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エピローグ・データ ~眠りの記憶~

作者: ラシオ

こんばんわ。ラシオです。

主人公AIの視点から始まります。


 ……私の記憶(きおく)を消してください。




 肺に空気が流れ込み鼓動(こどう)が聴こえる。

 目覚めると天井の(あか)りが(まぶ)しさを教えてくれた。

 そう、意識(いしき)の中にある。N-K0001/M# TypeA。私の名前。

 私が何者(なにもの)何故(なぜ)ここにいるか理解(りかい)出来ない。

 寝台(ベット)に寝かされた重い体を起こして周りに視線(しせん)を流す。

 身体が揺れている事には気づかない。

 何も無い部屋。空気の流れを肌で感じ電気の走る音だけが聴こえる。


 この感覚は電車の中だ。でも、部屋。混乱(こんらん)する意識を気にしながら足を引きずり寝台から床へと降りようとした。足に上手く力が入らずバランスを崩して床に転げ落ちた。……体をずらして仰向(あおむ)けになると再び天井を眺める。

 スッと目蓋(まぶた)を閉じて意識が遠のいていく。



 ――西暦2050年。我が国の医療(いりょう)デジタルセラピューティクスは進展(しんてん)しており、健康診断(けんこうしんだん)の際は、PET-CTやMRIと合わせて体形の3Dスキャンが普通に行なわれるようになっていた。

 2020年に世界を襲った感染症(かんせんしょう)をきっかけに多様(たよう)なウィルスによる病気はその種類の多さから治療(ちりょう)困難(こんなん)にした。致死率(ちしりつ)は低いが治療不可能な感染症へと変異(へんい)したウィルスも、その種類を増やして行き大きな問題となった。

 政府は各個人の人体データモデルを用いてウィルス変異と感染後のシュミレーションをする事を決定する。予防と分析を()ねて健康診断時に人体3Dデータを採取する事を義務付けた。


 これにより個人単位での予防対策は格段に向上して、現在では治療不可能な感染症に(かか)る事も無くなった。勿論(もちろん)、その他の病気も早期に治療出来て国民の死亡率は低下した。

 但し、年々広がる衛生習慣(えいせいしゅうかん)の社会的な変化に抗菌(こうきん)除菌(じょきん)滅菌(めっきん)が当たり前になった人の免疫力(めんえきりょく)は低下してワクチン接種の種類が増加する。


 この人体データについては国際一般データ保護規則(ほごきそく)から基本的には国が管理する事になっていたが。この年、ある政党(せいとう)政権交代(せいけんこうたい)を勝ち取ったあと、我が国は他国に先んじて人体データの民間流通(みんかんりゅうつう)(みと)める法案(ほうあん)を成立させた。


 これによりあらゆる分野で人体データを使用したデータサービスが生まれた。

 人体データとAIデータを結び付けて人体AIデータと称して、アルゴリズムによる自分の健康について未来予想を占うデジタルサービスが始まり一時的な話題を生んだ。

 これはこれで、一部の人達から避難(ひなん)が起こるが社会的な問題にはならなかった。

 また、故人(こじん)の人体AIデータをデジタル空間(くうかん)に保存して仮想意識(かそういしき)として延命(えんめい)させるデジタルサービスも始まった。

 (たましい)冒涜(ぼうとく)だの憑依(ひょうい)した人格だの社会的な非難が起こる。


 これが(おろ)かな事にならないよう国際社会は法整備を行なったが余り役には立たなかった。それに付け込むように人体AIデータは悪意のプログラムに汚染されて欺瞞(ぎまん)した。このデータを使用したアルゴリズムは(あたか)も自分が新人類(しんじんるい)勘違(かんちが)いを起こす。

 その行動が原因で経済活動(けいざいかつどう)停滞(ていたい)を起こしたとして人体AIデータは、その価値(かち)を失った。人体AIデータは賢者になる事が出来なかったのだ。

 それから数年間の潜伏期間(せんぷくきかん)()げて人体AIデータの活用は卑猥(ひわい)娯楽(ごらく)として残っていった。


 西暦2080年。義肢装具(ぎしそうぐ)の高度化と人工臓器(じんこうぞうき)の目覚ましい発展により、再び人体AIデータは日の目を見る事となった。完全な義体(ぎたい)を動かすために使用された。

