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5 カトリーヌ・メル・グレイを騙るもの

 付き合いの悪いが歴史だけは長い伯爵家にも、時折、お茶会や夜会などの社交の場への招待状は届く。


 カトリーの母リサは、身体が弱いため顔を出すことがなかなか出来ず、それでも周囲からの評判は良かった。

 そのため、彼女には招待状よりも気遣いの花や食材が多く届いたし、手紙のやり取りの方が多かった。


 伯爵である父は、人脈作りに興味がないのか、それとも出たくなかっただけなのか、基本的に重要なもの以外は欠席していたし、カトリーと一緒に出かけることはなかった。


 なので、この家に招待状が送られてくることは滅多にあることでなく、両親のそれぞれの事情からカトリーが社交の場にでること少なく、グレイ伯爵家に令嬢がいるまでは知っていても人となりまで知る人は限りなく少ない。


 そんなわけで、カトリーヌ・メル・グレイ宛の招待状など送られてくるわけがない、なかったはずだ。


 手にした手紙を持ったままカトリーは瞬きをして何度も見返す。


(嘘だ。わたし宛にくるなんてありえない)


 差出人はアルベルト・スペンサーとなっている。


(侯爵様か……)


 知り合いも少なく、貴族にも疎いカトリーでもスペンサー侯爵家なら知っている。

 確か、数年前に成人したばかりの令息が爵位を譲られ侯爵になった家だ。


 お披露目を兼ねているのは間違いないが、もしかすると若い者たち同士、交流を持ちましょうという意味があるのかもしれない。


 スペンサー侯爵家は先行投資が得意な家系なので、原石が宝石に変わる前に仲良くなっておきたいのだろう。


 行ければ現状を打開する策もあるかもしれないと思うが、おそらく行くことは出来ないだろう。


 隠し通して行くは出来ないし、ベアトリーチェが行くことを許さないのは決まりきっている。おそらく今回も――。


「無理、ね……」


 仮に行けたとして何も用意されないのは分かっている。お仕着せ(この格好)じゃ追い返されだろうし。

 どのみち、カトリーが行くことはできない。


 カトリーは招待状の封を開けることなく、屑かごの中に放り込んで、溜まっていく仕事を片付け始める。


 洗濯物を取り込むために庭に向かっていると、シーダが睨みつけながらこっちに向かってきた。


 お供は誰もいないので、シーダ一人だ。


「ちょっと、お姉さま。侯爵様からの招待状を捨てるなんてどういうことなの⁈」

(さすがにスペンサーが侯爵家だって知ってたか)


 怒りはあるようだが、家の中に響かない程度の大きさの声でシーダは喋る。

 ベアトリーチェよりもマナーはあるようだ。


「お姉さまと呼ばないで。必要がないから捨てただけ」

「へぇ、そうなの。でも、行かなくてもいいのかしらね。だって侯爵様からの招待なのでしょう」


 本来は断るべきではないが、滅多に家から出ない今のグレイ家なら、放置したって問題はない。

 もとより、グレイ伯爵はカトリーを連れ歩くこともなく、リサのこともあり出席しないくても伯爵家が揺らぐようなことはない。


 シーダはこちらを伺うようにカトリーの周りをゆっくりと歩く。

 カトリーは表情をかえずに淡々と返す。


「構わないわね。それより、どうしてその招待状をあなたがもっているの?」

「使用人が持ってきたの」

(余計なことを)


 屑かごに捨てずにさっさと燃やしてしまえば良かったと後悔するカトリーは、使用人たちがベアトリーチェに報告していないとようにと祈る。

 暴力を振るわれるのは好きじゃない。


 捨てたと知られると怪我をさせられてしまう可能性が高い。侯爵なんて上の家だ。


「でも、そう。お姉さまはやっぱり行かないのよね」


 カトリーが行くことができないと理解していて、ふわりと微笑むシーダは新しい服を買ってもらわなくちゃと上機嫌だ。


 シーダは今回()カトリーヌ・メル・グレイを騙り、お茶会に出席するつもりなのだろう。


 幸いにもほとんど社交の場に出たことのないカトリーを覚えている人間も、知る人間もほぼ皆無だ。

 なので、伯爵夫人をベアトリーチェが騙ることはできなくても、娘のカトリーヌであれば誤魔化すことは可能だろう。


 カトリーは一度もなかったが、伯爵はシーダとであれば社交の場にだって一緒に出席することすらあるのだ。


 いくら招待される回数が少ないといっても、二年の間にカトリーヌ・メル・グレイと認識されているのは、正真正銘グレイ家の令嬢カトリーではなく、愛人の娘であるシーダだろう。


 使用人がシーダを探してこっちに近づいてくる。


「なら、私が代わりにいってあげるわ。ジェーン、感謝しなさい」


 恩着せがましくいったシーダは、使用人に返事をして、カトリーの耳元で囁いた。


「今回はお母さまには言わないであげるわ」


 ニコリと笑みを浮かべ、シーダが去っていく。

 その目は獲物を狩る目をしていて、彼女にとっての獲物たちにカトリーは同情する。


(確かスペンサー侯爵には同い年くらいの弟がいたわね。婚約者はいないはずだから、シーダの狙いは……)


 大変そうだと他人事で、かつては煌びやかな世界とだと憧れもあったが、今はただ遠い面倒なものだと感じている。


 ため息をついたカトリーは、未来に頭を悩ませた。


 ベアトリーチェとシーダに家を乗っ取られ一生を使用人として終えるか、家を追い出されるならまだいいが、口封じをされるかもしれない。


 浮かんだ恐怖を振り払うように首を振ったカトリーは、自分に大丈夫だと言い聞かせるように姿勢を正したのだった。


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