11 元カレ <1>
七月の後半からイベント事は増え、八月に入ると和希の会社は更に忙しくなった。それでも仕事がひと段落ついた和希は、やっと絢音に会える…とはやる気持ちを抑えながら店へと向かっていた。もちろん朝の通勤時には会っているが、重要なのは仕事が終わったこのプライベートの時間だ。この時間があるからこそ、その日の仕事が頑張れると言っても過言ではない。故に残業続きで全く会えなかったこの二週間は、長い刑期を務めているかの如く本当に辛い毎日で、朝の通勤時間が唯一訪れる癒しの面会時間だったのだ。
(やっと会える─…!)
少年のように高鳴る胸を押さえながら、できるだけいつものように扉を開けた。
「いらっしゃ─…まぁ、和くん!」
第一声はママだった。絢音が〝和くん〟と呼ぶようになって、ママも自然とそう呼ぶようになったのだ。
「やっと来たわね〜。もー、二週間も来なくて寂しかったわよ」
「僕も、皆さんに会いたかったです」
「仕事は落ち着いたのか?」
次に話しかけたのは誠司だ。
「はい、なんとかひと段落って感じです」
「そうか。──にしても疲れた顔してるな。今日はまっすぐ家に帰って、休んだ方がよかったんじゃないか?」
「でもここに来るほうが元気が出るので─…」
「まぁ、分からんでもないが…。絢ねぇが心配してたぞ」
「そうですね…ここ一週間くらいは毎朝言われました」
「絢ねぇは、人が追い込まれていく姿に敏感で、すごく気にするからな」
「そうなんですか…。──あ、それで絢さんは?」
扉を開けた時にチラッといつもの席を見たが、そこに絢音の姿はなかったのだ。まだ来てないのか、それとも来ない日なのか…。後者でない事を祈りつつ尋ねれば──
「あぁ、あそこにな」
──と軽く指をさされたのは、窓際の一番端のテーブル。言われて目で追えば、絢音と楽しそうにお喋りしている男性がいて驚いた。
「え…だ、誰ですか、あの人…?」
「それがな─…」
そう言いながら誠司は指で〝チョイチョイ〟と和希を呼んだ。つられるように顔を近づける和希。
「絢ねぇの元カレだと」
「えぇ!?」
「付き合ってたのは学生の頃らしいから、もう二十年以上も前だ。しかも、最初で最後の彼氏だってよ」
「最初で最後の…」
「その設定は厄介だよなぁ…」
「そう…ですね…。でもどうしてそんな人が今…?」
「偶然、職場で会ったらしい。ちょうど二週間くらい前にな」
「え、二週間前って─…」
「そっ、お前が来なくなった日だ。その日に会って、仕事終わりに二人でやってきた」
「じゃぁ、二週間前から絢さんと二人で…?」
「週三日だ」
「…………!」
(本当に厄介だ…。最初で最後の恋という事は、思い出も思い入れも強いはず…。時間が経てば思い出も美化されるっていうし、二十年ぶりの再会でその想いが再燃する可能性だってある…。年齢差を考えたって──)
不安しか出てこないこの状況に立ち尽くしていると、誠司が腕をポンと叩いた。
「とりあえず座れ」
「…あ、はい…」
促された和希は、二人の様子を横目で見ながらいつもの席に座った。話している声は聞こえないが、絢音の笑い方や仕草、態度がいつもと違って見えるのは気のせいだろうか。
ついさっきまで絢音に会えると胸が高鳴っていたのが嘘のように、今は不安と嫉妬が入り混じるどんよりとした気分だった。
「いつものでいいか?」
選ぶ余裕もないだろうと誠司が聞けば、和希はチラリと目を合わせ〝はい〟と無言で頷いた。
ややあって、先にビールと枝豆が目の前に置かれた。そこでようやく二人から目を離し、ビールに口をつけたのだが不安ばかりが頭をもたげてくる。
(絢さんはどう思ってるんだろう…。久しぶりに会って懐かしさよりも、当時の気持ちを思い出してるのだろうか…。よりによって自分が来れなくなった日に再会するなんて──)
久しぶりのビールも味わう余裕がないまま半分ほど飲んだ時だった。絢音がカウンターにやってきた。
「誠司くん、ハイボールもう一杯──」
──と言いかけて、いつもの席に和希がいるのを目にしてパッと目が輝いた。
「和くん! いつの間に!?」
「少し前に…」
「そっか。ごめん、全然気付かなかった。──仕事は落ち着いたんだ?」
「はい、今日ようやく…」
「そっか、そっか、良かった! もうさ、目の下のクマは日に日に濃くなってくるし、顔色も悪くなってくるからほんと心配してたんだよー。それに、少しやつれたよね?」
