21 別れ <2>
翌日、朝イチで事情を聞かされた夏帆は驚きとショックを受けたものの、無事だと聞いて少しホッとした。仕事が終わったら誠司たちと一緒に病院に行く事を決め、椿は──誠司が言った通り──直接ママに連絡してきて一緒に行くことになった。
和希から事情を聞いた礼香たちは、今までもそうだったように、全力でサポートして和希を定時で見送った。途中、和希は誠司に店を聞いてナヤプリンも買って行った。
病室のドアをノックして入ると、中はとても静かだった。
「絢さ─…」
言いかけたものの、絢音が寝ている事に気付いてそっとベッド脇の椅子に腰掛けた。そこで再び、枕ではなく保冷剤で頭を冷やしている事に気が付いた。
(熱…)
〝何度だろう…〟とそっと額に手を添えると、思ったより熱くなくてホッとした。──とその時、絢音が気が付いた。
「あれ、和くん…」
「あ…ぁ、すみません…起こすつもりはなかったんですけど──…」
「んー、大丈夫…微熱程度だから」
「そうですか…。でももし辛かったら僕は帰るので──」
「あー、それはダメ」
「え…ダ、ダメ…?」
まさかそう言われるとは思わず、どもってしまった。
「ちょっと待ってね…」
絢音はそう言うと起きあがろうとした。
「ちょ、ちょっと絢さん─…起きるならベッドを起こしますから──」
「あー、いいのいいの。先生の説明では、奇跡的に血管も臓器も傷付いてないって言うし─…それに、手術の後はできるだけ早いうちに動いた方が回復も早いんだから」
「そうなんですか…?」
「そうよ。ママたちにもそう言ったんだけど、〝ダメ! 絶対、ダメ〟って、何かのキャッチフレーズみたいに言われてさ…。ずっと寝てたから、もう…背中もお尻も痛くて…」
「心配なんですよ、みんな…」
「まぁ、分かってるけどね…」
ゆっくりと起き上がる絢音を支えると、今度は〝あっちに…〟とソファを指さされた。ベッド脇にスリッパを用意し、絢音がそれを履く。和希は片側に立ち、軽く支えながらソファの方に移動した。そして、ようやくゆっくりと座ると、絢音は〝はぁ…〟と小さく息を吐いた。
「大丈夫ですか…?」
「んー、大丈夫。ありがとね。…でも良かった、和くんが来てくれて」
「何か頼みたい用事とか──」
「話し相手」
「は、話し相手…?」
絢音が〝そう〟と当たり前の顔をして頷いた。
「もう、ヒマでヒマで…。ママたちも熱があるからって早々に帰っちゃったしさ…。微熱なんて寝込むほど体も辛くないから、ジッとしてるのがつまんないじゃない? だから、話し相手が欲しかったの」
〝ほんとちょうど良かった〟と言いそうな絢音の表情に、和希はクスッと笑ってしまった。
「元気すぎませんか…?」
「だって、元気だもの。微熱は手術後の副反応みたいなものだし、傷だって大したことない──」
「大したことありますよ。刺されたんですよ? 普通は重症で、下手をすれば命だって──」
「でも帰れたよ」
「え…?」
絢音は和希の目を真っ直ぐと見つめて、もう一度言った。
「和くんのおかげで帰ってくることができた」
「僕…の…?」
どういう事なのか分からず次の言葉が出てこないでいると、更に絢音が続けた。
「悠人に会った時、私泣き崩れちゃってさ…謝っても謝っても、悠人には聞こえてないみたいに反応がなかった。でも悲しい目をしてたから、〝私もそっちに行くから…〟って言いかけたの。そしたら悠人に睨まれちゃって…」
「睨まれた…?」
「怒ったのかな…。そのすぐ後、風に乗った桜の花びらが頬に当たって、次に目を開けたら川の水面が桜の花びらで一面ピンク色になってた」
「川が一面ピンク色って─…」
その表情から、和希が何を言おうとしたのか絢音にも分かった。
「そう。私も思い出したんだよね、あの時の会話をさ…。そしたら、急にはっきり聞こえたの、和くんの声が」
「僕の声…?」
「私の名前を呼ぶ声…。そしたら次々に誠司くんやママの声まで聞こえて─…。私その声を聞いた時、〝あぁ、またみんなと他愛もない話をして、誠司くんの作ったご飯を一緒に食べて、変わらない時間を過ごしたい〟って強く思ったのよ。──で、気が付いたら悠人に謝ってて、そのまま後ろを向いて走り出してた。帰り道は分からなかったけど、見覚えのない方向に和くんやみんながいるって信じて走ったら、こっちに戻ってこれた…」
「絢さん…」
「だから、今ここにいるのは和くんのおかげ。ありがとう、名前を呼んでくれて」
「そんな…僕は─…」
