14 ダニエル
ジークベルトを仕事に送り出したディオは、いとこであるダニエルの元に行くべく、シドが御者を務める馬車に乗り込んだ。
御者は別にいたのだが、乗っているだけは落ち着かないとシドが断った。
約二年の間に随分、御者の真似事も板についてきたとシドは一人苦笑して馬を走らせる。
事前の予告もなしに公爵家にお邪魔することにシドはため息をつく。
久々の貴族社会、王子の側仕えという立場を前面に押し出しての行動に疲れて、そこまで気が回らなかったのだ。
「シド、大丈夫。おじさんもおばさんも連絡なしでいいって言ってるから」
「そういう問題じゃない」
「公爵様の言葉に甘えさせてもらおうよ、シド。ダニエル様にはその方がいいでしょ」
公爵家の令息ダニエルは、人とあまり会いたがらないので、大抵は居留守を使われて会うことが出来ない。
これには家族も使用人たちも手を焼いているらしい。
陛下とディオには一切通用していないようではあるが。
公爵邸に着くと、ディオたちは大いに歓迎される。
ディオが来るのを待ち望んでいたようだ。
「ディオ、やっと帰ってきたか」
「ディオ様、ようこそお越しくださいました」
元気な顔の甥っ子を見れたことに公爵夫妻は嬉しそうな笑顔で歓迎して、すぐに客間に案内される。
「ディオ、一つ頼まれて欲しいんだが」
「なに、おじさん?」
ディオの対面に椅子に腰かけた公爵がひどく悩んだ様子で、ディオに頼みがあるという。その隣では頰に手を当て、公爵夫人が同じように悩んだ顔をしている。
「明後日スパーク侯爵の令息の誕生パーティがあるからダニエルも連れて行きたいのだが、あの子はどうにも行きたがらなくてな」
「長年交流のある家ですし、同じ年頃の子だから、仲良くなってもらいたいのだけど」
ディオは運ばれてきた茶菓子を頬張りながら公爵夫妻の話を聞き、困ったように小さく笑った。
「ダニーは苦手だからね。話はしてみるけど、期待はしないでよ」
「わかった」
お茶を一気に飲んで立ち上がると、ディオはシドとアルドを連れてダニエルの部屋に向かう。
廊下を歩きながらアルドは自分が行く理由がないと、隣を歩くシドに問いかける。
「シド、なんでおれも?」
「ダニエル様と同じくらいの歳だからだろ。確か12歳になったばかりだ」
「そっか」
迷いなく進んだ先、一つの扉の前で止まったディオはノックもせずに扉を開ける。
「ダニー、入るよ」
「――っ。ぼくは行きませんからね!」
ディオが部屋に入るなり、驚き本を宙に放り投げて部屋の隅で固まる緑髪の少年は叫ぶが、部屋に入っていたのがディオだと知り一瞬安堵をして、警戒するようにその場から動かない。
「ディオ兄さん……。帰ってきてたのですね」
「うん。たまには家に帰らないとね」
ニコニコとしたディオが頷き、ダニエルはそっとディオから目をそらして入り口付近にいるシドたちに挨拶をする。
シドの隣の子供が誰だっていい。
気にはなるが、いまはとにかくディオの笑顔から逃げるのが先だ。
「ディオ兄さん、今回はどこに行ってきたのですか。前回は東を中心に回っていましたが」
「ねぇ、ダニー。行かないってどこに?」
ダニエルの質問に答えず純粋無垢そうにしてディオがダニエルに尋ねる。
話題転換をそうそうに諦めたダニエルは、ぼそりとディオに伝える。
「明後日、誕生パーティがあるから……行くようにって」
「おじさんたちが言ってたよ。ダニーに参加してもらいたいんだって」
勢いよく顔を上げたダニエルに、ディオは窺うようにダニエルを見て、頰をかく。
「オレは言える立場じゃないけどさ、今回は出席した方がいいよ」
「なんで、あんな場所に。行くのは最低限で充分です」
淡々と話すダニエルは実年齢よりも遥かに大人びて見えるが、アルドは冷めた目でポツリという。
「あいつってガキなの」
「言葉を選べ、アルド」