そう言うや否や、絢音は〝見てやってよ〟とばかりに両手で和希の頬を挟んで誠司の方に向けた。当然の事だが、和希はその行動にドキッとする。触れられた頬が火照ってくる気がするのは、お酒のせいではないだろう。ドキドキしながらもその手を振り払うのも違うため、されるがままの状態で誠司と目が合えば…。
「確かにやつれたな。それも今日、一気にな」
「え、そうなの?」
〝気付いてやれよ〟とばかりにそう言ったが、当の本人には届かなかった。
「あ、あの絢さん…」
「うん?」
「あの人って──」
「あぁ…彼はね、柏木隼人。私の高校の同級生よ。二週間くらい前に偶然会ってさ、なんか懐かしい話で盛り上がっちゃってねー」
誠司から聞いた内容と何ら変わりない説明だった。唯一説明が足りなかったのは〝元カレ〟という事だけだろうか。
「ほら、和希。今日はカツ丼だ。絢ねぇは、ハイボールな」
誠司は二人が話している時に作っていたカツ丼とハイボールをそれぞれに渡した。
「ありがとうございます」
「サンキュー。──あ、そうだ。あとトランプも貸してくれない?」
「トランプって…賭けスピードでもするのか?」
「そう。やっぱり、会ったからには第一人者に勝ちたいじゃない?」
「第一人者…?」
「誰が? 何の?」
和希と誠司がほぼ同時に質問した。
絢音は二人を交互に見つめてから、〝あ、そうか〟と何かを思い出したように言った。
「このゲームを考えたの、彼なのよ」
「え…そうなんですか!?」
「ちょっと待て…じゃぁ、もしかして高校の時にこういうゲームが好きな奴がいたって言ってたのは──」
「そう、彼。もう、めちゃくちゃ強くてさ。一回でも勝ちたくて毎日やってたんだけど、結局一回も勝てなかったんだよねー。ま、おかげで彼以外に負ける事もなくなったんだけど。だから、リベンジしようと思って」
「へ…ぇ…」
「あ、あの…ちなみに何を賭けるんですか?」
「一日デート」
「え!?」
〝朝食はご飯派ですか、パン派ですか?〟と聞かれ、〝ご飯派です〟と答えるくらい何でもない事のように返ってきたその言葉に、和希はかなりの衝撃を受けた。
「おぃおぃ、大丈夫なのかそれ…?」
和希の表情を見て、代わりに誠司が質問する。
「大丈夫って何が?」
「いや、だから勝てるのかってことだよ」
「さぁ? だってもう二十年以上も対戦してないのよ? やってみなきゃ分からないでしょ」
「…まぁ、そうだけど。…ってか、そいつの素性は? 彼女がいたり結婚とかしてたら──」
「あー、大丈夫、大丈夫」
絢音は〝全く心配ない〟と手を振った。
「彼、バツイチだから。彼女もいないってさ。まぁ、らしいと言えばらしいけどね。──って、そんな事より今はこの賭けよ。久々のこの緊張感─…くぅ~、今日こそは絶対に打ち負かしてやるわ!」
「…そうか。──ほら、トランプな」
緊張するとは言いつつも楽しそうな絢音の顔を見て、誠司は〝もうそれ以上は何も言えない〟と、トランプを手渡した。
「ありがと。じゃぁ、和くんちょっと待っててね。これが終わったら彼も帰るから。パパッと終わらせて、一緒にご飯食べよ」
そう言うと、絢音は楽しそうに元カレのテーブルへと戻っていった。
「誠司さん…」
「あー…」
その顔を見れば何が言いたいかが分かり、誠司は慎重に言葉を選ぼうとした。
「絢ねぇは現役だ。あとは相手のブランクと酒がどう影響してくるか…だな。──とりあえず食え、な?」
「…はい」
──とは言ったものの、テーブルの席で繰り広げられる賭けスピードの経過が気になってなかなか箸が進まなかった。
直接見たいような見たくないような複雑な心境の中、それでも近くに行って変に絢音の気を散らせてしまっても嫌だと思うと、やっぱりここは離れていた方がいいとも思う。
カードを切ってセッティングするまでの時間に二口ほど食べたが、美味しいはずのカツ丼の味は全く分からなかった。それからすぐ、絢音の〝賭けスピ・ゴー〟という号令が聞こえた。和希の箸は完全に止まり、その視線は二人の姿に釘付けになった。
二人の手が一斉に動き出す。カードを前に積み重ね、手持ちのカードを並べる動きもスムーズだ。絢音の表情も、緊張すると言っていた割にはとても冷静に見える。一方、隼人もいい動きをしていた。強いと言うだけあって、お酒を飲んでいるとは思えないような素早さだ。
少し離れて見ていて気付いたのは、どちらも姿勢がいい事だった。背筋をピンと伸ばし、自分達が賭けをしていた時の前のめりになる感じが全くなかったのだ。おそらく視野を広く取る事で、カードの数字を全体的に捉えることができるのだろう。