それがただの夢か、それとも生と死の境界線の映像なのかは分からない。──が、絢音が強く思った事は自分が心の中で話していた事と同じで、その声が本当に聞こえていたのだとしたら、こんなに嬉しい事はないと思えた。しかも銀杏並木を歩いた時の会話や、方向音痴の対策の話まで思い出してくれて帰ってきてくれたなんて─…。和希は涙が出そうになるのを堪えるようにグッと息を止め、そして少し話を変えた。
「絢さん…」
「うん?」
「リベンジさせてください」
「リベンジ─…ってなんの?」
「お花見のリベンジです。リベンジハンバーグならぬ、リベンジお花見です。楽しいお花見だったのに、最後にこんな事になってしまって─…嫌な思い出で終わって欲しくないというか…。だから来年、お花見のリベンジがしたいです」
「リベンジお花見…」
「あー…でも、無理にとは言いません…」
和希は両手を振った。
「怖い思いをしてるのでトラウマもあるだろし、そこは絢さんの気持ちを尊重するので無理なら無理って──」
「分かった」
絢音は和希の言葉を遮って頷いた。
「しよう、リベンジお花見」
「ほ、ほんとに…? いいんですか…?」
「うん。私も嫌な思い出で終わりたくないし…」
「怖く…ないですか?」
「んー…全然怖くないって言ったら嘘になるけど、不思議と大丈夫な気がするんだよね」
「それはどうして…?」
「どうしてだろ…」
自分で言いながら、改めて考えた絢音。前回との違いがあるとすれば──
「一人じゃなかったから、かな。刺された痛みとか、あの男の顔を見た時の恐怖はあったけど…和くんがそばにいてくれた分、安心できたっていうか─…守ろうとしてくれたのが分かったから…。多分、そういうところだと思う」
「…それが本当なら、僕はすごく嬉しいです。──もう、来年のお花見は、絶対に絢さんを守りますから!」
力強いその勢いに、絢音は思わず笑ってしまった。
「まるでボディーガードだね。でも、別に守られたいとか思ってるわけじゃないから──」
「いいえ、守ります! …ってか、守りたいです! 絢さんは少しくらい守られて下さい。なんでも一人で頑張りすぎです…」
「そんな事ないって…。守られてるよ、十分。昔から誠司くんやママにさ─…あの人たちがいなかったら今頃ここにいないって言ったのは本当だし、四十二になっても痛いほど甘えてる」
「そんな事ないです。絢さんにしてみたらそうかもしれないですけど、誠司さんやママさんは、足りないと思ってますよ? もっともっと甘えて欲しいし、わがままも言って欲しいって…。僕もそう思ってます。年齢がどうのこうのじゃなくて、素の絢さんを受け止めたいんです」
「あーー…いや、それはなんていうか──…」
真っ直ぐな目で、真っ直ぐに伝えてくるその気持ちに、絢音はなんて答えていいか分からなかった。嬉しいと思う気持ちと、少し恥ずかしい気持ちで胸が痛くなる。
「えっと…それはボディーガードではなくなるわね…?」
「そうですね…。でも、なんでもなりますよ? ボディーガードでも介護士でも──」
「介護! あはは…──ッぃたたた……」
まさか和希から〝介護〟という言葉が出てくるとは思わなくて、思わずお腹に力が入ってしまった。
「だ、大丈夫ですか…!?」
「あー、うん、ちょっとお腹に力入っちゃった…。──介護…うん、介護ね…。それはそれで色々と割り切れるかも」
「それなら、もっと割り切れる事があります」
「なに?」
「恋人になる事です」
「また──」
「その選択肢もあっていいと思います」
「あったとしても、それを選ぶかどうかは私次第でしょ?」
「じゃぁ、選んでください」
「いやいや、それはさ─…ハードルが高いっていうか──」
「全然─…全然高くないですよ! フラットな場所で両手広げて待ってます。むしろ、一段でも二段でも下にいるので、飛び降りて下さい。ちゃんと受け止めますから」
「や、だからそれはさ──…」
(いや、ほんとダメだって…それ以上言われたら気持ちが──…だって、和くんの声を聞いて〝戻りたい〟って思った時点で、私はきっともう──)
自分の気持ちに気付いたからこそ、こういう話を続けられるとどうしていいか分からなくなる。懸命に自制して普段通りに接しているのに、どんどん今まで通りでいられなくなってくるのだ。
(とにかく、この話は早く終わらせないと─…)
──と思った時だった。ドアが軽くノックされ、入ってきたのは誠司と雅哉と夏帆だった。
「絢音さん…!」
絢音の姿を見るなり、夏帆の顔がホッとして泣きそうな顔になった。同時に、絢音も〝助かった…〟と胸を撫で下ろした。
「もう…今朝、マスターから話を聞いて、ビックリして心臓が止まるかと思いましたよ…」
「あー…だよね。滅多にない事だし…そりゃ驚くよね…」
「でも良かったです、思ったより元気そうで…。ちょっともう─…ハグしていいですか…?」
