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8 令嬢たちのお茶会

 テーブルクロスを広げ机に引いて、トムが丹精込めて育てた花を花瓶にいけて机の中央にに飾る。


 心が波立ったが、カトリーはトムが育てた花を見て心を落ち着かせる。


 料理人たちが作った茶菓子になるカップケーキやクッキーを並べていくとあとで、ディランたちと食べようとカトリーは数枚のクッキーをくすねておく。


 数が減ったところで、初めからこの状態であれば気づかれることもないし、元から適当に置かれている。

 まあ、皿の上の見栄えにこだわってもシーダもベアトリーチェも理解してはしないし、気にしてもいない。


 さすがに大盛りにした料理は庶民のようだと騒ぎ立てるが、そうでなければ貴族の料理だと満足げな顔をする。


 なので誰の目もない今なら、数を減らしても極端におかしく映らなければ問題はない。


 朝からカトリーが慌ただしくしているのは日々カトリーヌ・メル・グレイを騙るシーダが先日のお茶会で知り合った友人たちを家に招いたからだ。


 シーダは家にいる使用人たちが数がいるだけとなんとなくわかっているようで、全てカトリー、一人でやるようにと指示を出した。


 もちろん、カトリーは大人しく従うつもりもなく、ベアトリーチェに泣きついたシーダのせいでベアトリーチェからの平手打ちを食らってしまったが。

 けれど、報酬として本を数冊、先払いで買ってもらうことに成功した。


 そのうちの一冊はこの前ディランと話をした昔話で、残りはいま流行っているらしい物語だ。


 ベアトリーチェにはあなたは使用人だものねと心底楽しそうに言われたが。


「ジェーン、お茶を淹れてちょうだい」


 シーダは部屋の隅で待機するカトリーに指示を出す。

 他の使用人はいない。


 シーダが招いた友人は二人で、一人は少々ふくよかで快活そうな少女で、もう一人は利発そうな少女だった。

 正直、気があったというよりも役に立ちそうだから声をかけたといった気がする。


 それにしても、シーダは令嬢としての振る舞いが出来ていないので浮いている。


(カトリーヌ・メル・グレイを名乗るには立ち居振る舞いが出来てなさすぎよ)


 貴族の令嬢らしくない振る舞いのシーダに、カトリーはイラ立ちを笑みに変えて返事をする。


「かしこまりました」


 使用人とも違うきれいな所作で、カトリーは紅茶を淹れにいくと、シーダたち三人の目の前に音を立てずにカップを置いた。


「お待たせいたしました」

「それでね――ちょっと、レナ、サブリナ。聞いてるの?」

「ごめんね、カトリー。その、あの子の所作があまりにも綺麗だったから」


 利発な方が目を奪われていて、話を聞いていなかったとシーダに謝り、ふくよかな方は驚いたと目を丸くする。


「同じくらいの娘だから、見習いだよね。なのにマルティナ様を見てるみたい」

「由緒ある伯爵家だけあるのね」


 シーダが自慢げな顔をして胸を張り、これが自分のいる家なのだとゆるゆると頰を緩めている。


「私の侍女になる予定だもの、出来てもらわなくちゃ困るわ」

「でも、彼女の動きは令嬢のものなのね」


 見た目だけの利発さじゃなかったかと、心の中で舌打ちをして、カトリーは一切口を開かずに、静寂の中でシーダの言葉を待った。


「そうよ、きっと私を見て覚えたのよ」


 ごまかすかのように早口で言って、紅茶を飲んだシーダがカップをソーサーに置くと、カチャリと大きな音がなる。


「それにしては、あの子の方がきれいだよね」

「――レナ」


 小声で利発な方が、ふくよかな少女を肘で小突いて呼ぶ。

 レナがシーダの様子を伺うと、シーダはニコリと可愛らしい笑みを向けていた。


「気にしなくてもいいのよ。あの子は特別なんだから」

「そう、なんだ」


 失言はもうするまいと、返事だけをしてレナが口を閉じた。


 シーダが怒って追い出さないのは、彼女たちに利用価値があるからなのか、それとも彼女たちが自分よりも下だと思っているからなのか、カトリーにはまだ判断ができない。


 ただ、一つだけわかったことがある。この三人の力関係だ。

 シーダが一番強くて、次にサブリナのようだ。


 決して和やかとは言えない時間が流れて、また和気あいあいとした会話が始まるが、どこかシーダに気を使っているようにみえる。


 カトリーは頃合いを見てお茶のお代わりを注ぎにいき、サブリナが膝に乗せている本に視線を向ける。


「お預かりしましょうか」

「持ってないと落ち着かないの。ありがとう」

「そうでしたか。その本、流行っているものですよね」

「え、えぇ、そうよ。あなた、知ってるの?」


 カトリーはすぐに引っ込まず本について質問をしてみると、サブリナは一瞬だけ戸惑いすぐにしっているのかと尋ねてくる。


 貴族の中には庶民に人気の恋愛小説を、品性が疑われると毛嫌いしている人が多く、多く読まれているのは騎士の英雄譚の話が多い。


 グレイ伯爵家は昔からわりと領民との距離が近かったようで、その辺はおおらからしく、図書室には様々なジャンルの本が置かれている。


「はい。買うことは出来ませんが」


 今日の先払いの報酬に入っていた本だが、見習いと思われているのならその方がいいだろう。準備もないのに騒ぎ立てられてしまうのは自分の身すら危うくなってしまうから。

 見習いは技術を学ぶもので、給金はあまりもらえないのだ。


「それなら、読んだことのある本はあるかしら」


 せっかく見つけた、話が出来そうな相手を逃すものかとサブリナはカトリーに知っている本はないかと聞いてくる。


 答えない方が無礼だと、カトリーは読んだことのある本から、祖母の時代に流行ったという物語のタイトルを口にする。


「幻想の歌、です」

「嘘、あの本を知っている人がいるなんて、信じられない。私は二人が出会うシーンが好きなのよ。あなたは?」


 食いついた。

 それをおくびにも出さず、カトリーは迷うような仕草をしてから、レナのブレスレットに視線を送る。


「そうですね、離ればなれになる恋人にブレスレットを贈るシーンでしょうか。レナ様のブレスレットはそっくりですね」

「あのシーンもいいわよね。これは家族からもらったものだけど、恋人から貰えたら素敵ね」


 相槌だけだったレナが明るい声で会話に加わり、笑い声すら聞こえ始めるが、シーダの目がだんだんとつり上がっていく。


 ちらりとシーダの様子をうかがったカトリーは、会話を止めるような優雅な微笑みをして一礼をする。


 これ以上話をしていたら怒られてしまうと言外に語って。


「楽しいお話ありがとうございました」

「早く下がりなさい。ジェーン」


 冷たく言い放ったシーダに見えないように、口元を歪めてカトリーは今の定位置である部屋の隅に戻った。


 それから、和やかそうに見えるだけで和やかではないお茶会が終わり、シーダはしばらくの間ずっと腹を立てていた。


 わずかな時間だけだというのに、カトリーの方が彼女たちと楽しそうに会話をしていたことに。


 サブリナの持っていた本が欲しいとベアトリーチェにねだったが、貴族が読むものではないと買ってもらえなかったことに。



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