11.IMC
姿勢指示器は徐々に右に傾き始めているが二人はそれに気付く様子もない。
「機長、計器見て!」
「ん?え?おっと!」
前席にいる二人は、慌てた様子で姿勢指示器を見て態勢を整えるが、明らかに違和感を感じているようで、外を見ては徐々に機体の姿勢を崩している。
機体が右に傾き始める度に、指摘するが一向に改善する気配はない。
「ウェイド機長、計器飛行できますか?」
「計器飛行?」
「今から外の景色を見ないで、機内の計器の情報だけで飛行するんです」
「なるほど……」
「やってみましょう、いいですか?姿勢、速度、高度。姿勢、速度、高度の順番で計器を確認していきます。三回に一回この滑り計と、昇降計を確認しましょう」
「分かりました」
「大丈夫です、私がアシストします。後は……キース支部長。NAVを担当しましょう」
「NAV?」
「えーっと…ナビゲーションです。その手元の地図を使います」
キース支部長の手元にあるのは、航空チャートのような正確なものではないし、縮尺も合っているか分からないが、少なくとも高度やコースの計算をする分には十分使えるはずだ。
「いいですか、この速度計がkt表示で、今の速度が200kt。一時間で200NM(約370㎞)進みます。さっき見失った位置はどこくらいですか?」
支部長は手元の地図に目を落として確認している。
「ここら辺ですね。だよね?ウェイド」
「えっ?はい、だと思います」
「空港まで結構距離有りますね……これ、縮尺はNMですか?」
「はい」
「それなら話は早い。じゃあ、えっと…だいたい300マイル有るって言う事は…1時間半ですね。ここら辺で一番高い所……山とかありますか?」
「フロドラの森は北の方に山が有りますけど…南側は平野が広がっています」
「分かりました」
高度は今の3000ftを維持していれば大丈夫だ。そして方位も真っ直ぐに南いや若干南南東だが、16方位以外に表示されていない方位磁針に細かい事を要求するのは無理があった。
ウェイド機長とキース支部長も少し慣れたのか、動きが安定している。
そして機体の状態を安定させた今、最も重要なのはこの雲海の中から離脱すること。計器も昔の構造の最低限の物。無線航法を使えるわけでもないのに、雲の中に居続けるのは愚かだ。
「機長、高度を上げましょう。雲から離脱しないと」
視程がゼロの状態かつ地形も現在位置も分かってないのに、機体を下降させるわけにもいかないので上昇しなければならない。
「分かりました。5000ftでいいですか?」
「そうですね、良いと思います」
徐々に機首を上げて上昇していくのが、姿勢指示器から読み取れる。
視程が0の状態でのGの変化は、始めこそ感じるものの安定した上昇に移ると、普通に飛行しているかのように感じる。これは機体が左右に傾く時も、下降している時も同じなのだ。航空世界の用語でこれを空間識失調と言う。
空間識失調による事故は、航空交通の歴史が始まってから絶えることなく続いており、事故とは言わないまでも、経験したことのないパイロットは希少な筈だ。
この空間識失調による事故を無くすための技術が、外の視界に頼らず計器のみで飛行する、IFR(計器飛行方式)になる。
「4000...4500...」
ウェイド機長が読み上げる高度が上がり、後ろから見える高度計が4800に達した時、徐々に周囲の視界が明るくなり、白い雲の中から抜け出した。足元一杯に広がる雲海が伸ばしている雲の触手から、逃れるように上昇した我々は、5000ftからさらに昇った5500ftで巡航を始める。
「さぁ、これで有視界飛行に戻して大丈夫です。外を見て操縦しましょう」
「わかりました」
この雲の上を飛行する状態は暫く続くだろうが、近くの空港まで到達できれば十分だ。空港近辺が晴れていることを祈るしかない。
安定した飛行になったことで、ウェイド機長とキース支部長と会話する時間が生まれ、この機体の操縦方法や技術について教わりながら上空を飛行していった。
「ん?……なんだあれ」
操縦席の窓から乗り出しながら覗き込む、キース支部長の視線の先には雲海が広がっている。
「何か見えましたか?」
「いやぁ……いま大きな影みたいなものが見えた気がして」
雲の近くを飛行していると、自分達を頭上から照らす太陽が雲に自分の機体を映し出すことがある。特に投影されている雲の形が一定ではないために、慣れていないと急に現れる自分の機体の陰に驚くことが往々にして起きやすい。慣れていないキース支部長は、その大きな影を見て驚いていたのだろう。
「自分の機体の陰とかじゃないですかね?」
「いや~明らかに形が違った気がするのだが……」
「まぁ、支部長。あと30分も経てば空港に近づくので、この緊張感あるフライトは落ち着きますよ」
「そうだな」
ウェイド機長がキース支部長に掛けた言葉を一瞬にして裏切るように、いきなり視界が暗くなり機体が大きく揺れた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