心配から安堵へ…大きすぎるその感情をどうにかしたくて夏帆がそう聞いた。絢音はその言葉に小さく笑った。理由は昼間に来た椿との違いだ。椿は何も言わず抱きついたため、ママに静止されたのだ。その事をママから聞いたのかどうかは分からないが、おそらく聞いていなくても、夏帆の行動に違いはないだろう…と思った。絢音は、そんな夏帆の気持ちを理解して、両手を広げた。夏帆は座っている絢音を優しくハグすると、その存在を確かめるように少しギュッと抱きしめた。
「良かった…ちゃんと、温かい…」
「そりゃ生きてるから──」
「…というより、まだ熱があるんじゃないですか?」
その温かさが通常ではないと、絢音から離れた夏帆が額に手を当てた。
「そうなのか、絢ねぇ?」
「おいおい…なら、寝てないとダメだろ。歩くのが辛いなら、オレがお姫様抱っこでもして──」
「必要ない」
絢音がピシャリと拒否した。
「熱って言っても微熱程度だし、手術の後にはつきものなのよ、こういう熱は。それに、やっとベッドから離れられたんだから」
故に〝戻るつもりはない〟と言えば、誠司と雅哉が顔を見合わせ〝しょうがない〟と溜息をついた。
「じゃぁ、ナヤプリンでも食うか」
「え、ナヤプリンがあるの!?」
誠司の言葉に絢音の目が輝いた。
「和希が持ってきただろ?」
「そうなの?」
絢音が和希に振った。
「あ、あー…はい、そこに──…」
ナヤプリンを床頭台に置いた直後、絢音が保冷剤で頭を冷やしているのに気付いてそのままだったのだ。和希が慌ててナヤプリンを持ってきてみんなに配ると、
「私たちからは、エクレアと飲み物です」
夏帆が、ナヤプリンと同じ店で買ったエクレアとペットボトルの飲み物を配った。
「エクレアまで…? もう、みんないい仕事するじゃない」
「〝ナヤプリンだけじゃ足りない〟って文句言われそうだったからな」
「さすが誠司くん、よく分かってる。でも、あとダブルシューもあったら最高だったなー」
「それは退院する時にオレが買ってやるよ」
雅哉が言った。
「さすが雅哉──」
「だろ?」
「〝今度来る時に持ってくる〟って言わないところがね」
「…マジか」
〝それが正解か〟と、やはり一筋縄ではいかない絢音に雅哉が小さく肩を落とせば、そんな姿にみんなが笑った。店ではなくとも、いつものみんなが集まれば店と変わらない雰囲気になる。絢音は美味しいプリンを食べながら、〝戻ってきて良かった〟と心から思った。
翌日からは、みんなが交代で絢音に会いに行った。アキラは大学が始まるため数日間しか来れなかったが、その代わりに和希が毎日来ていた。
ある日の午後、仕事がいつもより早く終わった和希は、絢音を驚かそうとそっと病室のドアを開けて覗き込んだ。──が、そこに絢音の姿はなかった。しばらく待っていたが戻ってくる気配はなく、ナースステーションで尋ねてみると、どうやら中庭に出ているとのことだった。和希は再び一階に降り、説明された道順を辿って中庭に出た。そこにはスタッフに車椅子で連れてきてもらっている患者もいれば、面会に来た家族と楽しそうにおしゃべりしている人もいる。他にも中庭に咲いている草花をスケッチしている人、ボーッと空を見上げている人、心地よい気温の中で携帯をいじっている人がいた。そんな中、和希はベンチに座っている絢音を見つけた。後ろ姿だったが、好きな人の姿というのはその後ろ姿だけでも分かるから不思議なものだ。ただ、少し頭が傾いていて微動だにしないところを見ると、眠っているように思えた。
(この気温だからなぁ…)
眠くなるのも分かる…と、和希はそっと近付いて覗き込んだ。案の定、気持ちよさそうに眠っていた。絢音の左手には悠人からプレゼントされた懐中時計が握られていて、右手は──眠っている時に膝の上から落ちたのだろう──力無くベンチの上に置かれていた。
和希はゆっくりと右隣に腰掛けた。無防備な寝顔が何とも言えず愛おしい。自然と口元が緩むのを感じながら、ベンチの上に置かれた手をそっと握った。そして反対の手で少し傾いた頬に優しく触れると、自分の肩の上に引き寄せた。一瞬、船を漕いだ時にようにふっと頭が持ち上がったが、すぐに小さな寝息と共にすぅーっと重さを感じるようになった。その〝身を委ねられている〟という重さが妙に心地良く幸せに感じる。
それから三十分ほど経っただろうか。〝ん…〟という小さな声と共に、肩がふっと軽くなったのを感じた。
「ぐっすりでしたね」
「…ん? え、あ…和くん…? ごめん、いつの間に─…」
「あぁ、えっとー…」
言いながら、視線だけを軽く腕時計に落とした。