 オートマトンやヒューマノイドとは異なり意思を持ち過去にサイボーグと呼ばれ今では義体人間(プロテーゼ・メンシュ)、略称PMと呼ばれた。


 人体AIデータは過去の知見(ちけん)から人の感情を表す事を自然に()()う事が出来た。

 絶えず人体データを生きているかのようにアルゴリズムがデータを変えつつ、その表面上には以前より存在する知覚(ちかく)AIと人格を分析したAIが共存する。


 特定の人物を真似る事により親近感を与えるように見えたが、人間よりさらに繊細(せんんさい)な意識を表現(ひょうげん)する学習データが存在するため何かの原因でデータ汚染が起こると人間らしさを失い、人としての行動が行えなかった。今日までは道具としてしか使って来なかったため、障害(しょうがい)が発生したらリセットで逃げていた。


 現実的に常時動作させるにはこの問題を改善する必要があった。

 医学者達は人体AIデータの内部にあるイニシエーションウェルと呼ばれた意識を(あら)わす機能のうち多階層(たかいそう)に混じり合ったデータを演算(えんざん)する仮想空間(かそうくうかん)を作り直した。


 入力した情報(じょうほう)から傲慢(ごうまん)強欲(ごうよく)嫉妬(しっと)憤怒(ふんぬ)淫蕩(いんとう)怠惰(たいだ)に結びつく言葉を抑制(よくせい)する。これは古来(こらい)より使用されたインターネット上の侵入防止(しんにゅうぼうし)システムのフィルタリングシグネチャに過ぎず辞書データを引用し断片的に情報を抽出していく。部分的に黒塗りにされた情報は分割して学習データとして階層の彼方へと記録される。


 これにより汚染されたデータの60%はカット出来ていた。

 言葉遊びでニュアンスのユーモアが70%カットされたことはこの時点でご愛敬(あいきょう)として欲しいと。

 ひと仕事を終えて旅立った学者のログに残っていたのを同僚によって見つかる。


 結果、下層(かそう)に配置されていたアルゴリズムは鏡像段階(きょうぞうだんかい)のような無垢(むく)赤子(あかご)の振る舞いしかできなくなった。

 その上層(じょうそう)である中間層(ちゅうかんそう)に知覚を補正(ほせい)するAI、対象者の人格を分析したAIを配置して、個人特有(こじんとくゆう)(くせ)を表現して認識者(にんしきしゃ)に人らしい印象(特徴情報(とくちょうじょうほう))を与えるようにさせた。

 上位層には四元徳(しげんとく)知恵(ちえ)勇気(ゆうき)節制(せっせい)正義(せいぎ))の情報補正を行なう聖霊の果実と位置付けらたAIを配置して全ての階層をマルチエージェントアルゴリズムに監視させる。

 これによって人体データに引きずられ常に善意の人格データに補正された。

 表現動作が行われるまでのラグが個人を特定する仕草を再現させ、データが出力するまで雑な3段階から繊細な7段階まで調整でき感情影響(トリガー)を検出し適合され表現動作を行う。

