器を持ってリアが出て行こうとしている所を呼び止めた。
「なんだ?」
「他の資料、整備関係とか空域地図とか、使っている全部の資料が欲しいです」
「分かった。すごい量だが後で持ってくる」
「あっ!もう一つ」
扉を開いたところを大声でまた呼び止めたものだから、扉の向こうの衛兵まで驚いてこっちを向いた。
「ブラックボックスってありますか?」
「ん?なんだそれは」
「航空機についてのすべての記録を取るものです。コックピットの会話やエンジン数値の記録だったり」
「うーん、そういったものはないな」
「そうですか…大丈夫です」
フライトレコーダーの概念がないのだろう。これは一つ一つ手元にある資料から、読み解いていく必要がありそうだ。
リアが資料を持って来るまでの間、残った資料を読み進めていく。
最後の紙の山は、レーダー記録についてだった。10分おきのレーダー画面が印刷されている。そこからは、KA132便は王都を出発して、順調に飛行を続けているのが見て取れた。
KA132便がレーダーから消失する時間までパラパラとめくっていくと、13:50分に確かに機影が消えている。
今度は遡ってみると、13:40の画面には衝突した空域周辺に小さい影があった。だが13:30分には一つもない。他の機体もいないようだし、ノイズかなんかだろうか?
KA132便がその空域に到着する前の時間帯の記録もめくってみるが、たまにその小さい影が別々の数か所で、出たり消えたりしている。少し引っかかったので、後で質問できるようにメモに書き残しておくことにした。
ーーーガチャ
「入るわねー。ほい、まずこれが整備資料ね」
3台の台車で大量の資料が運ばれてくる光景に呆気に取られていると、1台目の台車の資料を指さしてリアが言った。
「これが機体のマニュアル、んでこっちが整備とかの記録、あともう二往復分くらいはあるから」
「はい…分かりました…」
これだけの量を読み込むのは中々骨が折れそうだ。いや、パイロットをしていた時も機体のマニュアルや法律・規則は、ほぼ丸暗記していたし、読むだけでいいのであればまだマシか。そう考えないと途中で投げ出してしまいそうだ。
ガラガラと車輪の回る音と共に、台車に乗せられた大量の資料が、際限なく運び込まれてくる。
3台の台車、二往復分の資料が揃った時、ロの字にくっつけられた長机のうち、三つの机は全て自分の目線くらいまで資料で埋まっていた。
「じゃあ、また私は自分の仕事に戻るから」
「ありがとうございます」
ーーーバタン
「ふぅー」
作業が終わり静けさが戻った会議室で、目の前の資料の山を腕組みしながら見つめ、どこから手を付けようか考えてみる。
整備記録は正直管轄外だ、精々過去にあった故障や交換した部品、修理した個所を見るくらい。ならば最初は機体マニュアルにするべきだろう。まだそこなら経験と知識を生かせそうだ。
2往復目に持ってきた山のファイルを取ってみると、飛行規程と書いてある。前の世界と一緒であれば、これは機体のマニュアルの筈だ。
ーライオネル330飛行規程ー
表紙をめくった1枚目の文字はこれだった。そこからパラパラと流し読みしていくと、これは間違いなく機体のマニュアルの様だ。飛行規程という呼び方はこちらの世界でも変わらないらしい。
今回の事故機体は、ライオネル社製の330型機、操縦士2名の定員112名。
といった航空機の概要が書いてあって、限界事項、次に非常操作、通常操作と続いている。これはこっちの世界でも変わらないらしい。
概要をさらっと読み、限界事項を見ていくがフライトレコーダーがないのであれば、操作によって限界を超えたかを確かめようがない。
ここからヒントを得るのは難しそうだ。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。