1.運輸安全委員会
リアが牢獄に来なくなってからは、とても暇な時間が続いた。看守はこちらが話しかけても無視するし、筋トレをしたりするしかやることが無かった。
暇を持て余しすぎて発狂しそうになる直前、前回のリアの訪問から一週間が経った日の夕方、彼女は憔悴しきった顔で牢獄にやって来た。やつれた顔とボサボサの髪は、元の素材の良さを完全に打ち消している。
「どうしたんですか!?そんなやつれて」
「いやー、ちょっと…」
「”ちょっと”って顔してないですよ」
正直に言いすぎてしまったのだろうか、リアは少しムッとした表情になってしまった。
「まぁ、あなたには関係ない事です。以前の質問の続きからしましょう」
「えぇ、休んだ方がいいんじゃないですか?」
「構うな。では、再確認なのですがあなたが最後にある記憶…」
こちらの心配をよそに質問の続きが始まった。が、数個質問しただけで集中が切れているのが明らかに分かった。こちらの回答にも上の空なのだ。
「あのー…」
「あ?あぁ、すまない。続けてくれ」
「今日はこれくらいにして、何があったか教えてもらえませんか?」
「うーん」
「話せば楽になると思いますよ!もし秘密のことでも、自分はここから出れないですし、喋ることもできないです」
リアはチラリと、出入口らへんに立っていると思われる看守の方を確認した。こちらに向き直り、ひとつため息をつくと、疲れた顔で声を落として話し始めた。
「前、私が新しく任命された仕事があると言ってただろう?」
「はい、言ってた気がします」
「その仕事は、運輸安全委員会ってとこの委員長なんだ」
「あれですか?いろいろな乗り物の事故を調査する」
「それだ」
日本で運輸安全委員会と言えば、航空や船舶、鉄道とかの事故・インシデントを調査する機関だった。こちらも同じ名前だという事は、そっちの仕事で何か起きて憔悴しているのだろう。
「なんか事故とかがあったんですか?」
「よく分かったな」
「自分のいた世界にもありましたから」
「そうか、まぁ結構大きな事故が起きてな。それの事故原因の調査に入っているんだが、どう手を付ければいいか分からないんだ」
「詳しい話を聞いても大丈夫ですか?」
リアは少し、いや結構迷っているのがコロコロと変わる表情から伝わってくる。しばらく悩んだ後、またゆっくりと詳細を話し始めた。
「1週間前、王都空港から大陸の西に向かう旅客機が消息を絶ったんだ。2日程して見つかりはしたんだが、原因が分からない」
「助かった人は?」
「いない。98人の乗客とパイロットと乗務員5人、合わせて103人全員が死亡だ」
重い話だとは予想していたが予想以上のものだった。リアの憔悴した表情も納得がいく。
「それは、大変な…」
「そうなんだ。それに原因が分からないと、同じ型の飛行機と経路が使えない。上から早くしろとせっつかれているんだが、如何せん任命されたばっかりで、勝手も分からないんだ」
「何か自分が協力できることはありますか?」
「協力か、そうだな……そうしてもらおう!」
いきなり声が大きくなり、遠くの方にいる看守もビックリしたのか「どうしました?」と心配する声が聞こえてきた。「なんでもない」とリアは手をひらひらさせながら返事をしている。
「すまない、驚かせてしまったみたいだ」
「いえ、大丈夫です。自分は何をするんですか?」
ほぼ社交辞令のような形で言った慰めの言葉だったが、どこか刺さるところがあったのか先ほどよりも少しだけ明るい顔をしている。
「君を運輸安全委員会に入れてもらおう」
「え??」
「君の専門はこの分野なんだろう?」
「いや、でも自分はあくまでパイロットをやっていただけで、事故調査の専門というわけじゃ」
パイロットは職業柄、事故の調査報告書はよく目を通すが、流石にその道のプロかと言われるとそれはちがう。あくまでこんな事例があったという事を知っているだけなのだ。
「それでも、そのパイロットとしての知識は貴重だろう」
「何か生かせるようなところが有ればいいのですが」
「上の方と掛け合ってみる、少し待っててくれ!」
そう言い残すと、書類や荷物をパパっとまとめると、そそくさと牢獄を出て行ってしまった。あっという間の出来事に、あっけに取られるばかりだった。
再度手持ち無沙汰になり、ベッドに寝転がって暇を持て余すこと1時間余り。戻って来たリアの後ろには見慣れない二人の男と、手には鍵の束を持っていた。
リアが、手に持った鍵の束で牢のカギを開けると、後ろに並んでいた男が二人入って来て外に連れ出された。今回はいつもと違い、牢獄の外に出る時の手錠も無い。
「上に掛け合ってみたら、見張りを二人付ける条件で承認された」
こちらが「おぉ」と反応したところで、人差し指を立て「ただ!妙な気は起こさないでくれよ」と釘を刺された。もとより起こすつもりは一つもない。仮に起こして逃げたとしても、何も知らないこの世界で生き残れる気もしないからだ。
「起こすつもりもないですよ」
「では、すぐに事務所に行くぞ」
そのまま手錠を付けず連れていかれた。手を縛られず外を歩けることが、こんなに自由を感じさせるものだとは思わなかった。
その自由を満喫しながら、中庭を通り過ぎ、暫く歩いた先に運輸安全委員会と鉄の表札が掲げられている建物があった。そのままリアに先導され、建物に入り2階分階段を上ると、事務室のような場所に連れていかれた。そこでは何日も寝てない顔をした人たちが忙しなく動いている。
「みんな聞いてくれ」
声を張ったリアの一言に、色々作業をしていた者たちが「何事だ?」と振り返った。
「今回の事故に関して、アドバイスを貰うことになった。アドバイザーの坂井だ」
「坂井ですよろしくお願いします」
挨拶をしてみたが皆疲れているのか、はたまた怪しんでいるのか、少しこちらを向いて会釈する者が数人いたくらいで、一様に反応が薄い。
「みんな仕事に戻ってくれていい」
リアは、職員がすぐに机に向かい仕事を始めたのを確認すると、こちらを振り返った。
「うちのが、不愛想ですまないな。みんな連日徹夜をしているんだ」
「いえ、大変でしょう」
「早速仕事に取り掛かろう」
言い終わるか、終わらないかくらいの所で振り向き、スタスタと歩き始めたリアに虚を突かれ、自分と見張り役の2人は小走りで追いかけた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。