どちらもいいペースで手持ちのカードが減っていった。左手に持っていたカードが完全になくなったのは絢音の方が一瞬だけ早かった。残っているのはオープンになったカードだけ。
これはもしかしたら──
当の本人ではないのに、和希の心臓が早鐘を打ち始める。──とその時だった。
絢音が持っていたカードを出そうとした瞬間、隼人のカードがその下に滑り込んだ。それは本当に一瞬で、絢音は危うくカードを離しそうになるのを止めるのが精一杯だった。数字が変わり、出せるカードが変わる。絢音が違うカードに持ち替えた時には、隼人のカードは全てなくなっていた。
「あーもう、また負けたー」
絢音の声が聞こえてきた。同時に和希の体も落胆したように力が抜けてしまった。隼人の声は聞こえなかったが、とても冷静な会話をしているようだ。
しばらくすると、本当に隼人は帰って行った。そして絢音が大きな溜息をついて戻ってくると、誠司に〝日替わりのカツ丼〟を頼んでからいつもの席に座った。
「先に日替わり食べときゃ良かった…」
そう言ってふと和希のカツ丼を見た絢音は、それがあまり減ってないことに気付く。
「ひょっとして食欲ない、和くん?」
「え…? あ、いえ…そうじゃないです…けど…」
「そう? ──あ、じゃぁ、食べさせてあげようか?」
「え…!?」
「ほら貸してごらん」
「…だ、大丈夫です、自分で食べられるので──」
「いいから、いいから」
ほぼ強引に和希の手から箸を奪うと、絢音は楽しそうにトンカツを取りあげて和希の口元に近付けた。
「ほら、アーンして」
「い、いえ本当に自分で─…あ、絢──」
〝絢さん…!?〟と言いかけたところで、うまい具合にカツを口に放り込まれてしまった。和希は知らないが、絢音にとって食べさせるという行為は職業柄とても慣れているのだ。口に入れば、反射的に咀嚼する。和希が無言でもぐもぐと口を動かすのを見て、絢音は満足げに聞いた。
「美味しい?」
和希はまた無言で数回頷いた。さっきまで味がしなかったのが嘘のように、出汁の効いた汁とふんわりした卵とじが衣に絡んでとても美味しく感じられた。和希は少し驚きながらも、ごくんと飲み込んで改めて言った。
「美味しいです、すごく…」
「そう。それは良かった。じゃぁ、次はご飯ね──」
「あぁ…いえ、大丈夫です。本当に自分で食べられるので─…」
今度は和希が強引に箸を取り戻した。食べさせてもらえるのは嬉しいことだが、恥ずかしさも同じくらいある。
(これ以上されたら、ほんとヤバイ…)
和希は自分を落ち着かせようと、残りのビールを一気に飲み干した。そんな姿を見て絢音が嬉しそうに笑っている。
「な、何で笑ってるんですか…?」
「んー…いや、ただ嬉しくってさ。和くんがちゃんと戻ってきたなーと思って」
「それは戻ってきますよ、もちろん」
「だよね。──うん、だから良かったな、って事よ」
「はぁ…」
いまいちよく分からなかったが、絢音が嬉しそうならそれでいいかとも思うと、それ以上は聞かない事にした。
「はいよ、絢ねぇ。あと和希はから揚げな」
誠司がタイミングを見計らったように、カツ丼とから揚げを出した。
「ありがと。──じゃぁ、一緒に食べるよ、和くん」
「はい…」
それから他愛もない話をしながら食べたカツ丼は、最後まで美味しくいただいた。食べ終わって一息ついた時、和希がずっと確かめたかった事を絢音に尋ねた。
「絢さん─…本当に行くんですか、あの人とのデート」
「まぁ、賭けに負けたからねー…」
しょうがないというニュアンスが感じられる言葉に、和希は思い切って提案してみた。
「あ、あの…! 僕と賭けスピードで勝負しませんか?」
「…賭けるものは?」
「デートの反故、です」
「デートの反故?」
意味が分からないと繰り返した。
「僕が勝ったら、その人とのデートをキャンセルして欲しいんです」
「あー…そういう事。──それは無理ね」
「どうしてですか?」
「賭けは当事者同士の約束よ? それを第三者が当事者を差し置いて、勝手に約束の反故をさせるのはルール違反だわ。賭けに勝った本人とその勝負をするか、もしくはその人の同意があってから私と勝負するっていうのがスジだと思う」
〝違う?〟と目で言われれば、当然過ぎて反論のひとつも出てこなかった。それが返事だと受け取った絢音は、小さな溜息をひとつ付いた。
「何を心配してるか知らないけど、大丈夫よ。たった一日デートごっこするだけなんだしさ」
(心配?)