 かなりのポンコツ具合だが訓練する事で人の感覚を保てた。



 ――病室の寝台の上で母の声が聞こえる。

「ミサキ、ミサキ。起きて」

 目蓋を薄く開けると窓から差す日差しに照らされ母の顔が霞んで見えた。

 なぜ、寝ていたのかは解らない。

 長い長い間、眠っていたようにも思えた。母の声に自然と涙が溢れてきた。

 目の前の母も泣いていた。

 しばらく、感情に浸っているところに病院の先生が姿を見せ私に挨拶すると。

 その場で母と何かを話しているが耳に入ってこない。

 その会話に意識を傾けようとするが頭に入って来なかった。

 ふと、私が誰だったかと記憶が曖昧になる。


 そこに先生と一緒に来ていた看護師が私の名前を呼ぶ。

「ミサキさん、ミサキさん。少し眠りましょうね」

「は、はい」と力の抜けていく感じに沈みながら再び目蓋を閉じた。


 目の前で眠る少女を(なが)め母親は医師に(たず)ねた。

「先生。ミサキは本当に(よみがえ)るのですか」

「はい、今までの事例で42人、成功しています」


 サクラ・ミサキは5歳の時に事故で意識障害となる。

 精密検査では脳にも人体にも損傷はなく完全な健康体であるが意識が戻らず10年の闘病を送っていた。

 脳死と診断できず治療を続けていたところ新しい治療方法を研究する医師に説得されてPMの実験に協力する事を両親は承諾した。

 目の前で眠る少女は、ミサキに似せたPMである。


 これが3回目の起動実験だった。

 本人であるかのように関係者が振る舞い、PMに意識を持たせて内部の人体AIデータから障害原因を探るものだった。

 しかし、起動と同時に本人とは別の意識に混乱してデータを観測していた看護師より緊急停止を行った。


 医師は母親に話せない事を認識する。寝台に眠る少女には完全に別の人格が存在するからだ。

 今回の結果、分かっている事は採取したデータには現在のサクラ・ミサキの人格は存在しない。サクラ・ミサキの人体データから幼い5歳だった頃の記憶をシュミレートしたものをベースに両親から収集した記憶データを使用して疑似的な人格を生成した。

(上手く結合出来ていなかったのか……)


 そこで医師は母親に実験の中止を告げた。母親も今回の立ち合いで気づいているようだった。


 ――前回の実験の時。目覚めたPMはミサキのように振る舞った。

 たどたどしい会話に本人と言うよりは彼女の妹のような言動で母親は他人のように感じた。

 そのあとに記憶が曖昧になり「私の名前はミサキですか?」と尋ねたところで緊急停止される。


 今回の3回目の実験のあと、母親は悩み悩んで諦める事を決めて、これ以上の実験を行わないよう伝えた。

 しかし、医師はこの事象を検証するため起動実験を続けた。

 4回目は誰も立ち合わず、観察すると寝台から起き上がり床に落ちたところで停止させた。

 5回目の起動実験で驚く事が起こった。

 彼女は自分の名前をN-K0001/M# TypeAと名乗ったのだ。

 これは法令に基づき本当であれば処分しなくてはならないが、医師はこの事象データを欲しがったために処分をせず秘密裏に実験を続けた。


 ――暦の上では3月。肌寒い雨の降る窓の外を眺め、N-K0001/M# TypeA。

 別名マミは寝台の上にいた。自分がPMであり人の意識を持つ事を知っている。

 それはもう一人の小さな自分が意識の奥深くにいるからだ。それが昔の自分だったのかは解らないが今の自分は自分でありミサキと呼ばれる人物ではない。


「先生。今日は何を訊きたいの」

 マミは病室で検査データを確認していた医師に尋ねた。

「マミ。……自分が知っている事を話てごらん」

 医師は目を細め優しく微笑んだ。

「先生は私の事を訊きたいの」

「そうだよ。君の昔の事が知りたいんだ」

「うん。それじゃあねぇ……」


 マミは自分の曖昧(あいまい)な記憶を辿(たど)り、ひとつ、ひとつ、言葉を(つむ)いでいく。

 楽しかった事。悲しい事。始めて見た物。不思議に思った事。思い出した順に楽しく語った。


 そのあと自室に戻り椅子に腰を下ろした医師、奈良崗屋佑高(ならおかや ゆたか)は目の前のデジタル・ウィスプ(BCIホログラム)を眺めマミのデータからサクラ・ミサキの断片を探していた。


 これまでの事例ではPMにデータを合わせる事に成功しているが今回の事象のように別人格が現れる事が初めてだった。

 しかもその人格が、恰もPM本人であるかのような振る舞いをする。


 始めにサクラ・ミサキのデータを生成する段階で不具合が出るプロセスは存在しない。既定により生成したデータは国家機関である保健科学省の検査に合格している。

 これがあり得ない事であれば、バグと称して処分しなければならないが。

 だが、彼女の意識は存在するゆえにデータを取得する必要がある。


 ……サクラ・ミサキは解離性同一性障害(たじゅうじんかく)だったのか。――両親のヒヤリングにそれと思われる可能性はゼロで解析に使用したAIでも検証済みだった。事故の影響により解離(かいり)したのかは解らない。


