52 カトリーと妖精
お読みくださりありがとうございます。
「それで父さまってば一度出禁になったのよ」
ヘレンが笑い事ではないようなことをクスクスとおかしそうに笑って言った。
だいぶカトリーもジゼルとヘレンになれたようなので、今日は付き添いはいない。
デイジーもフランも心配はしているものの、そろそろ自分たちがついていなくても平気だと判断した。
付き合いきれないと思ったら、妖精の住処のある庭に放り出しておけばいいとカトリーは教えられた。
そのうちにパーチメントの使用人が迎えに来るはずだからと。
「城を、ですか?」
「はい。行事に参加しなくていいと喜んでいましたけど」
城を出禁にされるなんてことをしでかしておいて恥じるどころか喜ぶあたり、やはりパーチメントの家に対してまだまだ理解が足りないらしい。
カトリーは唖然としてしまったが、ジゼルとヘレンは特に何にも感じていないようだった。
周囲からは変人扱いされるか、迷惑行為に多少目をつむってもらえた上で怒られるようで慣れっこになってしまっているのも理由かも知れない。
雑談なのかもわからない雑談をして、三人は過ごす。
カトリーの想像とは違うそれは、まあご令嬢が集まってする会話とはやはりずれているのは確かなのだが、そこは貴族社会にいなかったカトリーとパーチメントのご令嬢ということでご愛嬌。
ヘレンは出されていたお茶を一気に飲み込んで、わずかに残る温もりが熱かったのかむせた後、口を開いた。
「それで、妖精についてだったわね」
「はい。調べてもいい資料が見つからなくて」
「そりゃそうよ。今はおとぎ話だって思われて知りたがる人もいないもの」
妖精に好かれやすい家と聞いてはいるが、妖精については全くといっていいほど情報がない。
なので、ジゼルとヘレンに聞いてみることにしたのだ。パーチメントは代々妖精について研究している家だから何か分かるのではないかと思って。
「ま、パーチメントは誰ひとり妖精がみえないから全部推測でしかないけどね」
「あ、でも王家の方から話は聞いてるから、正確な情報に基づく推測ではあるんです」
ヘレンの言葉にジゼルが付け足す。
「あの本を読んでるなら、大体のことはわかると思うけど簡単に説明するわね」
「はい。お願いします」
以前ディランが図書館で借りてきた妖精についての本は、妖精についての基礎になるらしい。
専門用語も多く、大まかにしか書かれていないが研究するわけでもなければそれで問題もないようだ。
ジゼルは息を吸い込むと静かに説明を始める。
「妖精は精霊の使いなんです」
「ほら、建国物語とかってあるでしょ」
「えっと、精霊が国を守ってくれるかわりにに、王様は国を豊かにするっていう話ですよね」
ジゼルとヘレンが頷く。
そこに行き着くまでのストーリーは様々だが、建国物語の終盤は大抵そういったもので、精霊と王族の約束が続く限り国は平和だと続く。
「そ、約束が守られてるか調べるために妖精がいるの。基本的には精霊に言いつけられてるのはそれだけ」
「時折、妖精に好かれる人がいて自分の権限の中で力を貸すことがあるんです」
「例えば、カトリーみたいに」
ジゼルとヘレンもグレイ伯爵家が妖精に好かれやすい家と知っている。
カトリーの父フラヴィオの騒動から妖精石の出所は伏せられているがまあまあの顛末はディオたちから話は聞いているのだ。
「わたしが?」
「妖精はそうじゃなきゃ手は貸さないもの」
「そうだったんだ」
カトリーは納得した顔をする。
あの時、お金に困っていたから妖精は妖精石を出してくれたということになるのだろう。
「それにしても、今までは王家ばかりを見ていましたけど――」
「グレイ伯爵家も研究対象と調べてみる価値はあるわね」
双子の声音に一瞬カトリーに寒気が走る。
二人の父アレックスほどではないが、ジゼルもヘレンも研究熱心なのだろう。
「ま、けどフラン兄みたいに観察するのも一つだと思うのよね。カトリーのそばに妖精が近づかなくなると困るもの」
「妖精に怒られるのもこりごりですし」
妖精が見えないはずなのに一体何をやったのだろうとカトリーは思うが、あまり人間に干渉しない妖精に怒られたのだから妖精にとってそうとう耐えかねることをしたのだと考えると聞くをためらってしまう。
「そう考えると現状維持ね」
ヘレンの言葉に頷くジゼルは少しだけ楽しそうだ。
彼女たちにとってもカトリーは友人と呼べるだけの存在になっていて、それは初めてといってしまっても差し支えないのだ。
周りにいるのは仲間と呼ぶべき相手ばかりで、同じ年頃の相手とは話が合わず一般的な友人と呼べるほど仲良くもない。
「――ってことで友達としてこれからよろしく!」
「よろしくお願いします」
ヘレンがカトリーに右手を差し出し、ジゼルがその隣でニコリと微笑む。
研究対象というのはなくならないようだが、今は研究対象より友人のほうに天秤が傾いているらしい。
そんな二人がちょっとだけおかしく思えて笑みをこぼしたカトリーはもちろんだと花が咲くように笑ってヘレンの手を握り返した。




