39 新生グレイ伯爵家
再びグレイ伯爵家に戻ってきた使用人たちは、以前にも増してやる気があった。
リサとカトリーの二人にまた仕えられるというのが、使用人として働く彼らにとって幸せなことであったから。
特に年老いた古参の使用人たちにとっては成長を見守ってきたリサお嬢様であり、今でもそう呼んでしまうことが多々あるくらいだ。
そんなわけで、気合十分、やる気に満ちた使用人たちはありがたいのだが、時として見ているだけで疲れてしまうこともあるほどだ。
リサはリサで新当主として気合を入れて、やるべき仕事に精を出す。
仕事といってもそのほとんどは執事のヘンリーがやってくれるのでリサがやることといえば、直筆のサインを書類に書くことくらいなのである。
身体が弱いことを知っている王家も気を使ってくれているようで、当主が変わったことなどの手続きのための書類など、ヘンリーが言うにはかなり少なくなっているらしい。
主にエルザが手を回してくれたのだと思う。
ヘンリーは書類の仕分けをする手を止めると、リサに休憩を勧めて近くの使用人にお茶を持って来るようにと声をかけた。
いくら最近は体調のいい日ばかりとはいっても、彼女の身体が弱く疲れやすいのはよく分かっている。どれだけ寝込んだ日を見てきたことか。
主人に負担のないようなスケジュールを立てるのも執事としてのヘンリーの役目なのだ。
運ばれてきたティーポットからカップに紅茶を注ぎ、音を立てずにリサの前にカップを置くと、リサはジッとヘンリーを見て言った。
「あなたも休んでちょうだい。仕事が多いのは分かっているけれど、私だってヘンリーのことが心配だもの」
「ご心配ありがとうございます。ですが、お嬢様が思うほど多くの仕事は抱えておりませんのでご心配なさらず」
幸いにも優秀な者が多く、それほど多くの仕事は抱えていないとヘンリーは言う。
むしろ、指示を出す前に動かれてしまっていてリサのサポートくらいしかやることがないのだと笑っていた。
やる気の塊と化した使用人は特にそうだ。いなかった二年間を埋めるかのごとく、以前よりもキビキビと動く。
元々言われる前に動いていた彼らではあったが、最近は特にそうだ。足りないものをアドバイスする隙間もないほどに素晴らしい仕事をしてくれると。
リサは諦めるようにため息をつくと、無理だけはしないようにとだけいい、カップに口をつけた。
自分でもいい使用人たちさ巡り会えたと主人冥利につきるが、ちゃんと休めているのかと心配にはなるのだ。
そこにトムから部屋に飾る花を預かったカトリーがやって来る。
最近では屋敷に飾る花を選ぶのはディランの仕事になっている。トムでは時間がかかりすぎてしまうから。
一輪挿しなのはカトリーが運ぶための配慮なのかは分からないが、花瓶ごと持ってきたカトリーはそれを棚に飾ると、リサが座るソファの対面に座った。
「お母様」
わずかに躊躇い見せながらカトリーがリサを呼んだ。
リサはその様子を不思議に思いながらも返事をする。
「どうしたの、カトリー」
「その、と、友達を家に呼びたくて……」
段々と声を小さくしていくカトリーにリサはクスリと笑って快諾をする。
「もちろんよ。相手はフラン君の妹たちよね」
「はい」
二人の誕生パーティーに行ってから仲良くなったようでよく手紙のやり取りをしていることは知っている。
純粋に友達と呼ぶには、相手がパーチメントなので些か疑問が残ることもあるがそれでもカトリーに友人が出来たことは素直に親としては嬉しい。
「それなら、手の込んだものよりシンプルなものがいいわね」
リサはヘンリーとアイコンタクトで会話して、ヘンリーが都合の良さそうな日をすぐに提示する。
それほど予定があるわけでもないのだが、その前後で休める方がいい。
そうして、いくつかの候補の日付をカトリーは手紙に書いてジゼルとヘレン宛に送ることにする。
数日後、カトリーの友人が来ると知った使用人たちがますます張り切りだしたのは言うまでもない。




