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3 噂の商人

 正午が過ぎる頃には、誰もがそわそわとして仕事が手につかなくなっていた。


 理由は明白で、半年前から声をかけていた商人がこれから来る予定だからだ。


 二年前に商人になったばかりだというその人は、一年ほどで貴族から話題になった。

 彼が持って来るものは質が良く、どれも好みに合ったものばかりで、大抵のものなら用意をしてみせるらしい。


 その商人から買い物をした貴族たちは口々に素晴らしい商人だったと彼を褒め称えた。


 評判のいい商人の噂を聞きつけたベアトリーチェはすぐに呼び寄せるために声をかけ、出遅れたと怒りながらも待つこと半年、やっとその日がやってきたのだ。


 主人の買い物が終わったあとで、使用人たちでも手が出せる商品を販売しているらしく、使用人たちの間でも話題になっている。


(換金してくれるといいけど)


 今日くる商人が、昨日手に入れた指輪を換金してくれればいいが、そうでなければ1ヶ月後にくる宝石商まで待たなくてはいけない。


 玄関の掃除は午前中に終わらたカトリーは数日かけて玄関に続く廊下の掃除を終わらせると、来客を知らせるベルが鳴った。


 我先にと率先して使用人が出ていくので、カトリーは黙ってそれを見送ってから、自室に昨日の指輪を取りに行く。


 あまり良いものではないので大した金額はならないだろうけど、ないよりはマシだ。


 それにしても、騒ぎそうな使用人たちがいやに大人しい。

 どうしてかと彼らの視線の先を辿れば、視線の先は商品ではなく商人たちの一団に向けられている。


 女性にしても男性にしても整った顔をしている人が多いようだ。見とれるのも頷ける。

 メインの商人は金の髪と人好きそうな顔立ちが人懐っこい大型犬をイメージさせた。


 彼らに既視感を覚えたが、心当たりはないのできっと気のせいだろう。


 ベアトリーチェとシーダの買い物が終わる頃を見計らって、使用人の中にカトリーは混じると商人の持ってきた品がどんなものか様子を見てみる。買えないけれど気にはなる。


 途中、チラリとベアトリーチェを見れば使用人たちが自分よりも安いものを買い漁る姿を見て優越感に浸っているようだった。

 どうりで買い物をベアトリーチェが許すわけだ。


(ふうん、確かに質は良さそうね)


 お金を持っていないカトリーは見ているだけだが、良いものと悪いものを見抜けるだけの目は持っていると自負はある。


 眺めているとベアトリーチェがカトリーを呼ぶ。

 どうやら、紛れていたのがバレたらしい。


「ジェーン、あなたはここにいる必要もないでしょう。あなたが買えるものなんて一つもないのだから」

「お姉さまは何が欲しかったのかしら」


 真っ赤な爪が目立つ手をカトリーの頰に当て、怒りに目を細めるベアトリーチェは鋭い声を出し、シーダは愉快そうにバカにするかのようにカトリーに尋ねる。


 カトリーが拳を握りしめた時、商人がベアトリーチェに底抜けに明るい声音で声をかける。


「おや、奥様にはそういった趣味があるんですね。よければ観賞用奴隷を扱う奴隷商人を紹介しますよ」


 どうやら商人にはベアトリーチェの行動が見目麗しい子供を眺める趣味に映ったらしい。


 奴隷といっても、昔ほどひどい扱いは今はされておらず、買われたときに決められた年数だけそこで働けば、後は自由に生きていける。


 なので、観賞用奴隷は来客の対応をさせるというのが使い道になる。

 人に見せびらかすための使用人といった感じで、まぁ一種のステータスである。


「それもいいかもしれないわね」

「その時はお声がけくださいね。大抵のものなら用意をしてみせるんで」

「考えておくわ」


 商人はベアトリーチェではなくカトリーに用があったようで話しかけられる。


「今、値引きチャレンジをやってるんだけどやってみない?」

「いえ、わたしは――」


 何も買う気のない、買えないカトリーはすぐさま断ろうとするが、商人に遮られてしまう。


「ルールは簡単。並べられた商品の中から一番高いものを当てるだけ。買う買わないは関係なくて遊びの一環としてね。今日は大人向けばかりだったし、子供の目は鋭いっていうからさ」

「あら、やってみなさいジェーン。楽しそうだわ」

「私もやってみたいわ」


 商人の笑顔とベアトリーチェの脅迫まがいに断ることができず、シーダと共に五つの商品が並べられた台に向かう。


「何にもなしじゃつまらないし、正解できたら――トリス、あれって持ってきてたよね」


 台の前に立っていた真面目そうな女性従業員に商人は声をかけ、トリスは一瞬だけ悩んですぐに答えを見つけ出し商人に見せる。


「この髪飾りのことですか」


 夏の明るい花がモチーフになっている髪飾りで、これからの季節にぴったりそうだ。


「そうそれ。正解できたらこれをプレゼントしよう」

「よろしいのですか」


 トリスが不思議そうに尋ねる。


「まあ、売り物には出来ないし。子供向けだから」


 商人はシーダのつけているペンダントを一瞬だけ見てすぐに目を逸らす。


 売り物にできないということは、不良品なのだろうか。


 商人はご令嬢の方が見分けがつくだろうといって、手本を見せてあげて欲しいとシーダから先にするようにと指示を出す。


 自尊心を刺激されたシーダは先に挑戦をすることを了承。

 シーダは少しも迷わず金の鎖に小さな透明の石のついたネックレスを選ぶ。


「惜しい、これは2()()()に高いやつだ」

「一番はどれだったの?」


 シーダが尋ねると小ぶりのルビーがついた指輪を商人が指をさし、まだ少年の従業員がひどく冷めた目で商人をみる。まるで嘘つきとでも言いたげに。


 指輪の部分には細かな細工が施されていて、ルビーがついていなくてもそれだけで十分に素晴らしい。


 カトリーの番になり、五つの商品が全て入れ替えられる。


 一つ一つをよく見てから、小さなエメラルドのあしらわれたブローチに手を伸ばしかけて、一瞬シーダとベアトリーチェの姿を見ると、隣にあった大粒のアクアマリンがついたペンダントを指差す。


(ここでわたしが正解すれば反感を買うわね)


 顎に手を当てカトリーを眺めていた商人は感心したように一つ頷いた。


「トリス、答えを」

「はい。――残念ながら不正解です」


 手に入ると思ったのにと喚くシーダや、仕事そっちのけになっている使用人たちをよそに、素早く片付けを行い帰る商人たちをカトリーは見送りに行く。


 誰の邪魔も入らない玄関の外でカトリーは指輪の換金ができないかを尋ねると、商人はカトリーと指輪を交互にみてから快く引き受けてくれる。


「銀貨五枚と、これもどうぞ」


 そう言って商人は先ほどのゲームの景品にしていた髪飾りを銀貨と一緒にカトリーに握らせる。


「え?わたしは……」

「エメラルドのブローチで正解。場を読んだ貴女は間違いを選んだ。それに、まぁ、うん」


 何かを言いかけて、一人で勝手に納得した商人は、本心を見せない笑みを浮かべ馬車に乗り込みすぐさま出発してしまった。


 帰り際の商人に妙な違和感を感じたカトリーだったが、髪飾りと数枚の銀貨を前にすぐさま疑問は飛んでいった。



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