プロローグ
現世でパイロットをしていた”坂井航介”は、
ある朝起きると見知らぬ世界に異世界転移されていた。
転移させられた先は争いが収まり文明が発達した世界。
だがそこは、航空・海上輸送黎明期で事故が多発していた。
現代で得た知識とパイロットとしての経験で、事故を調査し未然に防ぐために奔走する坂井は、少しでも事故の犠牲者を減らすことが出来るのか。
目の前の計器コンソールに一つの橙色が灯った。
そこには、[NO,1 ENG OIL TEMP]の文字。
出発からここまで10分、順調だっただけに一瞬動揺するが抑え込んだ。
計器に目を落とし、エンジンオイルの温度を確認するが、何も問題ない。
すべての数値はグリーンの範囲だ。
「NO,1 エンジンオイルテンプが付いてる、こっちの計器は異状ないがそっちは?」
コパイ(副操縦士)の西田も気づいていたようだ、首を横に振っている。
「こっちも何ともないですね、エンジン温度の数値も正常ですし、他のエンジン系統の計器も異常ないです。コーションライトの異常とか?」
「その可能性が高そうですね」
「コーションライトをリセットしよう」
「コーションリセット」の復唱と共に西田が手順通り、警告灯のリセットを行った。
『カチッ』
音と共に、赤と橙色のすべてのライトが点灯し、少しすると消える、はずだった。
「増えました」
「今度は[NO,1 ENG CHIP]かよ」
考えられるのはエンジンの中に異物(金属チップ)が混入して、それによってエンジンオイルの温度が上がっているという事ぐらいだ。
「でも、計器は異状ないな『ですね』」
どちらにせよ、トラブルであることには変わらない。
「計器に注意しながら帰投しよう」
「わかりました」
出発してまだ11分一番近い空港は、飛び立った空港だ。
オートパイロットを解除して、自分の手で操縦桿とエンジン出力を調整しながら、来た道を引き返し始める。隣では西田が管制官と連絡を取り合って、着陸について話し合っていた。
『『『『ドォォン』』』』
体が爆発音と共に大きく揺れた、シートベルトが肩に食い込んで体が軋む。
痛みを堪えて目を計器盤に向けると、今度は[NO,1 ENG OUT]の赤い文字が出ている。
『ピー、ピー、No.1 ENG OUT No.1 ENG OUT』
けたたましいビープ音と共に無機質な機械音声が、ヘッドセットから流れ出て来る。
「NO,1エンジンアウトしやがった」
1つエンジンが使えなくなったところで、エンジンを2発積んでいるこの機体は問題ないし、エンジンが壊れたくらいで、焦るような事でもない。パイロットはこういう緊急事態の為にずっと訓練と試験を繰り返している。
そう自分に言い聞かせながら、決められた手順を始めた。
「ENG OUTチェックリスト」
自分は操縦桿から手を離せない、計器からも目を離すわけにはいかない。西田をチラリと見ると、既にチェックリストのファイルを取り出して、エンジンアウトの項目を探しているところだ。
「ENG OUTチェックリスト」とこちらの指示の復唱から始まった手順は、つつがなく進んでいく。
「「ふっー」」
一通りチェックリストが終わったところで、お互いの息を吐くタイミングが重なった。このままの状態を維持できれば問題なく出発空港まで変えることが出来る。「こうなった場合、報告書が面倒くさいんだよな」なんてことも考える余裕があった。
しばらく安定した飛行を続けたが、そう簡単に”事”が終わるわけもなく。
「今度は、No.2 ENGかよ!」
先程と同じように[No.2 ENG OIL TEMP]のコーションライトが点灯した。
そして今回も計器に異常はない。そうなれば次につくのは…
「やっぱり[NO,2 ENG CHIP]が付きましたね」
「このままだと全エンジンアウトだ、この距離だとギリギリ帰れないかもしれない。不時着できるような場所を探してくれ」
「了解」
西田が不時着場所を探し始めてから1分も経っていないだろう。
『『『『『ドォーーーーン』』』』』
爆発音と共に機体が揺れ、シートベルトが体に食い込む。
『ピー、ピー、No.2 ENG OUT No.2 ENG OUT』
二つ目のエンジンが故障し、推力を失った機体が重力に逆らうことなく徐々に降下していくのが、全身から抜けていくGで分かった。
最適な速度と機体姿勢にセットして降下率をチェックする。
問題ない、後はこれを維持するだけ。
「良さそうなところ見つかった?」
緊急事態で大事なのは焦らないこと、焦っていてもそれを表に出さないこと。努めて冷静なトーンで西田に話しかけた。
「えぇ、ここなら」
西田が地図で指をさしている地点を確認して、静かにうなずく。
「そこでいこう」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。