「三十分くらい前ですね」
「三十分前…」
絢音もそう言いながら左手の懐中時計を見た。
「今が四時半って事は、四時くらいに──」
──と言いかけて、思わず時計を二度見した。
「え、四時って─…仕事は?」
「早く終わりました」
「あ…ぁ、そう……って、ん!?」
わざわざ早退したわけでも体の調子が悪かったわけでもなく、単純に仕事が早く終わっただけだと聞いてホッとしたが、同時にもう一つの問題が発覚して〝あー…〟と天を仰いだ。
「え、ちょ…どうしたんですか、絢さん──」
「やっちゃったわ…」
「やっちゃったって…なにがです?」
「眠れない…」
「はい…?」
「昨日は全然眠れなかったから、今日は昼寝しないでおこうって決めてたのよ。だから外に出てきたのに──…」
「この陽気ですからね…」
しょうがないと言えば、
「はーー…大体、九時に就寝って早すぎると思わない? そんな時間に眠れるのは幼稚園児か御老人よ? 健全な成人には無理ってもんだわ」
──と返ってきた。
「病院で入院している時点で〝健全〟とは言えないと思いますけど? ──というか、それ絢さんが言います?」
「立場が変わると見えてくる事ってあるのよねー」
冗談とも本気とも言えない言葉に、和希は思わず笑ってしまった。
「分かりました。じゃぁ…九時以降、携帯のメッセージアプリで話しましょう。絢さんが眠くなるまで付き合いますよ」
「ほんと? じゃぁ、最後まで起きてた方が勝ちね」
「いやいや、ただの会話ですって。どうして勝負になるんですか」
「その方が気合が入るじゃない」
「入れなくていいです。余計眠れなくなりますよ? それに、僕はただ普通に絢さんとの会話を楽しみたいです」
「ただ普通に?」
「はい」
「ダラダラと?」
「はい、ダラダ─…じゃなくて。他愛のない事でも何でもいいので──」
否定したものの言っている内容は同じ意味で、今度は絢音が笑ってしまった。──が、同時に腹部に痛みが走る。
「…イタタ…」
「ちょ…大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫、大丈夫。笑った時の痛みは幸せな時の痛みっていうから、全然平気」
「じゃぁ、もう部屋に戻りますよ、絢さん」
そう言って手を引っ張られて初めて、絢音はずっと手を繋いでいたことに気が付いた。
「あ、ちょ、ちょっと──」
「はい?」
「手、繋がなくても大丈夫だから…一人で歩けるし──」
「嫌です」
「え…?」
「僕が離したくありません」
握った手をわざと絢音の目線に持ってきて、イタズラっぽく笑って言った。それはもう、〝絶対に離しません〟という笑顔だった。
「あー、もう…」
ボソリと呟くも、敢えて手を離さない絢音の行動が和希には嬉しかった。一方で絢音も、真っ直ぐ伝えてくる和希の気持ちが、心地よい胸の痛みと共に嬉しく感じていた。
(このままずっと──…)
絢音は初めて本気でそう思ってしまった──
入院生活というのは本当につまらないものだ、と絢音は自分が入院して数日で実感した。それどころではない重症の人はともかく、毎日これといってする事もなく、ただ時間が過ぎるのを待つだけになるとヒマでヒマでしょうがなくなるのだ。幸い毎日誰かしらが来てくれたため助かったが、その中でも〝必ず毎日来てくれる人〟がいるというのは、自然とその時間が待ち遠しくなりモチベーションも上がる。──まぁ、そう思えるようになった事が、元気になった証拠なのだろうが…。
そんなヒマな毎日も、ようやく終わる日が決まった。午後の診察で退院の許可が出たのだ。
(よし、これで話題がひとつできた…)
仕事をしていれば何かしら話題もできるが、変わり映えのない入院生活では話す事がなくなってくる。そんな中でなにかひとつでも話題を…という目的を持って過ごせたのは、毎日来てくれる和希がいたからだろう。
診察が終わってする事がなくなった絢音は、退院までに使わないものなどを片付け始めた。そんな時、不意にドアがノックされた。〝はい〟と答えるのとほぼ同時に、ドアが開いて入ってきたのは男性と女性の二人の警察官だった。その二人は術後二日目に事情聴取をしにきた警察官で、ここに来るのは二度目だった。
「こんにちは。退院が決まったそうで良かったですね」
女性警官が優しい笑顔で言った。犯人が男性のためか、事情聴取の時から主に話をするのは女性警官だった。男性警官は一歩下がって見守り、必要な時だけ話に入ってくる。
「明日、退院になります。それで今日は…?」
「今日は─…あの日の事をもう一度詳しく聞きたくて…」
「……………?」
「実はですね──…」
