33 リサの帰還
昼頃にリサが帰ってくるこの日は、朝から大忙しだ。
昨日戻ってきたばかりのかつていた料理人イグネイシャスは、グレイ伯爵家で再び働ける感動に浸る余裕もなくすぐに動き出していた。
カトリーへの嫌がらせに加担をしていたといえどそれなりの技術はあるようなので料理人たちをイグネイシャスは戦力とみなし、指示を出して手伝わせる。
初めこそ反感もあったがイグネイシャスの技術や料理人としての心に、すぐに今の料理人たちは何も言わず、彼の下で動き始めた。
他の使用人たちはディオとアルド監督の下、輪飾り等、部屋の飾り付けをしている。
楽な仕事でいい給料が入るならそれでいいと、使用人たちからはそれほど文句は出なかった。
不満はアルドが見張りをしていることにが多かった。
シドは現場の総監督として、伯爵家をみて回り最終確認をしている。
今日はリサが帰ってくる日であると同時に、グレイ伯爵、ベアトリーチェ、シーダの引き渡しもあるので、シドのやるべき仕事は思うよりもかなり多い。
トリスはカトリーと着る服の相談をして、着替えを手伝っている。
二年の間ずっと離れていた母に会えるのだ。
ありのままを見てもらい気持ちもあるが、少しでも成長した姿も見せたい。
フランはさすがに着替えを手伝うわけにいかないと、カトリーの髪を整え化粧をするだけにとどまる。
大人すぎず、子供すぎずのイメージで、フランは丁寧にカトリーの髪を結っていく。
フランの侍女スキルが高すぎるうえ、容姿のせいで、着替えの時になぜいなかっただろうと疑問に思ってしまった。
昼が近づくほどカトリーはそわそわとして、昼食を食べ終えた後はずっと玄関前でリサの帰りを待っていた。
少し下がったところで一緒に待つディオは壁に寄りかかり寝息を立てている。
アルドは見張りに残しているのでそばにはいないが、代わりにトリスが付いている。
やがて、来客のベルが鳴りリサが帰ってくる。
「お帰りなさい、お母様‼︎」
「ただいま、カトリー」
リサの姿見えた瞬間にカトリーは駆け出してリサに抱きつき、リサもしっかりと抱き返す。
ゆっくり出来るようにリサとカトリーをリビングにトリスは案内をする。
玄関前で寝たままのディオは、トリスが背負って運んでいる。成人した人間が夜更かしで寝てしまったというのは言い訳としてきついと思うが納得してもらう。
トリスと入れ替わるようにシドが玄関にやってくる。
リサの護衛についていた騎士のリーダーに、リサを無事に連れてきたことへの労いの声をかけてから、グレイ伯爵たちのことを話始める。
「護衛、お疲れ様です。フラヴィオ・グレイ、ベアトリーチェ・レスター、シーダ・グレイの3名の他、使用人5名は横領、窃盗がありましたので全員軟禁しています」
「助かるよ、シド。あとはこちらの出番だな」
リーダーは部下を連れてシドの案内で、グレイ伯爵たちが軟禁されている場所まで向かう途中で、リーダーがシドに尋ねる。
「シーダ・グレイというのは確かか?」
「クラウディオ様の見立てでは、ですが確認をとるようにとのことです」
「そうか、わかった。無理はなさっていないんだな」
確かめるようなリーダーの言葉にシドは頷いた。
彼はディオのことを分かっているので、シドの言葉からディオが無理をしていないか心配なのだ。
「はい。今は新入りがいますので」
「それならいいが」
シドが監視者の立つ扉の前で止まる。
「全員、この部屋に集めてあります」
「助かる。あとは任せてくれ」
あとは騎士と監視者の仕事だと、一礼をしてシドはこの場を去る。
おそらくフランはトリスの助太刀に向かっているはずなので、シドはアルドの方に向かうと部屋からアルドの大きな声が聞こえる。
「だからっ、おれは何も知らない!」
アルドが声を荒げるのは珍しい、緊急事態用に持たせた道具から連絡はなかったので無事だとは思うが、非力な子供なのでそこらへんではディオよりも心配だ。
シドは急ぎ扉を開けて見た光景は、使用人がアルドに追いすがるというものだった。
「シド!」
アルドはシドの姿を認めた瞬間に、困惑と迷惑を混ぜた顔でシドに助けを求める。
こうなってからあまり時間が経っていないのか、アルドも状況が理解出来ていないようだ。
まずはアルドから使用人を引き離すのが先決と、シドは間に割って入る。
使用人たちをとにかく落ち着かせてから、どういうことかを聞きだすシドは眉間にシワを寄せてはいるがいつも通りで感情を表に出さない。
話を聞けば、グレイ伯爵たちが騎士に連行され、今日連れていかれたのは罪の重い者で自分たちも捕まるのではないかという恐怖、それと突然追い出されて、職を失うことになるのではという不安から起こったことのようだ。
シドは息を吸うとよく通る声を出す。
「この件に関しては第三王子であるクラウディオ様が任されているため、私たちがどうにか出来る問題ではない」
シドやアルドにごまをすろうとした使用人がいたが、シドはそれは無意味だとハッキリと伝え、ついでと脅しもかけておく。
「クラウディオ様は千里を見通す力をお持ち故、全てお分かりになる。――信じるかは自由だが」
それだけ伝えるとアルドを連れて部屋を出て行く。
パーチメント家の商会で働かせるにあたっての篩ということらしい。クラウディオの名前を聞いて、恐れはなくバカにするようなら任せられる仕事はほぼないということらしい。
リサとカトリーは母娘水入らずで久しぶりの会話を楽しんでいて、トリスとフランは邪魔にならないようにしながら使用人としての仕事をこなす。
ディオに仕える身だけあって手慣れている。
そして、今日の仕事をやり終えたダニエルに叩き起こされたディオは、ダニエルと共にその様子を覗いていた。




