32 女の子だけでショッピング
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シドが朝早くから清掃業者の手配のために出かけて行って、それからゆっくりとカトリーたちは出かけるための準備をする。
久しぶりの外出はやはりオシャレをして出かけたい。
以前フランがリメイクしてくれたワンピースに身を包んで、髪を一つにまとめたカトリーは小さなポシェットを肩にかけて玄関まで行くと、すでにトリスとフラン?が待っていた。
トリスはいつもよりはラフな姿をしているがそれ以外は変わらない。
それよりもトリスの隣に立つ愛らしい女性だ。
フランなのだろうけど、そこにいるのは女性にしか見えない人で、カトリーはついまじまじと女性を見てしまう。
「紛うことなきフランさんですよ」
「今日はこの方がいいかなって思ってね」
フラン本人だと証明がされる。
貴族の場合、女性の服を買いに行くのに男が荷物持ち以外でついてくることは滅多にないことなので気を使ったらしい。
女装したフランを男だと疑う人間はいないだろう。
カトリーと同じく女装フランを初めて見たアルドは、一瞬だけ固まっていたがそういう話は聞いたことがあったと触れない形で通り過ぎて行った。
「それじゃあ、行こっか」
「はい」
トリスが御者をやってもいいのだが、何かあった時瞬時にカトリーを守れないことと、かろうじて御者ができるという不安が残るものなので、この家の御者を使う。
事前にシドとトリスが何かをしていたらしく、恐ろしいほど御者は従順だった。
向かった先は大衆向けのような店ではなく、個室で対応してくれる富裕層向けの高級な店で、トリスとフランはカトリーの好みも聴きながら手慣れた様子で店員に注文を出していく。
要望に沿うだろう衣服を店員が持ってきて、フラン主体で話が進んでいく。
「もう少しフリルを抑えたものは?」
「こちらになります」
フリルの多い子供らしいものはシーダにはよく似合うかもしれないが、カトリーには少々似合わないとフランは並べられたドレスを真剣に見ていく。
時折カトリーに話を聞いては悩んでいる。
トリスもこれがいいのではないかと選ぶのだが、流行から遅れていたりカトリーが着るにはバランスの悪いものが多くフランに却下されていた。
「トリス、装飾品の方をお願いしてもいいかな」
「わかりました」
ドレスと違って装飾品は幾分か分かりやすい。
既製品の装飾品は、形も重要だがそれよりも宝石の色の方が大事なためトリスでも分かりやすいのだ。
ダニエルをイメージさせる色の宝石を探していけばいいのだから。
「ドレスはこれくらいかなぁ」
購入予定のドレスの多さにカトリーは驚きを隠せない。乗ってきた馬車では運びきれない気がする。
「次は普段着ですね」
「そうだね。休憩してから行こう」
流されっぱなしで気づいていなかったが、カトリーは支払いのことに気がつく。
グレイ伯爵があんな状態なのでカトリーが自由に使えるお金はあるのだろうと思うが、さすがに不安が残る。ベアトリーチェたちがかなり豪遊していたし、カトリーの中では一度に買う量ではないのだ。
カトリーの顔色を察したトリスは大丈夫だと微笑んだ。
「支払いは全てディオ様持ちですから」
「買ったものは送ってもらうから荷物にならないよ」
パーティー用のものを買い終えたカトリーたちは、大通りに面した落ち着いたカフェに昼食と休憩を兼ねて入る。
慣れた様子で注文をして昼食を載せたトレーを運んだフランは周囲から完全に女性だと思われている。
他愛ない話をしながら昼食を食べ終えて、いくつかの店をまわり、普段着に着るための服を買いに行く。
こちらは特にこだわる必要もないのでカトリーに気に入ったものを選んでもらうが、遠慮してなのか緊張感からか、あまり選ばないのでトリスとフランがカトリーの好みを推測して適当に買い込んでいく。
「カトリーちゃん。せっかくだしどれか着て帰らない?」
「えっと、それならこれを――」
気に入っているのなら嬉しいが、カトリーが着ているのはあくまでもフランのお古だ。
カトリーが着替えたのは一番選んだコーラルピンクのワンピースで女の子らしい愛らしいデザインのものだ。
着替えたカトリーを見て、フランは口元で軽く拳を握り頭をフル回転させている。
トリスはカトリーの着ていた服を手に持つと意識が戻ってこないフランを抱えて馬車に向かう。
馬車の中にフランを放り込むと、フランは我に返ると馬車を走らせるのを待ってもらい、持ってきていた荷物から何やら取り出す。
「もう帰るだけになっちゃうけど、少しだけいじらせてね」
フランが取り出したのは櫛や化粧道具で、フランはトリスを助手にカトリーの髪型を変えて、軽く化粧を施す。
満足そうに一つ頷いたフランは、ラッピングされた小包をカトリーに渡す。
開けるように促されたカトリーが開けると中にはコンパクトミラーが入っていた。
「ありがとうございます、フランさん。お化粧もコンパクトも」
「気にしないで、家の宣伝も兼ねてるから」
コンパクトの鏡は割れにくいものらしく、新商品としてこれから売り出すものだと言う。
もらったコンパクトで見た自分の姿は、パーティーに行けるほど整っていて、いつもより大人びて見えた。
そして馬車は走り出し、家に着く。
玄関に入るとちょうどアルドを引き連れた寝起きらしいディオがいて、カトリーを見てニコリと笑う。
「おかえりー。おー、フランにやってもらったんだ。似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます。クラウディオ様」
「気にしなくていいよ」
ディオの言葉に恐縮するカトリーをじっと見たアルドはフランはこんなことも出来るのかと驚いていた。
カトリーはトムとディランにおめかしを見せるために庭に向かい、トムは大げさなくらいに喜び目に涙浮かべ、ディランはまるで年の離れた妹を見るかのように優しく笑ってくれた。
家に戻るとディオとシドによって誘導されたダニエルがカトリーと会う。
一瞬動きの止まったダニエルは呼吸を一つして意識を整えると声を出す。
「お帰りなさい、カトリーヌさん。いいものはありましたか?」
「はい、とても……」
「どうかしたんですか」
楽しかったのだが、トリスとフランが買い込んだ量が多く、支払いはディオ様持ちだと言われ戸惑いがあるのだとカトリーはダニエルに話す。
年が近いぶん話をしやすいのかもしれない。
ダニエルは苦笑をしながらカトリーに言った。
「買い込んだのは多分、経済を回すことも理由の一つだと思いますが、楽しかったのだと思います。時間をかけての買い物はなかなかないみたいなので」
「そうなんですね」
特にフランは姉妹に巻き込まれて、こういった買い物も多いらしく余計に張り切ったのではとダニエルが言う。フランはちゃっかり自分も楽しんでいるとか。
「ありがとうございます。ダニエル様」
心が軽くなりましたとカトリーはふわりと微笑んで、トリスに呼ばれトリスの元に向かう。
ダニエルは呼吸すら忘れたようにカトリーの後ろ姿を眺めていた。