そのあと警察から聞かされた内容に、絢音は酷くショックを受けることとなった──
警察官が帰った後も、絢音はソファに座ったまま動けなかった。唯一の疑問は解消されたが、それと同時に〝このままではいられない〟という思いが時間と共に大きくなってくる。そしてそれは、今の絢音にとって辛い決断をしなければならない事だった。
(こんな事なら悠人のところに行けばよかった…)
〝戻って来られて良かった〟と本気で思たからこそ、同じくらいの後悔に絢音の目から涙があふれてきた…。
その日の夕食は、ほとんど喉を通らなかった。
(どうしよう…もうすぐ来る─…)
待ち遠しかった時間は、今や永遠に来なければいいとさえ思う。和希に会いたくないわけではなく、会えばそれが最後になるからだ。でもその時間は刻一刻と迫っていた。
感情的にならずできるだけ落ち着いて伝えなければ─…と、絢音は心を落ち着かせるように懐中時計の秒針の音にジッと耳を傾けた。
それから間もなくしてドアがノックされた。普通でいようと思っても、胸がドキリと鳴り反射的に顔を上げる。あんなに不安でいっぱいだったのに、ドアが開いて目が合った瞬間、和希のふわっと緩んだ笑顔に絢音の頬も緩むから不思議だ。
「こんばんは、絢さん」
「お疲れー…」
──と返したところで、和希の後ろから誠司が入ってきた。
「あれ、誠司くん─…ママの手伝いは?」
「今日は終わった」
「え…?」
手伝いを早く終えた、という意味かと思ったところで、今度は少し遅れてママがやってきた。
「え…ママも? お店は?」
「フフ、休んじゃった」
ママが両肩をクイっと持ち上げて笑った。
「大丈夫なの? 常連さんとか──」
「その常連客から言われたのよ、絢ちゃんのところに行ってやれって」
「そんな…もう元気だからいいのに─…」
「みんな知りたいんだよ、絢ねぇの様子を。毎日でも見てきて、新たな情報を教えてくれ、っていうのが本音だ」
(特に、和希と過ごす絢ねぇの様子をな…)
誠司は心の中で付け足した。
「なんだそういう─…って、これ、一日の売り上げを捨てるほどのこと?」
「まぁまぁ、いいじゃないの。私もね、毎日だって絢ちゃんの元気な顔が見たいんだから」
「まぁ、ママがいいならいいけどね…」
「あと、これな」
誠司がナヤプリンの店の名前が入った紙袋を差し出し、絢音が受け取って中を覗くと…。
「ダブルシュー…」
「もうそろそろ退院の話も出るだろうから、って誠司さんが…」
「その前に持って来ないと〝意味がない〟って言うだろ?」
「入院してると食べる事しか楽しみがないからねー」
「それ、定年退職して何もやる事がなくなった老人のセリフだぞ?」
「ある意味、元気な証拠でしょ」
「まぁ、食欲は元気のバロメーターだからな」
「その通り」
絢音は誠司に向かって指を差して笑った。その笑顔がいつもと少し違う事に気付いたのはママだ。
「じゃぁ、今日の絢ちゃんは元気がないのかしらね?」
「え…?」
ママの言葉に絢音の心臓がドキッと鳴った。
「さっき、看護師さんから聞いたのよ。今日の夕食はほとんど手をつけてなかったって」
「は? そうなのか?」
「食欲がないんですか…?」
「…………」
「絢ちゃん…?」
「あー…いや、ちょっと間食しちゃってさ──…」
「間食って─…子供かよ?」
誠司のツッコミに、絢音は小さく苦笑いした。──が、もちろんそんな理由に誠司たちが納得するはずもなく─…表情からそれが分かった絢音は、誠司やママが何かを言う前に話題を変えた。
「あぁ…そういえば明日に決まったから、退院」
「え、そうなの!?」
絢音が何かを隠しているというのは分かったが、状況的に〝退院〟という言葉にはついつい反応してしまうものだ。ママを始め、誠司も和希も一気にパッと顔が明るくなった。
「明日のいつだ?」
誠司が聞いた。
「午前中」
「おー、そりゃ良かった」
「じゃぁ、迎えに来なきゃね。誠司はお店があるから私しかいないけど──」
「あぁ、いいって。ママは夜のお店もあるし、ゆっくり寝てて。私なら大丈夫。退院の手続きして、ちゃんと一人で帰るから」
「一人で…ってダメよ。荷物もあるし、もし帰る途中に何かあったら──」
それは電車やバスでフード姿を見てしまったら─…という心配だった。
「じゃぁ、贅沢にタクシーで帰る」
「そういうんじゃなくて─…病気でもケガでも、退院する時に一人って寂しすぎるじゃない。私はそういうのが嫌なのよ」
「じゃぁ、ママの時は私が迎えに来るね」
「そういう事を言ってるんじゃなくて──」
「あ…じゃぁ、僕が来ます」
どちらも引かないやり取りに終止符を打つには、第三者の介入が一番だ。和希は仕事で何度も経験していたのと、自分がそうしたいと思ったこともあって迷いなく手を挙げた。
