38 観察対象は戸惑って
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――パーチメントだから許される。
そうは言ってもカトリーに怖い思いをさせたのは変わらず、今後もこういったことが起こるだろうから頭に入れておいて欲しいということもあり、グレイ伯爵家に向けたお詫びの手紙をデイジーが送って数日。
カトリーはやや強引に取り付けられた食事の約束のために出かけていた。
ジゼルとヘレンの付き添いはデイジーだ。
カトリーにとって慣れているのはフランではあるが、パーチメント家一番の常識人とトリスが太鼓判を押したデイジーはカトリーの目から見て頼もしく見えた。
デイジーが窘めれば双子はわりと素直に言うことを聞いていたからだ。
食事の場所はグレイ伯爵家の領地にある新しく出来たばかりの店で、ジゼルとヘレンはカトリーに会うためなら移動は大した手間ではないとそこに決まった。
「来てくれてありがとね。カトリーヌ」
「ありがとうございます」
カトリーが店に着いて個室に着くなり、ヘレンはカトリーの手を取って喜びを示す。
ヘレンの方が年上のはずなのだが、どうにも性格的にヘレンの方が年下に見えてしまう。なんというかはしゃぎ方が子供らしいのだ。
「ねぇ、カトリーヌは何が好き?ここはなんでも作ってくれるのよ」
ヘレンは席に着くと机上に置かれたメニュー表を無視してそう言って、ジゼルがそうじゃないと困った顔をして、デイジーがヘレンに言い聞かせる。
「それはここが親戚の家だからよ。だけど、好意に甘えてばかりいてはダメよ」
「はぁーい」
頰を膨らませたヘレンに全くと呆れながらデイジーはメニュー表をカトリーとジゼルに渡す。
隣同士に座るジゼルとヘレンは一緒にメニュー表を覗き込む。デイジーはもう頼むものが決まっているとメニュー表はカトリー、一人で見る。
メニュー表を見ると、聞き慣れない言葉が多く並んでいてメニューを見るだけでは想像がつかない。
「異国の料理が多いから分からないわよね。失念していたわ」
メニュー表とにらめっこしているカトリーに、デイジーはメニューの料理を一つずつ教えてくれる。
この店のシェフたちはパーチメントの血が流れているだけあって一つのことを極めたがることもあり、各国を回って覚えた料理をメニューに出しているらしい。
もっとも、自国の人間の舌に合うようにアレンジは加えてはいるようだが。
それぞれが昼食を頼み、店員が部屋から出て行くとジゼルとヘレンの視線は食い気味にカトリーに向かい、それをデイジーはメニュー表でそっと隠した。
「ちょっとデイジー姉、なにするのよ」
「その目は友人や知り合いにする目ではないもの。今日は令嬢モードだといったはずよ」
デイジーが諭すように言って、手にしていたメニュー表を片付ける。
「あの、カトリーヌさんは普段お家で何をされているのですか」
「あたしたちは妖精についての研究!あとはまぁ、ドレスとかの組み合わせを考えたり」
研究だけに没頭しているかと思えば、そうでもないようで女の子らしい一面もあるようだ。
これについては妖精が関わる部分が半分と、彼女たちのちゃんとした趣味の部分が半分である。
「読書と庭師のところに遊びに行くことです」
「へぇ、カトリーヌの家は庭があるんだ」
「貴族の家なら必ずあるものよ」
苦笑をしながらデイジーがカトリーに教えてくれる。
パーチメント家では研究施設を建てるために庭は潰してしまっているため、庭はないらしい。
家も家と呼ぶよりも、寝泊まりが出来る研究所といった方が近いようなので庭がないのも納得出来てしまう。
「……お庭。どんな花が咲いてるんですか」
「バラ、ビオラ、シクラメンに……季節ごとにたくさんです」
ジゼルの質問にカトリーは花の名前を挙げながら指を折って行く。
中には名前の分からないものもあるが、説明をするとデイジーにはおおよその見当がついたみたいだった。
「とても素敵な庭なんです」
「見てみたいものだわ」
「はい、ぜひ」
その瞬間、ジゼルとヘレンの目が光った気がして、カトリーは墓穴を掘ったような感覚に襲われる。
隣にいるデイジーは頰に手を当てて小さくため息をついた。
偶然か誘導かは双子にしか分からないが、グレイ伯爵の家にいける口実を見過ごさなかったのは確かだ。
アレックスの嗅覚から、渡された妖精石がグレイ伯爵からのものだとくらいはおそらくは知っているのだ。
妖精が確実にいる場所へと行けるのならそれを見逃すわけがなかった。
すぐにグレイ伯爵家に行こうとカトリーに催促する妹たちを止めるデイジーは、ついてはいけないと思いながら、ただただ大きなため息をつくのだった。




