45 勘違いもたまには
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カトリーの誕生日も終わり、グレイ伯爵家にも再び平穏がやってきた。
――が、家の中は騒がしい。
カトリーとダニエルの婚約を使用人全員が知るところとなったからだ。
正式に決まるまでは一部の使用人だけに伝えられていたカトリーの婚約は、ダニエルからの誕生日プレゼントのこともあり、もうすぐ正式に発表されるので使用人たちにリサが話した。
ただ、簡単にしかリサは伝えなかったので、ちょっとした勘違いが起きてはいるのだが。
「カトリー様は公爵夫人か」
「ついて行けたら大出世ね」
「でもカトリー様にはずっといて欲しいわ」
カトリーがお嫁に行くと思われていて、ダニエルが婿としてこの家に入るなどと微塵も思われていない。
ヘンリーもメイド長も気づいていて訂正しないのでそのまま勘違いしたままになっている。
ここにも勘違いした人間が一人。
早く一人前になろうと必死だ。
父の手伝いを終えて余った時間に、まだ教わっていない植物の世話の仕方を本を開いて、自分なりにまとめてノートに書いていく。
そこに雑用を終えて帰って来たトムはリビングのキャビネットの引き出しを開けながらディランに声をかける。
「最近、えらく勉強熱心だな。ディラン」
「そりゃあ、さ。カトリーが嫁ぐまでに公爵家でも通用するようになりたいから」
「公爵家でも、か」
ああとディランが答え、トムは驚きに目を丸くして、引き出しの中から上品な封筒を手に取ったが取り出さずそっと引き出しを閉じた。
「カトリーを影から支えたいし、ダニエル様にもそう思ったから――ってなんだよその顔は」
「いや〜、いつの間にか成長したなと」
微笑ましいものでも見るかのようにトムはディランを見ていて、ディランからすればどこか居心地が悪い。感心しなくていい。
「公爵家に通用する庭師なんて茨の道だよ」
真面目な話かなり難しいとトムは言うが、ディランは目を逸らさずただ真っ直ぐにトムを見る。
「分かってる。でも無理なんて思いたくないだろ」
「そうだね。協力するよ」
本人がやる気なら今のうちにどんどん教え込もうとトムは決める。やる気がある時が一番吸収出来るものだと。
実際はそこまで学ぶ必要もないのだが、ここでやる気を削ぐのも如何なものかと、トムはそのままにしておく。
「それなら、もう少しディランに任せる範囲を広げようか」
「やる」
一週間ほどが過ぎて、出掛けたリサとカトリーが町中であったとディオたちを家に招いた。
予定もないこともあり、ディオたちはカトリーの顔見知りの商人としてグレイ伯爵家を訪れた。
認識阻害もあってほとんどの使用人には気づかれていないのだが、執事のヘンリーやメイド長には正体が見破られてしまった。
ディオ曰く軽い認識阻害にしてあるようで、気づく人は気づくらしい。
ちょっとだけディオは悔しがっていた。
「いいんだけどね。むしろ身元がハッキリしてる方がヘンリーさんたちも余計な心配がないだろうし」
「あの仕事振りは見習いたいものがあるな」
「そうですね」
商品の荷物を運びながら小声で話す。
見習いたいと言ったシドとトリスは、一瞬だけ後ろを歩くフランに視線を飛ばした。
「それは得意なシドとトリスに任せるよ。適材適所ってことで」
「フランにはまだ無理そうだもんね。一緒に勉強出来るくらいだし」
シドやトリスの手の空いた時間にアルドは様々なことを教わっているのだが、時折フランも捕まってアルドと一緒に勉強させられている。
「あはは、そのうちね」
そのうちと笑って受け流すフランにそこまでのやる気はなさそうだ。
リサがカトリーと一緒に買い物をして、使用人たちも交代で商品を見て買っていく。
ベアトリーチェたちが雇った使用人たちと違い、もともといた使用人たちは装飾品にはほとんど目もくれずに生活費需品のような日用品を買うことが多かった。
リサはトムとディランにも声をかけ、泥だらけの姿で屋敷に入るわけにもいかないと遠慮したので、ディオたちが庭に向かった。
妖精の住処となっている庭なので、話はしたい。
あくまで今は王子ではなく商人としてのディオたちにぎこちないながらもトムは接する。どうやら妖精に愛される庭を作るだけあって認識阻害が効かなかったようだ。ディランは大して変わらない。
ディオは商人としての仕事をシドたちに任せて自身は庭を見て回る。
時折、宙に視線を送ってコロコロと表情が変わった。
ディランが買った物を倉庫に運び出し、いなくなったところでディオはトムに話しかけた。
「ディランは最近、頑張ってみたいですね」
「は、はい。その、お嬢様が嫁ぐのなら影からでも支えてやりたいのだと……」
やる気があるからこそ、ディランにダニエルが婿入りすることを伝えられないとトムは困ったように言った。
「トムさんは知っているんですね、そのこと」
伯爵家の使用人たちはカトリーが嫁ぐと思っているのに、トムはダニエルの婿入りを知っていた。
「先日、この家の庭師の後を継ぐものはいるのかと公爵様より手紙をいただきまして、その時に」
「なるほど。それで早く一人前になってもらいと」
「はい。成人するまでに最低限は出来るようにしなければならないのです」
納得をしたディオは、戻ってきたディランに声をかけた。
「ディラン、公爵家の庭師を目指すなら確実な方法があるよ」
「何を……」
怪訝な顔をしたディランはトムが話したのかと思ったが、妖精から聞いたのかもしれないと考え直した。
「この家の庭師として一人前になること。妖精の住処になるほどの庭を作れる人には、妖精に好かれる人が暮らす場所にはいてもらいたいからね」
「そう、ですか」
ディランにはディオが何を言いたいのか分からない。ただ、含みのある言い方だとはなんとなく感じとれた。
「うん、そう。もっとも、離れる必要はないんだけど」
返事を返した後のディオの言葉は小さすぎてあまりよく聞き取れなかった。
ディオはトムの方を向いて同意を求めるようにニコリと笑った。どうやらトムも知っているらしい。
「あ、そうだ。カトリーが買った苗の一つをディランに任せたいって妖精からの伝言」
「え?いや――」
「花が咲く頃にまた来るから、立派に育ててね」
頑張ってとディランの背中を叩くとディオは屋敷の方に戻って行く。
その場に立ち尽くすディランは、ディオの姿が見えなくなった後、事情を知っている様子のトムに詰め寄るのだった。




