51見張り役は
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「それでは、失礼します」
所作に則った礼を僅かに崩した動きでディオは礼をして、グレイ伯爵家を後にする。
グレイ伯爵家で働く使用人のほとんどは第三王子クラウディオではなく、商人ディオと思っているからこそディオも商人らしく振舞った。
情報はどこへ広がるかも分からないので用心をしておくためにも、あまり知られるわけにもいかないのだ。
認識阻害を強化するのも手ではあるのだが、そうするとまた問題があるらしく結局ゆるい認識阻害のままである。
馬車に倒れこむように乗り込んだディオを見送って、カトリーは侍女とともに屋敷の中に戻った。
ディオが帰ってしまうとダニエル本人はいたって普通にしているつもりのなのだがみるからに寂しそうしている。
あの明るさはいなくなってしまうと、家の中が静かになってしまうのでその気持ちはカトリーにもわかった。まぁ、ダニエルにとってディオはなかなか会えない家族のようなもので余計にだろうとカトリーはクスリと笑みをこぼしてしまう。
いつも大人びて見えるダニエルにも子供らしさがあって、それがカトリーには嬉しく感じてしまう。
「カトリーヌさん?」
「ごめんなさい、ダニエル様。だけどダニエル様も同じ子供なんだって安心してしまって」
「えっと、それはどういう……」
何かを感じたダニエルがふと周囲を見渡せば、ディオを王子だと気づいている人たちから優しい視線がダニエルに向けられていた。
「ああ、すみません。カトリーヌさんがいるのに」
「気にしないでください。あの方が帰ってしまうと家が寂しくなりますから」
商人スタイルのディオも割と騒がしいというか、持ち前の明るさのせいでいるだけで場が明るくなるのだ。
「ありがとうございます。家でもよく言われるんですが、自分では分からなくて」
「うーん、そうですね。例えるなら――」
「捨てられた犬だな」
会話に割って入ったのはダニエルの父である公爵ヒューゴだ。
全くとため息をついて、カトリーに笑って同意を求める。
「えっと、その」
「父上、答えにくい質問はやめて下さい」
「どんな顔してるかくらい知っておけ、全く婚約者の前で」
ヒューゴはダニエルの頭をぐしゃぐしゃと撫でてから、ダニエルの頭を下げて自分も頭を下げる。
「すまないな。たった一人がいなくなっただけだというのに、あんな顔を見せてしまって」
「い、いえ、顔をあげて下さい」
カトリーが慌てて否定をする。
婚約者とはいえ、たかが伯爵令嬢、公爵に頭を下げられるなどあっていいはずもない。
「ごめんなさい。カトリーさん」
ダニエルも顔を上げる前に謝罪をする。
自分でも分かっているのだ。またすぐにディオに会えるのにどうにも寂しいと思っていることに、それをそろそろ卒業しなくてはとも思っている。
「クラウディオ様は素敵な方ですから、それにきっとわたしにとってのディランと同じだと思います。その、近くにいてくれるのが当たり前って――」
ディランの名前を出したカトリーは早口になる。
ディランが庭師見習いということはダニエルもヒューゴも知っているが、婚約者とその父親がいる前で出すべき名前ではなかったような気がしたから。
ダニエルはついさっき盛大なネタバレを食らったディランに思い出し笑いをしながらカトリーの言葉を肯定した。
「そうですね。わかる気がします、ディランさんとカトリーさんも兄妹のように過ごしてきたんですよね」
「はい。なかなか出かけられないわたしに気を使ってトムと一緒に住み込みでやっているんです」
ヒューゴはカトリーの言葉に声を出して笑った。
ダニエルからディランの話は聞いていたがこうしてカトリーから聞いてみると、外にでたがらないダニエルにしょっちゅう会いにきていたディオとディランがどこか重なった。
「いや〜、いいなこの家は。見張りがいるとは安心だ」
「見張り、ですか?」
カトリーが尋ねるとヒューゴはしっかりと頷く。
「彼がいる限り、カトリーヌはダニエルに泣かされる心配はないということだ」
「ええ、ぼくもそう思います。もちろん、カトリーヌさんを泣かせるつもりはありませんが、ディランさんがカトリーヌさんを大切に思っているのはわかりましたから」
カトリーのために公爵家の庭師を目指そうとしてくらいだ。
何より、初めて会った時にダニエルを見定めるような視線のディランをよく覚えている。
グレイ伯爵家の使用人の誰よりもディランは厳しいだろう。
だからダニエルは決意も込めてカトリーと公爵の前でハッキリと言った。
「ぼくも頑張らないといけませんね。この家に認められるように」




