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11 グレイ伯爵

 ――お帰りなさいませ、旦那様。


 あまり仕事の出来ない、しない使用人でも主人に対してのおべっかだけはまともに働くらしい。


 久々にこの家の主人であり、カトリーの父でもあるフラヴィオ・グレイが帰ってきた。


 使用人たちは仕事を押し付け合いながらも、自分たちがどれだけ仕事が出来る人間かとフラヴィオにまとわりついて力説している。


 その様子を誰にも気づかれないように、離れた場所から伺って、凍てつく視線を一瞬だけフラヴィオに向けたカトリーは物音を立てずに自室へと向かった。


 湧き上がる怒りを吐き出すように大きく息を吐きだし、気を紛らわせるために窓から庭を眺める。


 昨日咲いたばかりの花の手入れをトムとディランがしていた。


 ――コン、コン。


 控えめな扉を叩く音がして、カトリーが返事する前に扉が開けられる。


「カトリー、入るぞ」

「………」


 お父さまなんて呼びたくのなかったカトリーは何も言わず、フラヴィオに冷たい視線を向ける。

 顔を見れば、声を耳にすればはらわたが煮えくりかえりそうなぐらいなのだ。


 幼少期の優しい思い出さえも、今は真っ黒に塗りつぶしてしまいたいと思えるほどで、この男が当たり前に部屋に入ってこれることが不思議でしょうがない。


「カトリー、挨拶はないのか。父さまが帰ってきたんだぞ」


 一瞬、何をいってるのかが、わからなかった。頭が理解するのを拒否していたらしい。


 カトリーはフラヴィオの行動もセリフも信じられないと、言葉がなにも出でこない。


「久々に家族四人で夕食を食べないか」

「――お断りします。ご飯ならいりません」


 カトリーはハッキリと断る。


(なにが久々に家族四人で夕食を食べないかよ。あいつらは家族じゃないでしょ)


 ベアトリーチェとシーダが家に来た頃、食卓を一緒に囲うことは何度かあったが散々なものだった。


 ベアトリーチェからの執拗な罵詈雑言、シーダは食器を割っては使用人ではなくカトリーに片付けさせ、挙句、それで足りなくなった食事はお姉ちゃんなんだから我慢しなさいとカトリーの食事は全てシーダに回された。


 フラヴィオ(この男)はそれを全部黙認していたのだ。


 カトリーがどれだけなにを言っても、なにをされても、お前のもう一人の母親なんだから仲良くしなさいとそれしか言わない。

 憎んで虐げてくる相手に仲良くなんて馬鹿げた話としか思えない。


「父さまが帰ってきた日くらい――」

「出てって!話すことなんてなに一つない!」


 ハッキリと断ったというのにまだ誘ってくるフラヴィオに、カトリーは拒絶の色を乗せて大声を張り上げた。


 机の隅に大事に飾っていた商人からもらった髪飾りと母の姿が描かれた小さな額をしっかりと握りしめ、カトリーは部屋から飛び出し、トムとディランの元に走った。

 逃げられる場所はあそこしかない。


 込み上げてくる怒りは、トムとディランの姿が見える頃には悲しみに変わり、気がつけば大粒の涙を流していた。


「――お嬢様?」


 背後からの足音に振り返ったトムがカトリーに気づき、すぐさまカトリーのそばに駆け寄りその声を聞きつけたディランが後からやってきた。


「カトリー……」


 ディランは屋敷を見上げて、揺れるカーテンに浮かぶ大きな二つの影と一つの小さな影を見かけて、すぐに状況に理解する。


「そうか、帰ってきたんだな」

「旦那さまが……」


 小さく頷いたカトリーの背にディランは手を添えて、自分たちの小屋へ連れていく。


 いつものリビングではなく、瓶が並ぶ奥の倉庫まで連れて行き二人はなにも言わず、カトリーが落ち着くのを待った。


 わりと屋敷で働く使用人と切り離された職業の庭師では、昔ほど屋敷の情報が入ってこないため、フラヴィオが帰ってくることも知らなかった。


 カトリーがなにも言わなかったことも考えると、おそらくカトリーも知らされてなかったのだろう。


「誰がきても追い返すから、安心していい。なんかあったら父さんにいえよ」

「おい、ディラン」


 それだけ言って、トムが止めるのも聞かずにディランはリビングに行くと倉庫を出た。


 カトリーが来てから時間も経った。

 フラヴィオが相変わらずなにも変わっていないのなら、そろそろご機嫌取りに何かを持ってカトリーを捜す頃だ。

 使用人たちには子供だから特別目をかけているとか言って――。


 深呼吸を一つ。

 ディランは決意するみたいに強く拳を握り気合いを入れる。


 そして、予想通りにフラヴィオが愛らしい犬のぬいぐるみを持って庭師の小屋にやって来た。


「伯爵さま。いつお帰りになったんですか」


 わざわざフラヴィオの意を汲む必要もない。

 別にディランはここで働いているわけではないのだ。あくまでも使用人はトムだけだ。


 貴族に対しての最低限の礼儀さえあれば、それでいいのだ。


 さも今フラヴィオが帰ってきたと知った風にするディランは、フラヴィオの言葉を待った。


「昼過ぎに戻ってきたんだ」

「そうでしたか。事前にお知らせ頂けていれば、父と出迎えの準備もできたのですが」


 色々と言いたいことはあるが、吐き出さず抑えて、ただ淡々とディランは対応する。

 今やるべきことはこの家に誰も通さないことだ。


「いや、構わない。トムの仕事ぶりはよく知っているからね。それより、カトリーはここにいるのだろう」

「カトリーですか」

「ああ」


 ディランは首を横に振る。

 決して振り返らず、フラヴィオをまっすぐに見据え、そして視線を下に落とす。


「カトリーなら、ここに来ないと思います。伯爵さまがここに来ると分かっていますから」

「そうか。なら、家の中をまた捜して見よう」


 屋敷に帰って行くフラヴィオの背中を眺め、後先も考えずに、フラヴィオを殴れたらどれだけいいだろうかとディランはきつく右手を握りしめた。


 カトリーの逃げられる唯一の場所であるここを守るためにトムを解雇されるわけにもいかないが、それにしても――。


 なぜ、トムだけが解雇されずにいるのだろうとディランは疑問に思うのだが、答えの見つかるものではないとすぐに考えることをやめた。


 今日はもう誰も来ることがないと、ディランはトムとカトリーを呼びに行った。



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