3.牢獄にて
翌日は牢獄にウェストランド伯爵が来た。
美人と会話できるのは悪くないが、それでも朝の早い時間から取り調べを受けるのは、面倒臭さが勝ってしまう。
「今日はなんの取り調べですか?」
「お前のことについてだ。それと、これは取り調べではない」
「でも、鉄格子を挟んで質問攻めを受けてるこの状況は、第三者目線だと取り調べだと思いますよ」
「まぁ、そんなことはどうでもいい、今日の質問を始めるぞ」
いつも通り始まった取り調べは、昼ご飯を挟んで午後に突入した。
「それでは、坂井がいた世界での仕事は何をしていたんだ?」
「パイロットをしていました」
「航空機か?船か?」
文明の発達した世界だとは思っていたが、航空機や船が出てくるレベルだとは思わなかった。驚きで返答をできずにいると、メモを取っていたウェストランドは顔を上げこちらを見つめてきた。
「どうした?」
「あ、いや、なんでもないです。航空機のパイロットです」
「ほうほう、ならばそっちの知識が坂井にはあると」
「自分のいた世界と、この世界の航空機の構造が同じかは分かりませんが。一応」
そういえば昨日の衆目の中での尋問では、過去の勇者に絡めた質問はされたが、自分の職業とかは言っていないことを思い出した。
「なるほど、では次の質問は…」
「ちょっと待ってほしい、ウェストランド伯爵。あなたのことについて聞かせてほしい」
「私が何者かなど、どうでもいいだろう」
「いや、朝から晩まで膝を突き合わせて話してるんだ。こちらもそれくらい許されてもいいでしょう」
少し考えた伯爵だったが、「わかった」と渋々許可を出した
「あなたの名前を教えて欲しい」
「アメリア・アウグスタ・ウェストランドよ。ウェストランド伯爵家の当主」
随分長い名前だ、今度から頭の中ではリアと呼ばせてもらおう。
「それじゃあ、”アメリア・アウグスタ・ウェストランド伯爵”はなぜ自分の取り調べをしてるんです?」
伯爵という高貴な身分なのに、自分の取り調べをする理由が分からなった。適当にそこら辺の奴らにやらせておけば良いものではないのだろうか。
「それは、私の家が代々勇者の森の警備を任せられた一族だからよ。伯爵は役職名みたいなモノで領地があるわけじゃないわ。この王都に邸宅はあるけどね」
「なるほど、じゃあ警備のミスでないことを証明するために私が、勇者であると証明したいと」
「そういうこと、あと早めに証明できないと新しく任命された仕事が出来ないの」
自分の中では十分、異世界から来たことを証明できている気がするが、”勇者”でなければダメなのだろうか。自分は自分を勇者だとは思えない。
「なるほど、あとはこの世界のことについて教えてほしい」
「この世界の事って、もしかして全部?」
途方もない時間が掛るかも知れないという事実に、リアは絶望の顔をしている。「いや、とりあえず政治体制とか?」と質問し直すと、彼女はほっと息をついた。
「取り敢えず、アグスタ大陸は全土がナブエイド王国の支配下にあるわ、王国は国王を筆頭にしているけど、その上には法がある”法治国家”よ」
「なるほど」
「行政を行う国王と貴族、立法を行う各地方から選挙で集められた議員たち、同じく選挙で集められた裁判官たちの三権分立なの」
どうやらそこから詳しく聞いた話だと、ナブエイド王国は一応民主主義国家の体を取っているらしい。他にもいろいろ教えてもらったが、主たるところで言えば度量衡は一緒、暦は少し違うが1日が24時間というのと、秒、分、時間の概念は一緒だった。
「あと気になるところで言うと、他の大陸とかですかね?」
「他の大陸は6つある、それぞれとの国交があって空と海でつながっていて人が行き来しているぞ」
「ほうほう、今のところは聞きたいのはそれぐらいですかね」
「質問はこれくらいでいい?それじゃあ続きをしていくわよ」
「今日はこれぐらいにしておきましょうか」という返事を期待した自分が馬鹿だった。多分リアはここまでの問答で全然疲れていない上に仕事熱心なのだ。これはもう少しこっちのターンを続けなければ、質問攻めに頭がおかしくなりそうだ。
「あっ、やっぱりもう一つ質問を」
「なんだ?まだあるのか」
「最後です」
「いい、わかった。言ってみろ」
「航空機とか船があるって話でしたけど、動力源はなんですか?」
やっぱりこの世界でも石油なのだろうか?という単純な疑問が浮かんだのだ。
「動力源は魔水だ」
「”ますい”ですか?」
「そうだ。そっちの世界にも航空機と船はあるのに、魔水を知らないのか?」
「えぇ、こちらの世界では石油という地下資源を採掘して、それを燃やすことで動力源にしています」
「ほう、魔水も火魔法によって着火させて動力源にするぞ」
となれば実際の所、”火魔法”を使ってという自分の世界ではありえない単語を除けば、燃料の概念に大きな差異はないのかもしれない。
「では、その”魔水”とやらを使ってどう動かしているんです?」
「それは、魔水は空気と…」
とリアが説明し始めたところで、遠くの方で”バンッ”と乱暴にドアが開く音が聞こえた。その音の主が、走ってこちらに近寄って来ているようだが、牢獄の中からではうまく見えない。
「ウェストランド委員長!お話が」
飛び込むように入って来て、リアに話しかけているのは眼鏡をかけた文官風の男だった。
呼び出され、少し離れた所で話し始めたリアは、驚きの表情の後に頭を抱えた。そのあと文官風の男に指示を出しているようだったが、自分の所までは声は届いてこなかった。
「坂井、今日はこれで終わりだ。暫く来れないかもしれないが、用件が落ち着いたらまた話を聞きに来る」
焦りと不安が混じるリアの表情を見て、出かかっていた軽口を飲み込み、頷くことしかできなかった。
「それじゃあ」と言って彼女が文官と共に出て行った後は、牢獄に静けさが戻ると共に「ここからいつ出られるのだろう、元の世界に帰ることはできるのだろうか」という不安が襲い掛かって来た。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。