第一章 その参――時間遡行者[レイ]
「だってさ。お互いこれが、初めましてじゃないんでしょ?」
その言葉に、俺は絶句した。
どういうことか。それは何となく察することが出来た。
お互い即ち俺もこれが初めましてではない、とか、そんなことはない。
しかしそれは、この世界では、ということである。
そうだ、彼女はそうなのだ。
「……俺の時間が戻ったということ、知ってるんですか?」
彼女はそっと頷く。
そして微笑む。
「それどころか君と同じように、時間遡行に巻き込まれた……とまで言っておこうか」
透き通った水色のような、無色のような彼女の長髪は、どこから来たのか分からない静かな風によってたなびく。
彼女はそれをおさえながら、更に言葉を続けた。
「つまり、君の同志だよ」
魔界の風は暖かい。
彼女のその言葉を聞いた時、俺はふと笑ってしまった。
彼女もそれを見て、笑い始めた。
別に何も面白くは無かった。
しかし知り合いのはずなのに初対面のようにお互い演じているということは、滑稽であるに違いない。
ー ー ー ー ー ー ー
少し時間が経って、俺達は少し場所を移動した。
それはいつも話している場所で、いつもの通り気持ちのよい風が草むらを駆け抜ける。
話し始めたのはリーだ。
「いや~~、時間が戻っても魔王君は可愛いね」
可愛い……やはりそう豪語できるのは魔界広しと言えど彼女だけだろう。
それを聞いて、改めてそう思う。
「それより……時間遡行に巻き込まれた、というのはどういうことですかね?」
「――うーん。その前にちょっといいかい?」
え、あ、はい。
俺の言葉を遮って、リーは言う。
「あのさ~、人間の悪い癖とも良い癖とも取れるんだけど。そんな風にどちらが偉いというわけでもないのに、言葉を丁寧にする必要はないと思うんだ」
「――要するに敬語をやめろということですか?」
「うん、そうだね」
「え、あ、はい」
そうは言われても簡単に敬語をとるとか、簡単に敬語にするとか、そういうことは俺には出来ない。
だから意識することにだけはしておこう。そう思った。
「それで、君の質問はなんだい? 要するに、『巻き込まれた』というところが気になるのかな?」
はい。
俺は頷く。
「そうだね。要するに私達は、私達自身が無意識に時間遡行をしているのではない。とある魔女の時間遡行に巻き込まれているだけ、ということだよ」
――している? したではなく??
俺は耳を疑った。
「その通りだね。彼女は彼女の目的を果たすため、何回も、何回も時間遡行をする。それに私達は付き合わされ始めた、ってことだよ」
「何回も?」
「そう、何回も。とある目的を果たすまで、彼女はその遡行をやめないだろうからね」
それはつまり、無限を指しているのではなかろうか。
ある頂に辿り着けるまで、無限にループが行なわれる。そして俺はそれに巻き込まれる。結果というもののみを得ることは出来ず、その間の過程を長く見せられる。
それを指しているのではなかろうか。
無論彼女は、うんと答えた。
「……その目的は何か、分かるんですか?」
彼女は微笑む。
それがね……と、彼女は間を挟んで言った。
「勇者の勝利、即ち私達の負けさ」
………………。
…………。
……。
勇者の勝利。それって……。
「うんそうだよ、私達の敵が時間遡行をしている。皮肉なことに、君のパーティーの一員だよ」
一員。それは誰か。
一瞬それを気になってしまった。
ひょっとして俺と仲良かった奴らじゃないか? などと一人で絶望しようとでも思ったのか。
それは分からない。
「……それは誰。何という名前なんですか?」
相変わらず敬語は取れない。
そんな俺にリーはほくそ笑む。
「そうだね……確か、クララとか言ったかな?」