小声で返すシドの声は鋭く、アルドはすぐに口を閉じるが、ディオはアルドの方を見てニマリと笑うとダニエルへと向く。
「ガキだってダニー」
「僕はガキじゃない」
「それなら、スパーク侯爵家との繋がりがどれだけ重要なことか分かってるよね」
諭すような声音のディオは、しっかりとダニエルを見据えて、ダニエルの言葉を待つ。
「あの家はレグホーン侯爵家と並ぶ名家です。しっかりと連携が取れるよう務めるのは必要です」
正解だと拍手をしながら、ディオはダニエルの部屋のベッドに腰掛ける。
正解の答えを口にしたダニエルは、パーティーに行かないと言えるわけでもなく、ため息をつく。
どうにもディオ相手は調子が狂うようだ。
ダニエルは納得がいかなそうにしながら、シドとアルドに二人がけのソファに座るよう勧めて、自分はその対面にある一人がけのソファに座る。
「お久しぶりです、シドさん。そちらの子はシドさんの……」
「いくつの子だよ。新しい仲間のアルドだ」
「冗談です。よろしくお願いします、アルドさん」
ディオが連れ歩いているなら、ダニエルにとってそれだけで信頼に足る人物だ。
口の悪さにも目をつむれる。
「シド、あれを持ってきて。せっかくだから今渡したい」
「分かった」
ディオに言われてシドが部屋を出て、ダニエル用のお土産を取りに行き、ダニエルがアルドに話しかける。
「アルドさんはおいくつなんですか。同じくらいに見えますけど」
「12歳くらい?」
「正確な歳はわかんないんだよ。アルドは拾ったから」
疑問形で答えるアルドを不思議がるダニエルに、ディオがフォローを入れる。
正確な年齢のわからないアルドは、身長や成長度合から12歳程度じゃないかと診断されている。
ディオたちと出会う前のアルドの栄養状態によっては、実年齢はもう少し上かも知れないらしいが。
「二人な、ら……」
「ディオ?」
「ディオ兄さん」
会話が途中で止まり、ディオはポスンとベッドに倒れこむ。
心配で駆け寄ったのはアルドだけで、ダニエルは呆れた顔をして引き出しから毛布を取り出してディオにかける。
「寝てるだけです。わりとよくあることだから安心してください」
「――だけど」
ダニエルがアルドに言って、そこにシドが戻ってくる。
「シドさん、ディオ兄さん寝ちゃいました」
「悪いな、まだ少し余裕があると思ったがジーク様の計算を間違えたか」
首を横に振るダニエルはジークベルト様なら仕方がないと笑う。
あれはディオにだけ素晴らしく反応をする。見ているこっちが疲れるほどに。
シドは手に持っていた小箱をダニエルに手渡す。
「ディオからの土産だ」
「ありがとうございます」
ここにいても邪魔になるだけと、シドはディオを起こさないようにして背負うと部屋を出る。
シドについていこうとするアルドをダニエルが腕を掴んで引き止める。
「ディオ兄さんのこと怖がらないで欲しい」
「……そのつもりだけど」
真っ直ぐにアルドの目を見てダニエルが言って、アルドは淡々と答える。
ディオたちについて知らないことばかりだと、アルドはよく分かっている。
でも、彼らが教えないときは知る必要がないからとかじゃなくて、今は言わない方がいいと思うからだと短い付き合いだがアルドは知っている。
だから、隠し事をされていると理解した上で何も聞かないのだ。
「アルド、行くぞ」
「今行く」
シドに習い、ぎこちないながらもアルドもダニエルに一礼をして部屋を出る。
フランたちのいる客間に行く途中、アルドがディオに視線を向けて独り言のようにつぶやく。
「よく寝るね」
「病気というより体質だ。エネルギーが有り余ってる」
「………………」
シドは何も言わないアルドを見て、一つだけ教えてくれる。
ディオは抱えきれないエネルギーを持ってるせいですぐに疲れて強制的に寝てしまうのだと。
アルドのガキ発言にシドは否定しない。