和希は心の中で繰り返して、〝いや、違う〟と思った。心配というよりは不安だろう。二十数年ぶりの再会で恋が再燃しないかという不安。更に言えば、自分以外の誰かと〝ごっこ〟でもデートして欲しくないというのが本音なのだ。でもそれを口にすれば、ただでさえ年下だというのに余計に子供だと思われる…。そう思うと、和希は〝そうですね〟と言うしかなかった。
そして時刻は二十二時頃──
いつもの時間に帰っていく和希を、絢音と誠司が見送った。絢音は明日の仕事が休みのため、店に泊まっていく事にしたのだ。
バーの手伝いを終えた誠司が、酎ハイとつまみを持ってカウンター内から出てくると、さっきまで和希がいた場所に座った。
「やっぱり、キツかったかなぁ…」
絢音が、和希の姿が見えなくなった方を見ながら言った。
「何が?」
誠司が酎ハイを一口飲んで聞き返す。
「賭けスピードよ、デートの反故のさ…」
「あぁ、あれか。──けど、絢ねぇの言ってる事は間違ってないだろ」
「そうなんだけど…。正しいから納得できる事と、正しいから納得せざるを得ない…っていうのとでは、気持ちの負担が違うじゃない?」
「まぁ、そりゃな…」
「和くん、あれからなんか元気なかったし…もう少し気持ちに寄り添って話をすれば良かったかな…とか思ってさ」
「あー…まぁ、そうだとしても、あいつアラサーだぞ? そんな心配する必要はないだろ。──ってか、オレ的には元カレとの賭けスピードの方が気になるけどな」
「え、そう? あれの何が?」
「あの賭け、本気でやって負けたのか?」
その質問に、絢音は〝あ〜、そういう事ね〟という顔をした。
「もちろん本気よ、ある意味ではね」
「ある意味?」
「ねぇ、誠司くんICレコーダーって持ってたよね」
「あ、あぁ、持ってるけど──」
「あれ貸してくれない?」
「は? 何に使うんだよ?」
「んふふふ〜、実はさー…あいつの正体を暴いてやろうと思って」
「あいつの…って、元カレの事か?」
絢音は〝そっ〟と頷いた。
「あいつが病院に来たのって、会社の後輩のお見舞いだったんだけどさ…。どうやら、その後輩の奥さんに手を出してるみたいなんだよね」
「は!?」
「出会いは今年の四月、会社が開いた家族参加のお花見だったんだって。──ほら、あいつ顔は悪くないでしょ? 背も高いし優しいし頭は良いし、初めての人にでも声を掛けて話しやすい雰囲気を作っていく。昔からそうだったんだよね。学年が変わって新しいクラスになってもさ、帰る頃にはあいつを介してみんなが仲良くなってるの。めちゃくちゃ目立つってわけじゃないんだけど、なぜか〝中心にいるのはあいつだ〟ってみんなが思う存在っていうのかなー」
「それだけ聞くと、すげーいいヤツって思えるけど?」
「そうなんだよねぇ…。外見も中身も良くできた、いわゆるパーフェクト・ヒューマンってやつよ」
「だから、絢ねぇも好きになって付き合ったのか」
「まぁ、嫌いになる要素がないんだから好きになるしかないでしょ。それに一緒にいて楽しかったし、こんなキツイ性格の私でも、ちゃんと〝女性〟として接してくれたっていうのが一番大きいかも」
「へぇ、キツイ性格っていう自覚はあったんだ?」
「うっさいわ」
「はは、冗談だよ、冗談。──それで、告白は絢ねぇから?」
「向こうからよ。告白された時は、〝あぁ、だから女性扱いしてくれてたんだ〟って嬉しくてさ、なんか自分だけ〝特別なんだ〟って思えたんだよね。それで付き合うことになったんだけど、男女交際にうるさい学校だったから、バレないように友達にも黙ってたのよ」
「じゃぁ、二人が付き合ってたのって誰も知らなかったのか?」
「そう」
「よく黙ってられたな? 普通なら舞い上がって友達の一人ぐらい喋ってるところだろ?」
「あいつを好きな人は他にもいたし、バレたら色々面倒じゃない? 友達関係が崩れるのも嫌だしさ」
「…けど男の方は? 高校生の男が黙ってられるとは思わないけどな。それともそれができるってところが、あいつなのか?」
「そうなんだよねー…って言えれば、本当にいいヤツなんだけど」
「うん?」
「目的があったのよ、あいつには」
「目的?」
絢音が頷いた。
「卒業式の日にさ、一番仲の良かった友達が泣きついてきたの。〝彼氏に二股掛けられてた。相手は違うクラスの女子だ〟って」
「はぁ…」
「驚いたわよ、それまで彼氏がいたなんて聞いたことなかったからさ。でも二股掛けられてたって泣きつかれたら、ぶっ飛ばしたくなるじゃない、その男」
「ま、まぁな…」