「あら、でもあなた仕事があるでしょう?」
「大丈夫です。年度も始まったばかりで有給がたっぷりあるので。それに、今はあまり仕事が忙しくないんです」
「あらそうなの?」
(ダメ…)
絢音は咄嗟に心の中で言った。
「まぁ、わざわざそこまで…とは思うが、お前が来てくれるならオレも安心できる」
(ちょっと待って、誠司くんまで─…)
〝わざわざ有給を使う必要はない〟と言うかと思いきや、まさか受け入れるとは…。これでママまで〝お願いする〟と言ったら、断る理由がなくなってしまう──…と、絢音は焦り始めた。
(明日じゃダメ…今日で終わらせなきゃ─…)
機会を逃せばきっと言い出せなくなる。そうして一日が二日、二日が三日と長くなればなるほど、それだけ辛くなるのだ。
「まぁ、それはそれで有給の一番有意義な使い方かもしれないわね。じゃぁ、和くんに──」
「ダメ…!」
〝お願いしようかしら〟と続きそうなところを、絢音は思わず口に出して遮っていた。
「絢ちゃん…?」
「それはダメよ…」
「ダメって…有給を取るのがか?」
誠司が聞いた。
「そうよ、そんなわざわざ──」
「わざわざじゃないですよ、絢さん。僕がそうしたいだけです」
「でも──」
「いいんじゃないか? 与えられた有給の使い道は自由なんだし」
「そうですよ。それに忙しくないので会社に迷惑も──」
「来てほしくないの…!」
これ以上は無理だと、絢音はたまらず強い口調で言い放ってしまった。瞬時に静まり返った空気に、絢音はハッとした。そんな言い方をするつもりじゃなかったのに…と思っても、もう遅い。ここはもう、ハッキリ言うしかない…と絢音は覚悟を決めるように一度大きく息を吸った。
「ごめん─…明日だけじゃなくて、和くんには来てほしくない…」
「え……!?」
「絢ちゃん!?」
「おぃ、どういう事だよ…?」
「…言った通りよ。退院したあとも、私には会いに来ないでほしい…」
「なに言って─…絢ねぇ?」
「どうしちゃったのよ、絢ちゃん…そんな急に──」
「どうしてですか…絢さん…」
みんなが動揺しているのはもちろんだが、和希の悲しそうな顔が一番胸に突き刺さる。それが見ていられなくて、絢音は目を逸らした。
「どうして急にそんなこと──…僕、なにか気に障るようなことしました? もしそうなら謝ります。なにがいけなかったのか──」
「分かったのよ…」
「分かったって、なにがですか…?」
(そう、分かったのよ。警察に言われて、あの言葉の意味が…そして真実が─…)
「絢さん、なにが分かったんですか?」
目を合わそうとしない絢音に、和希は一歩足を踏み出し覗き込むようにして聞いた。
(真実が分かった以上、一緒にはいられない。一緒にいたら、私は和くんを──)
「守れない…って」
「─────ッ!!」
「おぃ、絢ねぇ! いくらなんでもそれは言い過ぎだ!」
「そうよ、絢ちゃん! あそこにいたのが私や誠司でも守れなかったわ。和くんのせいじゃない。それは絢ちゃんだって分かってるでしょう? なのにどうして──」
「大事な事なのよ…。守れるって…大事な事なの…」
「そうだけど─…そんなこと言ったら絢ちゃんは誰も──」
「…分かりました」
二人から責められている絢音の顔がどんどん辛そうになっていくのを見て、今度は和希がたまらなくなった。
「もう…絢さんには会いに行きません…」
「待て待て、和希──」
「ダメよ、和くん─…そんなこと言わないで──…絢ちゃんもほら、そんなつもりはなかったって謝って──」
「いいんです、ママさん、誠司さん──…僕が絢さんを守れなかったのは事実なので…」
「いやいや、そうじゃないだろ──」
「絢さん…守れなくてすみませんでした。じゃぁ、お元気で─…」
あふれそうになる涙を堪えるのも限界で、和希は早口でそう言うと、軽く頭を下げてから病室を出て行った。
「おい和希、待てって…! ──おぃ、絢ねぇ!!」
「絢ちゃん…!」
〝何してるの! 早く追いかけて!!〟と絢音を急かすが、絢音はその場で俯いたまま何かをグッと堪えるようにして黙ったままだった。
「誠司、あんたは和くんのところへ──」
「あ、あぁ、分かった─…」
とにかく和希を引き止めないと…と、誠司は慌てて和希のあとを追った。
残された絢音は、握りしめた手をジッと見つめたまま黙り込んでいた。和希が戻ってくるのが先か、絢音が話し出すのが先か─…待ってみたが、絢音から話し出すことはないだろうと、ママが静かに問いかけた。
「どうしてあんな事を?」
「…………」
「好きなんでしょう、和くんの事…?」
