2.事故記録
ーーードンッ
「いでぇ!」
小走りでリアの後ろに追いついた所で、いきなり止まったので背中にぶつかってしまった。
「大丈夫ですか?」
「おい!!貴様!ウェストランド伯爵に触れるな!」
ぶつかって倒れてしまったリアを助け起こそうと近づくと、追いついた二人の衛兵に肩をつかまれた。普通に会話していたので忘れてしまっていたが、自分は不審者で彼女は貴族なのだ。
「いや、いいんだ。すまない、焦りすぎていたようだ」
「怪我はないですか?」
「大丈夫だよ」
リアはゆっくりと起き上がり、服についたホコリを払うと、自分を部屋へと招き入れた。
「えーっと、ここは私の事務室。運輸安全委員会の委員長室だな。そして右のこの部屋は、会議室兼応接室だ。君にはここで仕事をしてもらう」
彼女が指さす先には、ガラス張りの少し大きい部屋があった。その中には長机と椅子がロの字に並べられていて、どこか都心のいいオフィスにありそうな場所だ。
リアに案内されて自分が会議室の椅子に座ると、衛兵が扉の前に立って見張りを始めた。常に人に見られているのは、監獄より落ち着かないかもしれない。
「会議室なのに自分がいても大丈夫ですか?」
「問題ない。普段の会議は、事務室のさらに奥の第一会議室で行っている。ここは滅多に使わないさ」
「わかりました。えーっと自分は何からすれば?」
「それは私にはわからんぞ?何か欲しい資料はあるか?あと必要なものは?」
矢継ぎ早の質問に、衛兵の視線にそわそわしながら考えてみるが、なかなか思いつかない。
こうした時は何を見ればいいのだろう……時系列の整理から始めるべきか?それに必要な物は、紙とホワイトボードとか?
「では、時系列が分かるような資料と、書くものとかホワイトボードはありますか?」
「ホワイトボード?黒板の事か?」
「あ、はい黒板で」
「わかった。用意しよう」
この世界の文明のレベルが良く分からない。航空機はあるのに、ホワイトボードはないのか?
ガラス張りの部屋から、リアのデスクを見てみると資料は山積みにされているが、パソコンの様な物は見当たらない。という事はこの世界の航空機も、コンピューターによる制御はされておらず、アナログなものだと見た方がいいだろう。
この世界の文明レベルについて、予想を立てながら委員長室の中を一通り見ると、最終的に扉前に立っている二人の衛兵と視線が合い、気まずくなり前を向いた。
ーーーガラガラガラガラ
「取り敢えず黒板と筆記用具だ」
ど派手な音を立てながらリアと部下が黒板を運び込んで来て、ノートのようなものと鉛筆が置かれた。また彼女と部下が出ていくと、今度は大量の紙の束を持ってきては、目の前に積まれていく。
「これが時系列の関係資料だな」
リアは長机を一つ紙の山で占領して、その上にポンと手を置いた。
「ありがとうございます。目を通してみます」
「うむ。では私は自分の部屋にいるから、何かあったら声をかけてくれ」
そういって彼女はガラスの向こう側にある自分の机に帰っていった。
振り返ると目の前には大量の資料。何から手を付ければいいか分からないが、一番近い山の一番上にある紙の束を手に取ってみた。
ーーーー管制記録
11:30 KA132便:こちらキングダムエアー132、2番スポットです
王都管制塔:こちら王都管制塔、キングダムエアー132どうぞー
KA132便:えー当機これより、高度5,000ftでベルランド空港に向かう
王都管制塔:了解ー、滑走路18の手前にて待機せよ
KA132便:了解
最初の数行でわかったが、これは管制塔との交信記録の様だ。
管制官とパイロットのやり取りが日本語で行われていることに、ものすごい違和感を感じる。慣れない方式で交わされている交信は、まるでヘンテコな物語を見ているようだった。
違和感を押し殺しながら、少しづつ読み進めていくことにした。
ーーーパラーーーパラーーーパラ
資料をめくって管制記録を追ってみるが、内容からは順調に滑走路から離陸して、順調に飛行を続けているように見える。
だが、13時36分、出発から2時間6分の交信を最後に、管制官からの一切の呼びかけに反応しなくなった。
13:36 KA132便:こちらキングダムエアー132、高度を3000ftに変更します。
王国管制:王国管制、キングダムエアー132、了解しました。
~~しばらく別の管制~~
13:45 王国管制:こちら王国管制、キングダムエアー132、聞こえますかどうぞ
こちら王国管制、キングダムエアー132、聞こえますかどうぞ
キングダムエアー132便、貴機の機影がレーダーに表示されておりません。聞こえますかどうぞ
これが最後の記録だ。以降王国管制がずっと呼びかけが行われているが、反応はない。記録を見る限り、管制がレーダーから消えたと言っている13時45分前後で何か起きたとみるのが妥当だろう。
時系列を整理して黒板に紙の資料と共に、記入していった。
この管制記録はそれ以外に特筆すべき点はなかったが、少し気になるのは管制の言葉が決まっていない所だ。統一されていない指示の聞き間違えで、なにかあった可能性もある。
そういった気になる点をノートに書き留める。
「こいつは、かかるな」
一通り管制関係の記録に目を通したところで、思わず独り言が出てしまう。まだ英語の管制用語は慣れ親しんでいて分かりやすいのだが、これが日本語になるとどうも時間が掛った。
ふと窓を見るとすでに外は真っ暗だ。
「ウッーーー」
体を伸ばすと自然に声が出る。
「食事にするかい?」
声の方を振り返ってみると、リアが扉を少し開けて顔を覗かせていた。
「そうですね…そうします」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。