「それで聞いたのよ、相手の男は誰なんだって。最初は約束だから言えないって言ってたんだけど、何とか説得して聞き出したら、これが更に驚きよ」
絢音はそこで一旦切った。そして言った。
「なんと、相手はあいつだったの」
「は? ん? あいつ?」
「だから、あいつ。──元カレよ」
「はぁ!?」
〝目的があった〟というところから、急に友達の恋愛トラブルの話になって、正直〝それが何なんだ〟と思っていた。だから〝あいつ〟と言われても、すぐに〝元カレ〟とは思い浮かばなかったのだ。
「二股どころか、最低でも私を入れて三股掛けてた。学校が男女交際にうるさいからっていうのは体のいい理由で、実際は自分の〝股掛け交際〟を隠すためだったってわけ」
「かーーー、マジか!」
「最低でしょ」
「あぁ、クソだな。それで、ぶん殴ったのか?」
絢音は首を振った。
「何で?」
「本当は公開処刑にでもしたかったんだけど、それやっちゃうと他にも出てくるかもしれないじゃない? 〝私も付き合ってた〟とかいう人がさ。二股でもショックなのに、それ以上出てきたら余計に傷つけちゃうなーと思って。それに卒業式の日だから、トラブル起こして台無しにしたくなかったし」
「まぁ、それはそうだろうけど…。絢ねぇは、ショックじゃなかったのか?」
「ショックだったけど、一瞬で通り過ぎて怒りに変わったわよ。私が一番〝バレたら色々と面倒だ〟って思ってる事を知って、それを利用したって分かったから」
「つまり、面倒臭さがり屋の性格を利用された…って事か」
「そういう事。あいつは自分が〝いいヤツ〟って思われてる事を自覚した上で、相手を口説き落としてるの。そして相手の性格も利用する。そんな最低の男が、今度は人妻に手を出してるって─…放って置けないでしょ」
「──ってか、一番は仕返しだろ?」
「あれ、何で分かった?」
「わからいでか」
「あは、まぁそうね。でも高校の友達みたいに、あいつの犠牲者は増やしたくないからさ」
「それでICレコーダー?」
「そっ。デートの一部始終を録音して、それをネタに人妻から手を引かせるか、もしくは人妻にそれを聞かせるか…。使い方はまだ考えてないけど、録音して損はないからねー」
「なんか楽しそうだな…?」
「んふふ〜、分かる? 実は今、すっごいワクワクしてる」
本当に楽しそうに話す絢音に、誠司は〝しょうがないな…〟と溜息をついた。
「それにしても…患者の奥さんに手を出してるって、よく分かったな?」
「あぁ、それね。ちょうど奥さんが病室にいる時に、あいつがお見舞いに来たんだけど、急に患者さんの態度が変わったんだよね。先輩に対する言葉遣いではあるんだけど、なんか刺々しいっていうか、嫌悪感があるような感じっていうの? 私はカーテンを隔てて違う患者さんの所にいたんだけど、その態度が気になってそっちに移動したの。そしたら、いたのがあいつでしょ? 向こうも気付いて〝久しぶりー〟っていう会話をちょっとしてさ、その後、奥さんとあいつが帰って行ったんだけど…。それから患者さんに〝彼とはいつから知り合いなのか〟とか〝どういう人だったのか〟って色々聞かれて…。高校の時のことを話したら、〝実は…〟って話してくれたのよ。会社のお花見以降、奥さんの態度がおかしくなって色々調べたんだって。相手は先輩だし、ずっと〝いい人〟って思ってたからショックでどうしたらいいか悩んでるって」
「いい人、か…。厄介な相手だな」
「それがあいつの手だって知らないから、余計にね。だから、ここは私の出番だって思ったわけよ。患者さんの悩みを解決するのと、高校の時の仕返しが一気にできる。一石二鳥だって」
「絢ねぇらしいな」
「だからほら、ICレコーダー」
〝早く貸して〟と、絢音は手を出した。
「分かった、分かった。──けど、ずいぶん使ってないから、色々確認してからだな」
「…分かった。じゃぁ、なるべく早くね」
「了解」
誠司の返事に、絢音はこの先の〝仕返し〟を想像しながら枝豆をつまんだ──
絢音がデートをするという情報は、一日で常連客全員に伝わった。あの時間、あの場所で賭けスピードをしたのだから当然の事だ。ただこれは〝絢音の制裁〟であり、相手を夢中にさせる事が成功の鍵だと誠司から伝えられると、お祭りの如くやる気をみなぎらせる連中が出てきた。例の賭けスピードで、〝絢音が結婚する時には─…〟と毎回賭けてくるメンバーだ。美容師の健ちゃんと、メイク担当のその奥さん、自分がデザインしたワンピースを着せるという賭けに勝った翔、そしてネイルとアクセサリーは椿が名乗り出た。もちろん事前に言えば絢音に拒否されるため、当日、ゲリラ的に実行する事を計画中だ。
