49 大根役者は
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公爵が手配したという護衛たちはダニエルの知る護衛よりピリピリとした雰囲気を放っていた。
一人はカトリーのためにと女性の護衛だ。
両親も別々に出かけるので臨時の護衛を雇ったことはダニエルにとっても問題はないのだが、それにしてもである。
護衛たちは帽子を目深に被っていて、しっかり周りが見えているのかと疑問に思ってしまうし、ピリピリとした雰囲気は護衛が付いてきてくれるという安心感を微塵も与えていない。
それでも、父である公爵が雇った人たちなら腕は確かなのだろうとダニエルは思う。
今はそれだけが安心材料である。
「みなさん、安心感を与えてこその護衛ですわ。笑顔とまでは言いませんが、これでは不安にさせてしまいますよ」
女性の使用人は朗らかな笑みを浮かべ、護衛たちに明るく声をかける。
彼女はなぜか臨時の使用人として公爵が雇った使用人で、見習いだという少女を連れている。
「そう、ですね」
「…………」
女性の護衛は笑みを返し、一人の護衛は黙って大きく頷き、残りの二人は深呼吸をしていた。
見習いの少女は冷めた目で護衛たちを眺めていた。
一目で気づかれることはなさそうだとホッと一息をついたところでカトリーがやって来る。
異様な雰囲気を放っている護衛に一瞬ビクリとしていたが、ダニエルの腕は確かなのだろうという説明と、女性使用人の柔らかさにそれ以上は気にしなかった。
「では、行きましょうか」
女性使用人は伝播した緊張でガチガチに固まっている護衛の一人の肩を軽く叩いてダニエルとカトリーを馬車に乗せるように促した。
護衛はぎこちなく動いて馬車の扉を開けダニエルたちを先に馬車に乗せる。それから自分たちもそれぞれの配置についた。
目的地に着くと、二人の護衛と使用人の三人がダニエルたちに付いて劇場までついていく。
残りの護衛と見習い使用人は荷物番として馬車に残った。
「気づかれてはないみたいだね」
無口だった護衛が明るい声でいって、もう一人の護衛は劇場に視線を向けてから返事をする。
「不審がられているようだけどな」
「だって異様だし」
少女は少年の声で言った。
普段通りにしようとして、その思いがかえっておかしな空気を作り出していることには自分たちでも気がついている。
「ここまで大掛かりの変装もなかったからな」
「演じろとまで言われたこともなかったよね。相手が相手だから仕方ないか」
今回のフランの手のこみようはすごく、ディオたちだとわかりにくくするための化粧に、念には念を入れて髪色まで変えている。
そこに簡単な演技指導まで入ったのだ。
フランはシドから言葉遣いの指導をされていたが。
「今度、ベル兄あたりにでもやってみようっと」
「おれは嫌だからね。また女装格好するの」
アルドがスカートの裾を持って嫌そうな顔をして言った。
「その時はディオとフランの二人だけでやってもらうとして、向こうは大丈夫ならいいが」
そう言ってシドはフランたちが向かった劇場に視線を送った。
☆☆☆
「こ、こちらの座席ですね」
先頭を歩く護衛は元気よく指定の座席まで進んで、ダニエルが座れるように椅子を引いた。その横では女性の護衛がカトリーの座る椅子を引く。
座席は高い位置にあり舞台全体が見渡せる。貴族たちがよく座る席だ。
「私たちは後ろで控えておりますので、何かありましたらお呼びください」
護衛と使用人は邪魔にならないがすぐに駆けつけられる距離まで下がる。
使用人は護衛の二人に視線で何かを訴えて、護衛たちが頷くとホッと胸を撫で下ろした。
慣れない言葉遣いはいつボロが出てもおかしくはないのだ。
劇が終わると事前に予約した店で昼食を取り、後の予定を話し合う。町を散策する予定になっている。
「カトリーヌさんは行きたいところはありますか」
「い、いえ。わたしはあまり外に出かけたことがなくて、その……」
よく分からないとカトリーは小さな声で続けた。
リサのこともあり自分で買い物に行くよりも商人を呼び寄せることの方が多く、父であるフラヴィオとどこかに行くことなんてあったかどうかというほどで、行きたい場所がすぐに思いつけるほどカトリーは町に出たことがなかった。
とくにここ二年は、家から出ることもできなかったカトリーにとっては町中、目新しいものばかりで、どういった店かも想像ができない。
「気にしないでください、実はぼくもよく分からないので。馬車で通り過ぎることの方が多くて……」
似た者同士だと二人は目が合うと笑って、柔らかな空気が流れた後、行き先が決まらず二人揃って困った顔をする。
すると、シドが僭越ながらと言いながら一歩前に出た。
「公爵様から事前にお伺いした話では、お二人とも本がお好きだとか」
「はい」
「ええ」
頷いたダニエルとカトリーに、シドは提案なのですがと前置きをする。
「この辺りに大型の書店があるのですが、そちらはいかがでしょうか」
「この国一と言うだけあって圧巻の品揃えなのですよ」
「それなら……」
ダニエルがカトリーを見れば、問題はなさそうだ。カトリーの目が輝いている。
自分で現地まで足を運び見ることが出来るのはカトリーにとっては嬉しいことなのだろう。
ディオたちはダニエルとカトリーに気づかれないように小さく笑うと馬車を走らせた。
意外にも英雄譚は二人とも好きなようで話が弾んでいた。
カトリーは数冊の本を買い、ダニエルは興味が湧きすぎて悩み、後日買いに行くことになった。ダニエルの場合、本の読む幅が広すぎるのだ。
昼過ぎから時間がたつのも忘れ、ダニエルもカトリーもずっと見て回っていたので外に出るともう辺りはオレンジに染まっていた。
「もうこんな時間なんだ」
「次、ここに来るときは気をつけないと」
「ご満足いただけたならよかったですわ」
帰りの馬車の中は気づけば二人とも疲れたのか眠ってしまっていた。
その寝顔は楽しそうに緩んでいた。




