非モテは百合の夢を見るか
「いやー、めっちゃ良いアニメだった。評判通りの名作。これは最高の百合ですわ……」
俺の名前は紐手学。名前の通り、非モテで年齢イコール彼女いない歴の学生である。
全十二話の百合アニメを一晩で一気見した俺は、しみじみと余韻に浸っていた。
いまだに感動が冷める気配はないが、俺にはアニメオタクとしてやるべきことがある。そう、Twitterで感想を呟くのだ。ネットに視聴済み作品の批評を書いてこそ、本当に完走したと言える。
たぶん。いや、知らんけど。べ、別に、「俺はこれだけの数の作品を見てるんだが?(ドヤ顔)」って、未視聴勢にマウント取りたいわけじゃないんだからねっ! これだから一部のオタクは気持ち悪いと言われるんです(俺含め)。
オタクの習性についてはさておき、DVDプレーヤーからディスクを取り出してケースに収めるやいなや、俺はテレビの前から勉強机に移動した。そしてパソコンを起動する。
見せてやるッ、俺の必殺技・パート3「エクストリーム無駄に早いタイピングスラッシュ」! ちなみに1と2はありません。
『「とある職場のレールガン」、完走しました! いやはや、予想以上に面白かったので腰が抜けそうになりましたね。普段はツンツンしているけれど、本当は後輩のことが大好きな先輩。何度も先輩にアタックするけれど、ことごとく先輩のツンツンに玉砕する一途な後輩。この二人のキャラクターの対比が非常に上手くて、腰が抜けそうに――』
いや、ちょっと待て。何で俺は一つのツイートの中で二回も腰が抜けそうになってるんだ。ぎっくり腰のおじいちゃんかっつーの。
ぎっくり腰に悩んでいるフォロワーさんに不快な思いをさせてもいけないので、ツイート後半部分をちゃちゃっと手直ししたものをサクッと投稿した。
ほら、Twitterって魔境だから……。軽い気持ちで投稿した内容がめちゃめちゃ炎上したりとか、よくあるから。念には念を、ね。
『分かります! 僕もこの間完走しましたが、素晴らしい作品だと思いました!』
『先輩が可愛いっすよねえ』
ツイートしてすぐに何件かの「いいね」がつき、ちらほら返信も来ている。フッ、これがフォロワー5000人の趣味アカウントの実力さ……。で、出たー。リアルではぼっちで陰キャなのに、ネット上では謎にフォロワー数を誇ってイキってる奴ー。結構いますよね、こういうタイプの人たち。俺含めて。
まだ見ぬ作品を開拓した後、ネットに感想を投稿する。いつものルーティンを済ませた俺だったが、完走直後の興奮がおさまってくると、徐々に虚しさを感じるようになった。
(……はあ。何やってるんだろうな、俺)
俺だって、本当は普通に恋愛したかった。でも、男子学生が七割近くを占めている理系の学部に入学して、サークル活動でも男ばっかりの文化系サークルに入ってしまった時点で運の尽きだったかもしれない。俺のリアルに女性との出会いなんてほとんどないし、もう望みは捨てている。
現実での恋愛を諦めた俺は、だんだんと創作の恋愛へ傾倒していった。最初は王道なラブコメ作品を楽しんでいたが、ついには百合という、男性が介入する余地のない究極の愛のかたちへとたどり着いた。
常人がこの境地に至ることは困難だろう。俺は、他の奴らとは違う――(ドヤ顔オタク)。
いや、違うな。ガチで違ったわ。俺は百合趣味に走ったのは、そんな理由じゃなかったはずだ。
とっくの昔にリアルでの恋愛なんて諦めたはずなのに、男と女がイチャイチャするアニメを見ていると「いいなあ、俺もこんな恋愛したかった」と思ってしまう瞬間がある。それがどうもモヤモヤするので、じゃあ男女間ではなく同性間のラブコメを見ようかなと考えたのだ。これならモヤモヤせず、純粋に楽しめる。
ただ、百合作品に夢中になってもなお、こうしてふと我に返ることはたまにある。確かにアニメを見ることは面白いし、感想をネットに書きこんだら反応が返ってくるのも楽しい。けど、いつまでも現実から逃げていて本当に良いんだろうか?
「出会いがない」を言い訳にして諦めていたが、じゃあ俺は今まで、本気で出会いを探そうとしたことはあったのか? 俺は陰キャだから、容姿に自信があるわけではないから。そんなことを自分に言い聞かせて、チャレンジする前から諦めてはいなかったか?
自分にもう少し勇気があればなあ。勇気が今、足りない。誰か勇気を授けてくれ。
俺、変身したいんだ。もっと強くて、何でもできる自分に!
と、まあ陰キャを極めているインドア派の俺なのだが、バイトの面接がある日は引きこもってもいられない。翌朝、身支度を整えてから近所のコンビニへ向かった。
何を隠そう、このコンビニでバイトを始める予定なのである。人生初のバイトだから、面接でどんなことを聞かれるのか予想もつかない。「趣味は何ですか」って聞かれたら、正直に答えた方がいいんだろうか。「そうですね、女の子たちがキャッキャウフフしているのを遠巻きに眺めるのが好きです」。
家からコンビニまでは徒歩五分。あいにく雨が降っていたので、傘をさして歩く。すると、反対側の道を、相合傘をしたJK二人組が歩いているのが目に入った。
ふむ、女の子同士で相合傘。これは何だか百合の雰囲気がありますねえ……えいえいむん!と、自称百合評論家の俺は、むんむん唸りながら分析を開始した。
(いや待て、落ち着け。時に拳を、時には花を。闘いの場所は心の中だ。……これはあれですね、「一見すると百合っぽいが、二人のどちらかが傘を忘れているから仕方なく相合傘をしているだけ」というパターン! 進○ゼミ、じゃなくて、百合アニメでやったところだ!)
一旦頭を冷やして、もう一度JKたちを観察してみた。さっきは気づかなかった驚愕の事実を目にして、俺は思わず二度見してしまった。
新たな情報は二点。まず第一に、二人のうち背の高い方が傘をさしてあげているのだが、よく見ると、さしていない方の子も折り畳み傘らしきものを携えている。つまり、「二人が別々に傘をさすことも可能なはずだが、あえて相合傘をしている」ということだ。
そして第二に、相合傘を持つ二人は、傘の柄の同じところに手を添えていた。重なった手と手には何とも言えない尊さを感じ、俺はそっとその場を離れた。
もちろん、「折り畳み傘が壊れてしまったから仕方なく相合傘をしている」という可能性もなくはない。さっきの二人が百合だったという確証はない。束の間の夢を見ただけだ。
でも俺は、このクソみたいな現実にちょっとだけ希望を持てたかもしれない。現実にも百合が存在するという可能性が、俺に一歩踏み出す勇気をくれた気がする。
(うじうじ悩んで、じーっとしててもどうにもならねえ。もう少しだけ、俺も頑張ってみるとするか!)
ちなみに、バイトの面接では気合を入れすぎてガチガチに緊張してしまい、不採用になった。