そんな計画を知らないのは当の本人と和希だが──情報の多い少ないは別として──デートの目的が〝制裁〟だと知らない和希は、日に日に溜息の数が多くなっていた。デートの反故もキャンセルもできないなら、少しでも長く一緒にいたいと思うものの、絢音は月に何度か店に来ない日がある。ただ最初こそ絢音に会えなくて残念だと思ったが、今では絢音本人に聞けない事や悩みを誠司たちに相談できるいい機会になっていたりする。そして最近では、絢音自ら〝明日は来ないから〟と教えてもらえるようにもなっていた。
今日はそう言われた次の日だ。
「誠司さん…」
「うん?」
「絢さんの…その、元カレとのデートっていつなのか知ってますか?」
和希は、カウンターに置かれたビールのグラスに手をかけたままの状態で尋ねた。視線は誠司ではなく、グラスの中の小さな泡に注がれている。ゆらゆらと下から上へ登っていくのをなんとはなしに眺めているが、その目に映っているのはおそらく絢音の姿だろう。
「あー…確か次の日曜日だって言ってたな」
思い出したようにそう言うと、グラスにかけていた和希の指がピクっと動いた。
「次の…って事は明後日ですね…」
「そうだな」
「…………」
あわよくば、もう終わっていて欲しかった…と和希は思った。知ったところでどうする事もできないのに、なぜ聞いてしまったのか。それもよりによって明後日とは…。少なくとも二週間以上先なら、仕事に集中して忘れられたかもしれないのに。──そう思ったが、〝いや、ムリだな〟とすぐに思った。
(忘れられるわけないじゃないか…。なんで聞いたんだろう…)
和希は〝後悔〟という溜息を、ビールでグッと流し込んだ。
「心配か…?」
誠司が聞いた。和希は僅かに誠司を見たが、すぐに視線を落とし〝いえ…〟と首を振った。
「心配じゃなくて、不安です…。最初で最後の彼氏と二十年ぶりに再会して、その頃の気持ちを思い出したら…って思ったら…」
「それはないだろ」
「でもあの人と話している時の絢さん、いつもと違う感じがしたんですよね…。なんか、僕が知ってる絢さんじゃないっていうか、知らない女性って感じの──」
「お前はどっちの絢ねぇがいいんだ?」
「え…?」
和希が顔を上げた。
「いつもの絢ねぇか、その知らない女性の顔をした絢ねぇ。どっちがいい?」
「それはもちろん、いつもの絢さんの方が──」
「ならそれでいいじゃないか。そもそも、それが絢ねぇの素だし。それにオレに言わせれば、あの時の顔はいわゆる〝営業用〟だ」
「営業用…?」
「つまり、猫を被ってる」
「猫…」
いまいちよく分からないという反応に、誠司は小さく息を吐き出すと、カウンター越しに和希に近寄っていった。そして元カレとの賭けスピードをした日、和希が帰っていった後にした絢音との会話の内容を伝えた。
元カレの性格が最悪だという事から、付き合っている時に最低でも三股を掛けられていた事、そして絢音が受け持っている患者の奥さんに、その元カレが手を出していることを知った事。それらを総合して、元カレに仕返しするためにワザと賭けスピードに負けた事など、その時に話したことを全て教えた。
「──まぁ、そういう事だ。絢ねぇにその気は全くないし、お前が不安に思うような事は何もないぞ」
自信を持ってそう言い切ると、和希もホッとした顔をしていた。ただ今度は心配が頭をもたげてきた。
「でももし相手に何かされたり、気付いたら相手の罠にはまってたりとかしたら──」
「だから、お前に話したんだよ」
そう来るだろうと、誠司は敢えて被せるように答えた。
「絢ねぇが好きなんだろ?」
「はい、それはもちろん──」
「好きなら、そういうピンチの時に助けに行ってこい。グッと株が上がるぞ?」
「でも、絢さんが話をしたのは誠司さんです。僕じゃないのに─…」
「絢ねぇは、もしもの時に助けて欲しくてオレに話したんじゃない。あくまでもICレコーダーを借りるついでだ。もともとピンチがくるなんて考えてもいないし、それどころかめちゃくちゃ楽しそうに話してたからな。これで仕返しができるって。ただひとつ、そこに本音があるとすれば、お前に心配するなって言いたかったんだと思う」
「…………?」
「あの日…元カレが帰った後、賭けスピードでデートの反故を賭けようとして断られただろ? 絢ねぇはその事を気にしてたんだ」
「でもあれは、絢さんの言う事が正しくて──」
「確かにな。けど正しさは時に苦しいこともある。正しいと分かってるからこそ、感情を押し殺して納得するしかない時とか」
「…………」
