21脅しじゃないってば
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カトリーをディオの会に参加させるべく、妖精のシルクを連れて、グレイ伯爵家を訪ねた。
グレイ伯爵と確実に会えるように裏でシドが手を回し、グレイ伯爵と確実に会えるようにと仕組んでいるため伯爵が留守ということはない。
馬車から降りる前にディオは商人らしい服装に着替えると、トリスにつけてもらった胸ポケットの中にシルクを入れる。
多少不恰好でも形になる服だからとフランは練習としてトリスにやってもらったためポケットは少々斜めっている。
事情を説明したら、力を貸してくれるらしくディオを恨んで攻撃的なシルクも今は大人しい。
どうやら、シルクを連れて行ったパーティーで見た、偽カトリーことシーダが気に入らなかったらしい。
グレイ伯爵にもいい感情を抱いてないようで、他の妖精が手を貸すほど好かれてる人間が虐げられていることに憤りを感じているようである。
あの髪飾りの中にいる妖精はかなり高位の妖精で、その妖精が力を貸した相手を虐げているなら、カトリーのことを知らなくてもシルクが怒るには十分な理由だ。
「さてと、頑張りますか」
「脅しを?」
「脅しじゃないってば、交渉」
気合いを入れるための一言にアルドがツッコミをを入れ、ディオは否定するが、それに賛同してくれるメンバーはいない。
「ひどいよ、みんな」
涙目になりかけた目をしたままディオはグレイ伯爵家のベルを鳴らした。
先触れは出していたが今回は商売ではなく商談として来ているため、出迎えをしたのは使用人ではなくカトリーだった。
買い物が出来ないならここの使用人は商人に興味はらしい。
「ようこそお越しくださいました」
「どうも、今日はカトリーがお出迎えなんだ」
驚きを隠しきれないまま出迎えをしてくれたカトリーにディオはヒラヒラと手を振る。
どうやら、何も聞かされていないらしい。
「はい。今日は買いも――皆さん手が空いていないとのことで」
「そっか。個人的には嬉しいけどね」
「あ、ありがとうございます」
ディオの言葉にカトリーは照れてうろたえながら礼を言う。
どうしてディオたちがきたのか分からないカトリーにディオはここにきた目的を伝える。
「今日はグレイ伯爵と商談するために来たんだ。手紙も出してるんだけど」
「家にいるのですぐに。客間に案内します」
トコトコと歩いて客間にディオたちを案内したカトリーは、顔を見たくない相手を呼びに行くべく手が白くなるほどきつく手を握りしてグレイ伯爵、父親にお客が来たことを伝える。
一方的に伝えて、グレイ伯爵の返事も待たずにカトリーは走って家の外、庭に続く場所まで行くとトムにお茶を淹れるためのお湯を貰いにいく。
家の雇われている料理人たちに用意をしてもらった方が早いのだがカトリー相手だと動く気がないので、例え状況を説明してもまともに用意をしてくれるとは思えない。
なので、キッチン完備の小屋に住むトムにお願いをする。
トムはすぐに湯を沸かし、小屋にある唯一の保温ポットに沸いた湯をいれる。
保温ポットは大きいので、トムは自分よりまだ身綺麗なディランに保温ポットを屋敷まで運ばせる。
カトリーはポットを運んでくれたディランに礼を言って、すぐにお茶を淹れてディオたちに持っていく。
グレイ伯爵には手元が狂いどす黒くなったお茶が入ったカップを置いた。
話し合いの場にはベアトリーチェもいたので、もう一つどす黒いお茶を追加して部屋から出て行った。
カトリーが去った後、それまで話していたシドがディオに主導権を譲る。
「それで本題なんですが、十日ほど今の見習いの子をお貸し願えませんか」
「――何を」
驚きよりも訝しげな顔をするグレイ伯爵とベアトリーチェ。
突然、訳のわからないことを言われたらそんな顔をにもなるだろう。
ディオは気にせず話し続ける。
「実は知り合いの方が近々パーティーを開くらしいのですが、人手が足りないようで即戦力を集めているんです」
ディオはいつもと変わらず人懐っこい笑みを浮かべていて真偽は分からない。
グレイ伯爵は貴族らしく表情を隠し、愛想笑いを貼り付け、ベアトリーチェは呆れたように言葉を吐く。
「あんなトロイ子供が戦力になるわけないでしょう」
「紹介所で募ればよろしいのでは」
「それがですね、気軽に紹介所を使えるような家ではないのですよ。それに会場までの距離を考えるともう、なのであの子をお借りしたい」
グレイ伯爵の言葉にさらりと返したディオは、真っ直ぐにグレイ伯爵に視線を合わせてニコリと笑った。
カトリーを連れ出そうといるのは分かったが商人の考えていることはよく分からない。
ベアトリーチェもシーダも使用人もこの商人を気に入っているようだが、初対面のグレイ伯爵の印象はよくない。
お引き取り願おうとグレイ伯爵は口を開きかけ、ディオの胸ポケットの辺りで動くものが視界に入ると、グレイ伯爵は言葉を失う。
様子のおかしくなったグレイ伯爵にベアトリーチェは首を傾げ、のほほんとディオが声をかける。
「どうかしましたか」
柔らかな笑みを浮かべるディオに、グレイ伯爵の顔色は悪くなり、気を落つけようと自分のカップに口をつけひどく咳き込んだ。
「すみません」
「いえ、構わないですよ。ただ、急ぎなので体調が優れないところ申し訳ございませんが今すぐに返事を」
急に老け込んだグレイ伯爵は弱々しく口を開いた。
「どうぞ、お連れ下さい。すぐに支度をさせます」
「ちょっと、何を言ってるの?相手は商人なのだから断れるでしょ」
立ち上がったグレイ伯爵をベアトリーチェは引き止めようとするが、グレイ伯爵は止まらずに部屋を出ると使用人を捕まえて、カトリーのための旅行の荷物をまとめるように指示を出し、自身はカトリーの元に向かう。
「……カトリー」
呼ばれた声に振り返ったカトリーが見たのは、数十分の間にやつれた父親だった。
恨んでいても一応唯一の父親で、生まれて初めて見るその顔にはさすが一瞬だとしても心配はよぎる。
けれど、あの商人たちがおかしなことをするとも思えず、混乱しながらもカトリーは父親が悪い気がすると結論付け、態度を変える気はないが話くらいは聞いてやることにする。
「なに、お父さま」
「一番上等な服を着て、客間に来なさい」
それだけ言ってグレイ伯爵は去っていく。
訳のわからない父親の背中を見送って、カトリーは言われた通りに服を着替えて客間に向かうことにする。
上等な服もなにも、カトリーが今持っている一番いい服は今着ている仕事着だ。
だとしても、このまま行くべきではないのだろうと考え、以前トムから渡された比較的綺麗なワンピースに着替えて客間に向かった。
「お、きたきた。一週間ほどよろしく」
「えっと、あの、どういうことですか。なにも聞いていないんです」
カトリーが客間に入るとグレイ伯爵とは反対にニコニコとしているディオの姿があり、カトリーは話が通じそうなディオに話をする。
答えたのはシドでグレイ伯爵にディオがした説明をカトリーにもする。
チラリとグレイ伯爵の方を見るが、これは決定事項なのだろう。ベアトリーチェは納得いかない顔をしているが。
どのみち従うしかないのだろうと、カトリーは分かりましたとだけ言う。
到底七日分の荷物に見えない荷物が用意されて、ディオたちはカトリーを連れて屋敷を後にした。