「…………」
「絢ちゃん…?」
再度問いかけられ、絢音は握りしめていた手の力をフッと緩めた。〝多分きっと…〟と思っていた事が、ようやく心の中で〝その言葉〟として認めたからだ。
「……好きよ」
「だったら、どうして会いに来ないでほしいなんて──」
「好きだからよ。これ以上一緒にいたら、きっと離れられなくなる…」
「それで良いじゃない。和くんだって絢ちゃんの事が好きなんだから──」
「良くない…良くないわよ、全然。私はもう、何も失いたくないの。今度また失ったら、自分でもどうなるか分からない─…。でも今ならまだ間に合う。今ならまだ、元の生活に戻れる─…」
「それは、一人で生きるって事…?」
「…そうよ」
「でも失いたくないって…和くんは──」
「刺すつもりはなかったって」
絢音は再び手をギュッと握りしめた。
「え…?」
「今日、警察の人が来た…」
「警察…? またどうして─…」
「あの男、私を刺すつもりはなかったって言ってるって」
「なに言って─…刃物を見せて脅すわけでもなく、無言で近付いてきたんでしょう? 刺すつもりがないなんて、そんな言い分けが通るわけないじゃない」
「警察もそう言ってた」
「そりゃそう──」
「でも、あの男の言葉は本当だと思う」
「ちょっ…絢ちゃんまで、なに言ってるの!?」
驚くママとは対照的に、絢音は落ち着いていた。
「私を刺した直後、あの男〝違うんだ…〟って言ってたの。狼狽しながら何度も何度も…まるで想定外だったみたいに」
「想定外…?」
絢音がゆっくりと頷いた。
「正直、それがずっと引っかかってた。意味が分からなくて─…。でも今日、警察の人にその話を聞いた時、あぁ、そういうことか…ってやっと分かったのよ」
「……………?」
「刺される直前、私は後ろから群衆に押されて和くんの背中にぶつかった。それで、立ち位置がズレたの」
「立ち位置が、ズレた…?」
ママはその言葉が引っかかって、確かめるようにゆっくりと繰り返した。
「そう。群衆に押されなければ、私が刺された場所にいたのは和くんだった」
「─────!!」
「だから〝違うんだ〟って言ったことも、私を刺すつもりがなかったっていうのも本当だと思う。元々刺すつもりだったのは──」
「和くん、だった…?」
絢音は〝そう〟と頷いた。そして続けた。
「前に、和くんのスーツが破れた事があったの覚えてる?」
「…スーツ?」
突然違う話になり、〝そんな事があったかしら…〟と記憶を辿っていると…。
「上着の後ろよ。どこかで引っ掛けたみたいだって、ママが直してくれた事があったでしょ」
「あー、そういえば─…」
「あの時、なんか違和感があったんだよね。引っ掛けたっていう割には、綺麗に切れてるって感じでさ…」
言われて、ママも〝あぁ〟と思った。
「確かに、それは私も思ったわ…」
「それに、既視感みたいなのがあったの」
「それって、前にも同じ事があったって事?」
絢音は頷いた。
「いつ?」
「その時はあまり気にしてなくて、思い出そうともしなかったんだけど…。本当の狙いが和くんだって分かった時、点と点が繋がったみたいに思い出した。──夏祭りの時よ」
「夏祭り…」
「アキラくんと一緒にお祭りに行った日。途中から私がかくれんぼしようって言って、アキラくんと離れた時があったのよ。ちょうど花火が上がる時に合流したんだけど、その時にもアキラくんの服の裾が切れてた」
「それが…?」
「多分、あの男に二人とも狙われたんだと思う。私と一緒にいたから…」
「───── !」
「捕まっても、どうせすぐに出てくるわ。八年経っても追いかけてくるんだから─…これからだってきっと──」
「だから、和くんと離れようと…?」
「そうしないと、私は和くんを守れない…」
「守れないって…そういう意味だったの…?」
本当の理由を知って、ママは涙が出てきそうになった。
「永遠に失うよりはずっといい─…」
絢音は自分に言い聞かすようにそう言った…。
「絢ちゃん…」
同じ言葉でも、懐中時計が見つかった時とは全く違う。悲しすぎるその言葉に、ママはたまらず絢音を抱きしめた。
一方その頃、誠司は和希を追って階段を降りていた。あともう一歩…というところで、和希が乗ったエレベーターのドアが閉まったのだ。しかもこういう時に限って、一階までノンストップだった。
(上りじゃなくて良かった…)
──と思いながら、和希に追い付いたのは病院の正面入り口を出たところだった。
「和希、待てって…!」
外に出ると同時に誠司が呼びかけると、和希の足がピタリと止まった。
「絢ねぇは─…」
上がる息を抑えながら、言葉を選んだ。