「お前が凹んでるのを見て、ずっと気にしてたんだ。もう少し気持ちに寄り添って話をすれば良かったって。ただ今回の事を直接お前に話したら、デートの後をつけるって言い出しかねないだろ?」
「当然です」
「即答かよ。まぁ、だからオレ経由で伝えたかったんだろ。お前がそうしないように釘を刺してくれると踏んでな」
「じゃぁ、ピンチの時に助けに行けないじゃないですか…」
「そっ。だから甘いんだよ、絢ねぇは」
「…………?」
「オレが釘を刺してくれるって思ってるところが甘い。ああ見えて、意外にピュアなところがあるからなぁ。情に絆されたり、ありきたりの常套句を間に受けたりすることもあるし…。本人がそれを自覚してないのに、オレらが心配しないわけがないだろ?」
「それじゃぁ…?」
「そういう事だ。思う存分、尾行してこい」
「…はい!」
尾行が良い事とは言えないが、それでも誠司に許可を貰った和希は少し吹っ切れた気分になった。
「それはそうと─…絢さん、看護師だったんですね」
「ん? あれ、聞いてなかったか?」
「前に、何の仕事をしてるのか聞いたら〝世の中のほとんどの男性が幻想を持っている職業〟と言われただけなので…」
「あぁー…って、そこから聞こうとしなかったのかよ?」
「いや、なんか濁された感じだったので、知られたくないのかな…と思って…」
「んー…それは知られたくないっていうか、対策だな」
「対策…?」
誠司が〝そうだ〟と首を縦に振った。
「お前、絢ねぇが看護師だって知って何かイメージが変わったか?」
「いえ、全然」
〝なぜそんな事を聞かれるのか分からない〟というくらい、即答で不思議な顔をした。それを見て誠司がフッと笑った。
「──ならいい。成功だ」
「え? せ、成功? ──って、どういう意味ですか?」
「対策が成功したって事だ。いいだろ、失敗するよりは?」
「はぁ…まぁ、失敗は嫌ですけど──」
「よし。じゃぁ、気にすんな。成功して喜ぶのは絢ねぇの方だし、な?」
何の対策が成功したのか全く分からないが、〝絢音が喜ぶ〟と聞けば、分からなくても〝まぁいいか…〟と思ってしまうのは誠司の策略なのか…。
和希は〝はぁ…〟と曖昧に返事をしたあと、そう言えば…と思った事を口にした。
「…でも、やっと分かって良かったです」
「何がだ?」
「不規則に遅かったり早かったり、店に来ない日がある理由が分かって」
「あぁ…遅出出勤、早出出勤、夜勤…な。今日は──」
「夜勤ですよね」
〝来ない日〟は、つまり〝来られない日〟だと理解した和希が答えた。
「明日は朝メシがてら店に来て、それから家に帰って寝る。それからまた店に来るのが、夜の八時頃だ」
〝なるほど〟と和希が頷いた。
「誠司さんは、絢さんの勤務スケジュールって知ってるんですか?」
「勤務表が出たら必ずメールしてくるからな」
「そうですか…」
そう言った和希の顔は少し寂しそうだった。
「なんだ、知りたいなら教えてやるぞ?」
「いえ、それは─…」
和希が手と顔を横に振った。
「自分の知らないところで勤務スケジュールを把握されてるなんて、嫌じゃないですか…」
「じゃぁ、本人に教えて欲しいって言えば?」
「それもちょっと─…つ、付き合ってるわけでもないですし…。誠司さんはどうやって勤務スケジュールを教えてもらうようになったんですか?」
「オレは、昔から毎日ここで一緒にメシ食ってたからな。働くようになったら、その日のメシが要るのか要らないのか…って把握する必要もあったし、絢ねぇが当たり前のように知らせてくれただけだ。まぁ、オレらは家族同然だからな」
「家族同然…」
羨ましいと思うと同時に、今のままでは勤務スケジュールを教えてもらう正当な理由がない事に、少しもどかしさを感じてしまった。ただそれもつかの間、〝家族〟という言葉にふと同じような事を言っていたな…と思い出した。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「前に、絢さんに対する自分の気持ちは〝家族愛〟って言ってた事なんですけど…」
「あぁ、言ったな。──それが?」
「その…家族愛ってどういう感情なのかなって…」
「あー…そうだな…」
誠司は少し考えた。どこから話せばいいのか…。結果的に〝家族愛〟になったのは、二十年以上前からの色々な出来事の積み重ねだからだ。ただそれを全て話すには、時期がまだ早い。
(ここは自分の話で上手くまとめるしかない…か)
誠司は携帯を取り出すと、ある写真を表示させて和希に見せた。
「え? これって──」
「オレだ」
「えぇ!?」
