29 恐縮娘と氷姫
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グレイ伯爵がもうダメかもしれないと分かると、使用人たちは手のひらを返すようにカトリーに擦り寄り始める。
公爵が監視者を置いていった時点でベアトリーチェもシーダも使用人たちにとってなんの価値もなくなった。
所詮、自分たちと同じ人種なのだ。美味い汁を吸いたいだけの。
「それならば、各自の仕事をなさって下さい。仕事ぶりによっては給金の増額も考えています」
トリスはそれらを一蹴、カトリーに近づけさせない。
自身の容姿に近づいてくる者もいたがトリスは淡々と追い払っていた。
給金の増額という言葉に張り切りだした使用人を見送ってトリスはため息をついた。
プロフェッショナルではなく手抜きばかりの仕事だ。まあよくても給金は変わらずで、減給される方が可能性としては高いだろう。
「カトリーさんの方がまだ優秀ですね」
「あ、ありがとうございます」
商人として訪れた際を思い出しても、カトリーの方が使用人たちよりもずっと丁寧な仕事をしていた。
カトリーの掃除した場所はプロフェッショナルとまでは言わないが素人にしては素晴らしく綺麗になっていた。
カトリーが恐縮しながら礼をいうとトリスはここにいない誰かに言葉を向けた。
「見習って欲しいものです」
なんとなく誰に向けての言葉がわかるカトリーは乾いた笑いを浮かべる。
「やはり、今までいた使用人を集めた方が早そうですね」
「えっ?」
トリスのセリフにカトリーの顔色が明るくなる。
また、みんなに会えるのなら会いたいとカトリーは思っている。
「グレイ伯爵に吐かせましたから」
「本当ですか」
裏も取れているので、居場所に間違いない。
庭師トムから解雇された使用人から手紙があってもいいはず、ないのはおかしいと聞いていた。
そのため、この領地の郵便局を調べるとグレイ伯爵から止められていた手紙が多く発見され、差出人をリサに確認してもらったところグレイ伯爵で働いていた使用人の名前と一致した。
そしてグレイ伯爵から聞き出した使用人の住所も同じだった。
グレイ伯爵は屋敷に来られないように解雇した使用人に休みのない情に訴えるような仕事を斡旋していたようだ。
「ただ、時間がかかります。それまでの間、領地経営をする人を立てるべきしょう」
「わたしが出来れば……」
悔しそうに呟くカトリーにトリスは首を横に振る。
そんなことをしっかり令嬢に教える家は滅多にない。一部分だけを手伝わせるために教えることはあっても、全体を通してとなるとおそらく片手で数えられるほどしかいないだろう。
「私がやってもいいのですが、業務過多になりカトリーさんの護衛がおそろかになってはいけませんので」
「トリス様、出来るんですね」
「はい。個人的に覚えました」
兄シドの負担を軽減するために、経営に関することをトリスは学んでいる。これは実家への反抗心もないわけではなかったが。
父は反対したが弱みを使って教師を雇ってもらい勉強をした。
誰にやってもらうべきかは一応候補はいるだが、果たして呼んでいいものかとトリスは悩んでいる。
「もし領地経営を同じ年頃の子供にやってもらうとしたら、カトリーさんは不安ですか」
「えっと、それは……トリス様から見て問題はない人なのですか」
迷いながらカトリーがトリスに聞く。
不安と聞かれれば正直不安はあるが、トリスが任せようとする相手ならおそらくそれなりの知識があるのだろう。
「そうですね、彼なら問題なくやってくれるはずです」
「それなら、大丈夫です」
「では、手紙を出しておきます」
すぐにペンをとったトリスは手紙を書き上げて、非番の監視者に郵送をお願いする。
専門的なことはまだ教わっていないかもしれないが、大人顔負けの知識量と頭の回転の速さがあれば少なくともやっていけるだろう。
トリスは一仕事を終えると責任者の顔をやめて侍女として動き始め、カトリーを恐縮させるのだった。