「絢ねぇは、本気じゃない」
「…………」
「あんな言い方、絢ねぇらしくないだろ。それはお前にだって分かるはずだ」
「なにか理由があると…?」
「あぁ。…じゃなきゃ、あんな言い方はしない」
「だとしても─…」
和希はゆっくりと振り返り、誠司の顔を見て言った。
「その理由は話してもらえませんでした」
「それは──…」
「多分、聞いても話してもらえないと思います。特に僕には…。それは誠司さんの方がよく分かってるんじゃないですか?」
「……………」
誠司は何も言えなかった。和希の言う通りだからだ。絢音は今まで自分で考えて自分で決断してきた。それが自信に繋がり強さにもなっている。そうするのが最善だと思えば嘘をついてでも貫き通すはずで──…もし理由があってああいう言い方をしたのなら、その理由を告げない事が最善だと判断したからだろう。だとすれば、周りがどれだけ聞いても話してはくれない。特にその対象である和希には…。
「僕は─…誠司さんたちから〝どうして守れなかったんだ。お前が刺されればよかったのに〟って言われる覚悟をしてました」
「は? 言うかよ、そんな事──」
瞬時に出てきた言葉が雅哉と同じだった事に、和希は少し嬉しく思った。
「そうですよね…。でも覚悟してたんです。ただそれと同じくらい─…周りからどんなに責められても、絢さんさえ許してくれるならずっとそばにいたいと思いました。そばにいて、二度とこんな事が起きないよう絢さんを守りたいって…。でも──」
和希は一旦そこで切って、再び溢れてきそうになる涙を抑えるように大きく息を吸った。
「たとえ嘘だとしても…あの言葉を絢さんから言われたら僕は何も言えません…。絢さんもそれを分かって言ったはずです」
「……………」
誠司はもう、なにも言えなかった。和希にほんの僅かな希望を与える言葉さえも見つからない。ただ和希には諦めて欲しくなかった。きっと絢音も心の中では和希を求めているはずだからだ。──とはいえ、今それを口に出すことはできなかったが…。
「誠司さん…」
和希は、黙っている誠司の目を真っ直ぐ見つめて言った。
「〝言われなくても〟って言われそうですけど─…絢さんを、よろしくお願いします」
喉に詰まりそうな声でそう言うと、和希は深々と頭を下げた。そして再び背を向けて歩き出した。
(くそ…なにを言えばいいんだ? なにか言わないとあいつは──…)
次の瞬間、焦る誠司の口から出たのは──
「また連絡するからな! 必ず連絡するから、絶対に出ろよ!」
──だった。
自分でも情けないと思ったが、このまま全てが終わってしまう事だけは避けたかったのだ。
(とりあえず今は、絢ねぇがあんな事を言った理由だ…。それを聞き出さないと──)
誠司は急いで絢音の病室へと向かった。
エレベーターに乗って病室のある階で降りると、ローカの先でママが病室から出てくるのが見えた。誠司は慌てて部屋に向かった。
「親父──」
「誠司…。和くんは?」
「帰った。絢ねぇを頼むって─…」
「そう…。じゃぁ、私たちも帰りましょう」
「は? なに言ってんだよ─…オレはまだ絢ねぇに聞きたい事が──」
「帰るのよ」
「じゃぁ、先に車に行ってろよ。オレは聞いてから──」
車の鍵を出しながらそう言うと、ママはその腕をグッと掴んだ。
「やめなさい。絢ちゃんだって辛いのよ…!」
その一言に、誠司は察した。
「なにか言ってたのか…? なんであんなこと言ったのか─…」
「えぇ…」
「なんだよ? 理由は…?」
「帰ってから言うわ」
「なんで──」
「まだ死にたくないからよ」
「はぁ!?」
「いいから。とにかく、今日はもう帰るわよ」
そう言うや否や、掴んだ腕をグッと引っ張った。その手の強さは〝父親〟で、そう簡単に振り払えるものではなかった。
車に乗り込んで走り出すとすぐに、ママが携帯を取り出し電話を掛けた。数回目のコールで出たのは雅哉だった。
『おー、親父』
「今すぐ家に来てちょうだい」
『どうした、急に──』
「緊急の家族会議よ」
『……………』
その言葉に、電話の向こうの雅哉が何かを察知した。運転していた誠司にも緊張が走る。しばらくして〝分かった〟と短い返事が聞こえると、すぐに電話は切れた。
〝緊急の家族会議〟
それは絢音の両親や悠人が亡くなった時、そしてストーカーの被害に合った時に何度か開かれたものだった。だからこそ、ただ事ではないと雅哉も理解したのだ。
誠司たちが家に着くと、既に雅哉は部屋の中にいて二人を待っていた。その後、ママから説明を受けた誠司と雅哉は、過去最高の怒りを覚えた。それは病院で聞いていたら、怒りで暴走し車の事故でも起こしそうなほどに──