思わず写真と目の前の誠司を見比べる。驚くのは当然で、写真に写っていたのは、見事なほど髪が金色に輝いている少年だったのだ。それが誠司だとは…。何度か見比べれば、確かに面影が残っているところがある。
「中学生…ですよね?」
「中一だ」
「そんなにすぐ荒れたんですか?」
「原因はあいつ…親父だけどな」
「ママさん…」
「分かるだろ? 今でこそ普通に〝ママさん〟って呼んでるけど、これが中学に入った頃にカミングアウトされてみろ。誰だってこうなる」
「それはまぁ、確かに…。思春期は、当たり前のものが当たり前のように置いてあっても気に食わない時期ですからね…」
「当たり前のものが当たり前じゃなかったら、尚更だ。最初、親父の中に別の姓があるって言われた時は、何を言ってるのかさっぱり分からなかった。日本語なのに別の国の言葉で言われたのかと思うくらい、理解できなかったんだ。今思うと、聴覚から既に拒否してたんだろうな。あんなふうになったのは、後にも先にもあれ一回きりだ」
「よっぽど受け入れられなかったって事ですね…」
「そりゃそうだろ。それまで普通に〝お父さん〟だったのが、ある日突然、〝別の姓で生きたい〟とか言われても何て言やいいんだっつーの。しかもあの顔だぞ? 脳みそバグっても絶対無理だ。そもそも子供にしたら、〝母親〟は〝母親〟、〝父親〟は〝父親〟で、そこに〝女〟だの〝男〟だの、姓が見え隠れするのは嫌なもんだろ」
「そうですね…」
「〝別の姓で生きたい〟って言われた時は、父親を辞めるって言われた気がした。そしたらなんかもう…足元から崩れ落ちる感覚っていうか、家族なのに家族じゃないみたいな…あぁ、これはウソで作られた家族だったのかって愕然としてさ…。腹も立ったし、その苛立ちをどうしていいか分からなくて、結果、そうなった」
──と、再び携帯の写真を指差した。
「じゃぁ、結構長い間この状態で…?」
「いや、一週間だ」
「一週間!? それはまた早くないですか?」
「まぁ、黒には戻さなかったけどな。茶髪で落ち着いた」
「何があったんですか、そんな一週間で…?」
「絢ねぇだよ」
「絢さん…?」
「別の姓で生きたいって言われて、一番ショックだったのは母親だ。〝騙された〟だの〝裏切られた〟だの〝浮気の方がまだマシ〟だの─…結局〝離婚する!〟って言った時は、オレも兄貴も母親の方について行くつもりでいた。──けど、金髪に染めたのが絢ねぇに見つかって、何か感じ取ったんだろうな。すぐにオレの話を聞いてくれた。まぁ、聞いてくれたっていうより、脅迫に近い感じで喋らされたんだけど」
「それで、絢さんは何て?」
「〝良かったじゃん〟だってよ」
「え…?」
「オレが〝親父が気持ち悪い〟とか〝ずっと騙してたんだ〟って言ってたのに、絢ねぇの第一声が〝良かったじゃん〟だぞ? 〝はぁ!?〟だろ? 何が〝良かった〟だ。所詮は他人のことだから好きに言えるんだろって言ったら、〝本当の事を言ってもらえた家族も、本当の事を言えたお父さんも良かったじゃん〟って。〝本当の事は知りたくなかったって言う家族もいるけど、本当の事を言ってもらえない家族の方が辛いこともある〟ってさ。それに、〝このまま黙ったままで家族を続ける方が、偽りの家族なんじゃないか〟って言われたら、なんか不思議と苛立ちが収まっていってな…。結局、母親とも話してるうちに〝離婚〟から〝別居〟って形で収まった。それからは、母親とも女友達みたいに話す仲になってたよ」
「えー…なんか、すごいですね。たった一週間でそこまで変わるなんて…」
「絢ねぇはああいう性格だから、あんまり偏見がないんだろ。オレは、その考えに救われたんだ。それから十年後、母親が病気で亡くなったんだが、今度は悠人がオレを救ってくれた。落ち込んでるオレに、〝思い出を共有する人といっぱい話せ。そして泣け〟って言ってな…。悠人の両親が亡くなった時、絢ねぇがそう言ってたんだと。その時オレは何もしてやれなかったのに、オレはあの二人に助けられてばっかなんだ。だから悠人のためにも絢ねぇには幸せになって欲しいんだ。その為には何だってやるし、万が一の時には全力で支える。──まぁ、そういう家族愛だな、オレのは」
「すごい家族愛ですね…。なんか…負けそうです」
「バーカ。どんなにすごい家族愛でも、絢ねぇを幸せにするには足りないんだよ。〝負けそう〟なんて言ってんじゃねーよ」
「そうですね…頑張ります」
「おぉ、頼むぞ?」
「…はい」
〝悠人の両親が亡くなった〟とか〝悠人のためにも〟という言葉が気になったが、それ以上に誠司の言う〝家族愛〟が思っていた以上のものだったので、聞き返す余裕がなかった。