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2 庭師

 料理人たちの出す食事は、ベアトリーチェの指示によって十二歳の子供用にしても量が少なすぎる。


 なのでカトリーは屋敷から少し離れた場所にある唯一辞めさせられなかった住み込み庭師の小屋に向かう。そこは今のカトリーにとって唯一の逃げ場でもある。


 どうして彼だけが解雇されなかったのかは、誰も分かっていないただ、ここを変えることだけはベアトリーチェの要望でも伯爵は頑として聞かなかった。


 小屋といえど、庶民の感覚でいくと十分に立派な家である。


 彼らは事情を知っていつもカトリーヌの食事を簡素ながら用意してくれるので、夕食はいつも一緒に食べる。


 使用人といっても、彼は屋敷の中で働く使用人たちと違って、今は食事の用意はされていない。

 提供されるのは住む場所と仕事に必要なものだけだ。


「こんばんは〜」

「おう、カトリー。今日は早いじゃん」

「えぇ」

 

 小屋の中には庭師トムの息子ディランがいた。


 キッチンに立つディランは振り返り、小屋に入ってきたカトリーの全身をざっと確認し、顔色を見る。何もなさそうだとわかると安心したのか息を吐いた。


 二歳年上のディランとは幼馴染の関係で、カトリーにとって数少ない友人だ。


 キッチンでディランは料理を作っていて手持ち無沙汰になるので、カトリーは机に食器を並べる。


「お、サンキュー。あとは父さんが帰って来ればオッケーだな」


 出来上がった料理を机上に置いて、カトリーとディランは雑談をしながらトムを待つ。


「明日は商人が来るんだって聞いたぞ」

「うん。たった二年で貴族まで相手にしてるすごい商人さんよ」

「二年か……ずっと昔のことみたいだな。奥さまたちがいた頃が懐かしいや」


 カトリーの母が静養に出され、かつて働いていた使用人たちは解雇され、ベアトリーチェ、シーダと共に今の使用人たちが家に来たのがちょうど二年前だ。


 あの頃はグレイ家で働く人たちは大きな家族のようで、互いに立場はわきまえど気さくな間柄だった。


「変わってないのはここだけね」

「だな」


 そういって、カトリーとディランは庭のある窓の方へ向くと、トムが帰って来る姿がみえた。


「お嬢様、お待たせして申し訳ありません」

「ううん、わたしが早く来ただけだもの」

「そうそう、カトリーの言うとおり。早く飯にしようぜ」


 帰ってくるのが遅くなったとトムが謝り、カトリーは首を横に振る。

 ディランは腹が減ったと、トムが帰って来るなりすぐにパンを手に取る。


「ディラン、せめてもうちょっと丁寧な言葉を使えといつも――むぐっ」


 半分諦めていながらも注意をするトムの話を聞き流すディランは慣れたもので、トムの口元にパンを押し付ける。


「お前は、全く」

「聞き飽きてっからな。カトリーだってそう思うだろ?」


 同意を求められたカトリーはクスクスと声を出して笑う。

 トムとディランの親子のやり取りは見ていていると楽しい。

 ちょっとした雑談をしながら食べる食事は、ただただ楽しく心休まる。


 今のカトリーにとって、ここは唯一安全で幸せな居場所だ。

 ここにはベアトリーチェとシーダは近づこうとしないので、安心して過ごせる。


 食べ終わった皿をカトリーが片付けようとすると、横からすっとディランにとられてしまう。


「わたしが洗うわ」

「気持ちはありがたいけど、それを許しちまったらあとが怖ぇよ」


 カトリーのやる気とは裏腹にディランは迷惑そうな顔をする。

 友人という立場が許されていると言っても、相手は貴族の令嬢だ。


 彼女を心から慕う使用人のことを考えると、たとえカトリーの意思であっても、そんなことをさせたと彼らに知られれば何をされるかわからない。

 勘当されてもおかしくないと思えるほどだ。


 現に使用人の一人はここにいるのだ。


「貴女はグレイ家のご令嬢、カトリーヌお嬢様です。そのようなことはさせられません」


 彼にとって、今仕えるべき唯一の主人はカトリーだけなのである。


 敬愛の込められた声音は、微塵の揺らぎもないが、ただトムは悔しそうな表情を滲ませる。


 カトリーの現状を打破する力を持たないことを悔いているようだ。

 トムに出来ることといえば、一時だけの逃げ場を提供することだけである。

 

「……うん。ありがとう、トム」


 独りじゃない。

 それが分かるから、彼らが居てくれるだけで心は決して沈まない。


「お前はせいぜい習った立ち居振る舞いを忘れないようにしとくんだな」


 場の空気を変えるように明るくディランが言って、カトリーの背中を叩く。


「もう、ディラン!」


 頬を膨らませてカトリーが怒れば、ディランが大笑いをして、トムがディランを注意しようとして空回り、おかしくなってカトリーは笑う。


 なにも変わらないこの場所は、カトリーにとって幸せの場所なのだ。


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