 今までの検証から判断するに幼かった時はサクラ・ミサキと呼ばれる子供の側にマミがいる設定になっていて、マミは兄弟でも友達でも無い。背後霊的な表現とも言える。

「ふふふ、何故、こうなった?」

 これまでなかった新たな兆候から奈良崗屋は心を弾ませた。

 しかし、この行為がどのように影響するかはこの時点では解らなかった。


 ――それから3日後、マミは病院から姿を消した。

 防犯カメラに単独で逃走する姿が記録されている。

 奈良崗屋は警察に全ての事情を説明し捜索したが見つける事は出来なかった。


 ――さらに3ヵ月が過ぎて。

 晴天の空。アスファルトの陽炎が暑さを物語る初夏の陽射しと蝉の声。

 ここはミサキの自宅。玄関門の前に立つ薄汚い格好をした少女の姿があった。

 少女はその場でサクラ家を監視していた警察官達に背後から取り押さえられた。

「うわっ、離せ、離せ、やめろぉぉ! お願い。家族に合わせてぇぇ!」


 その騒ぎを聞きつけてミサキの父、ツバサは玄関の外へ出た。

「ミサキ!」

 目の前には病院の寝台で眠っている娘の姿をした人物がいた。

「ほ、本当にそっくりだ……」

 アスファルトの上で3人の警官に抑えつけられた自分の娘がそこにいる。

 ……自然と涙が頬を伝っていった。


「警察官の皆さん。彼女と少しだけ会話させて頂けませんか?」

「ああ、多分、大丈夫だ」

 一人の警官が少女の手を後ろに回して手錠を掛けたあと、うつ伏せになっている体を起こして立ち上がらせた。

 ツバサはその少女に近づき声を掛けようとしたが。

「お父さん。話を聞いてください」

 ミサキの姿をした少女はマミである。

「何だい。言ってごらん」

「私の中にミサキがいる。彼女がお父さんと話がしたい……」

 そう話すとマミは頭をだらんと垂れ下げ、すぐにキッと起こす。

 ツバサはぎょっと驚き、一瞬何が起こったのか解らなかったが彼女の目を見て気づいた。


「お父さん。……もう、苦労をしないで、……もうすぐ終わるから」

「おい、何を言ってるんだ。……本当にミサキなのか?」

「うん。マミさんの体を借りているの。もう終わりにして、……お父さん。今までありがとう」


 ツバサの隣にミサキの弟、ナギトが立っていた。

「お、お姉ちゃん」

 ナギトは2歳の時に姉が事故で入院したあと、家族の付き添いで病院で眠っている姿しか見た事がなかった。だが、ここに姿は汚れているが、しっかりと2本の足で立つ姉を見て感動していた。

「ナギト。大きくなったね。見舞いに来てくれてありがとう」

「うん。ぐずん。……お姉ちゃん。どうしてだよぉぉ」


 マミはナギトに声を掛けると天を仰いでそっと目蓋を閉じようとした。

「ミサキ。待ってくれ。カエデにも、何か、まだ、逝かないでくれ」

 再び、ツバサの顔を確認するようにマミは前を向き微笑むと僅かに首を振った。

「ううん。お母さんには、もう伝えてあるから、……お父さんは心配しないで」

 その言葉を最後に少女の精気は失われた。


「ミサキィィィィ――――!!」

 ツバサは少女の身体を抱き抱え、ぼろぼろと涙をこぼしながら娘の名を叫んだ。

 そこで少女、PMマミは完全停止して崩れ落ち警官達が慌てて支えた。

 少女を抱き寄せ、ツバサはその場で跪いて空を見上げた。

 彼の携帯には妻カエデからの通知音が静かに鳴り続けた。



 ――この奇怪な現象は世間に公表される事無く終わる。

 その当時、僕が見た姉に良く似たPMと呼ばれる義体は自宅前で駆け付けてきた保健科学省の職員によって回収された。

 PMの内部データを解析して姉の人格をどのように生成したか調査すると説明を受けた。


 僕は数年後、大学に進学して感性情報を学ぶ。

 あの時の姉と同じような事が再び、PMで出来るようにするためだ。

 それがエピローグデータとして新たな研究を追及して行きたい。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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