第一章 その弐――魔界[レイ]
魔王。
彼の能力は全部で15、魔法は全ての魔法を習得しており、単独での討伐は無理、というか一生討伐できないんじゃないかと人間界で騒がれている魔物だ。
だがそれ以上にそのオーラは、容姿が俗に言うショタにも関わらずとても魔王らしい邪悪な、強大なオーラである。
――そんな者を前に、俺はしている。
はぁ。
一つ溜息をついた。
また、魔王と話す日が来てしまうとは。
「…………レイ、と、申したな?」
「――はい」
「なぜこの魔界に来たか、話せ」
声こそ子供のようなのに、思わず畏まってしまうその圧力、威厳。流石と言うべきか。
魔王の前では、誰も一生嘘はつけまい。
だが、その威厳に勝つ強キャラ感を出さなければ、彼は俺を認めない。
それが前の世界の教訓だった。
現に俺は
だったら、思い切って――。
顔を上げた。目の前には魔王が、従者が何名かいる。
それを見て不敵に笑い、俺は一歩大きく踏み出す。その膝の上に手を掛けて。
そして、こう言った。
「この魔界に、魔王軍に勝利を与えに参りました。俺がいれば、この膠着状態を一瞬にして優勢に変えることが出来ます」
出来るだけ大きく、冷静に、堂々と。
何回俺は前の世界で勇者の間者だと思われ、牢に幽閉されたか。
そして何回「今一度」とチャンスを貰い、また気に入られず幽閉されたか。
その原因は、全く以て悪に見えなかったからだろう。
人間の味方に見えたからだろう。力強さが感じられなかったのだろう。意志が伝わらなかったのだろう。俺が勇者の裏切り者だと、思われなかったのだろう。
だが今俺は余程の悪のような表情で魔王を見ている。
これは作っている表情じゃない。心の底からの表情だ。
だから彼は。
「具体的に、どう貢献できると言うのか」
来た。予想通りだ。
俺は自信満々に答える。
「俺の能力は、大きな代償を支払う代わりに大きな強化を与えるというものです。勇者だったらそれは彼らの体力ですが、魔物は違います。俺の能力を使えば魔物は大きな回復・復活を得る上、大きな強化を得ることが出来るのです」
「……そのような我々に都合のよい能力があるとでも言うのか」
「はい」
従者達は騒然とする。魔王も同じく、少し動揺を示した。
まあそれもそうだ。復活というワードは結構チートだからな。
「それなら、ここにいる一つの魔物を蘇生してみせろ」
そこに出されたのは瀕死状態の、というよりほぼ死んだコカトリスだった。
蘇生は……出来そうな気がする。
「はい」
俺はそれに従い、その場で正座をして少しそのコカトリスに触れた。
……なるほど、精々心臓が微弱に動いている程度か。
それなら。
俺が能力を使用すると辺りが急に光り出す。
蒼い光、赤い光、黄色い光、緑の光、それら全ては混ざり合い、白と黒へと変わっていく。
その瞬間、コカトリスにその全ての光が吸収された。
渦がまいたと思ったら、それはすぐに終わり――。
コカトリスが……動き出す。
「おお」
コカトリスが魔王の肩に止まった時、思わず魔王は感嘆の言葉を漏らした。
俺はまたほくそ笑み、魔王に語る。
「流石にこのようなほぼ死にかけの魔物を簡単に蘇生することは出来ませんが、普通の回復と強化という用途なら、一度に多くの魔物をもう少し短時間で直すことが可能です」
勿論それは経験からだ。嘘などではない。
実演してから、魔王の俺を見る目は大きく変わった。
これなら、認められる可能性は高い。
――魔王は俺を訝しみながら熟考する。
「目的は何だ」
「俺の目的は、この能力で無双することです。全く役に立たなかったとして捨てた勇者軍に、後悔をさせたい」
「……なるほど」
魔王は何かを察したように、少し頷いた。
そして、最後に微笑んだ。
「気に入った。軍の傘下に加えることを許す。」
…………。
……。
「有り難き幸せ」
そう言いながら扉を閉める。
何か武家臭のする感謝だったが、まあそれはいい。
正直、ほっとした。
これで予想外の展開!? なんかものは全く望んでいない。だからだ。
それにしては……。
「緊張した……な……」
やはりあの異質な場所はいるだけでも疲れてしまう。やはり魔王の威厳からか、それとも従者の忠誠からか。
あ……そういえば、そんな場所で好き勝手出来る人がいたっけ?
そう……確か彼女は「それで、また魔王君にイタズラしちゃってね?」なんか言っていた気がする。
「こんにちは~」
そんな俺に話しかける者。
それはとても聞き覚えのある声で、まさに噂をすればなんとやらと言う言葉を想起させるような声だった。
そう、そうである。
彼女は、リーだった。
ー ー ー ー ー ー ー
「初めまして、君が噂の新人君?」
数週間ぶりに見るリーは相変わらずのほほんとしている。
いや、この世界では初めて会うのだし数日ぶりだの数週間ぶりだの無く、ここは初めて見ると言うべきだろうか。
「あ、はい。レイって言います」
俺はにこやかな顔を意識しながら自己紹介をする。
リーはそれに同調して、にこやかな顔をした。
「ふ~~ん。まさか魔界の住人に人間が加わることになるとはね~~」
そう、人間が魔界の住人になることは極めて異例、というか全く今まで無かったらしい。それ程人間が仲良し小好しなのか、正直驚きだった。
俺より前にパーティーから追放された人もいたと聞くが、その人達は果たして何をしているのだろうか。それと共に少し俺は気になる。
「……それで? 魔界はどんな感じの印象を受けたのかい?」
俺が愛想笑いをしていると、リーはしつもんを投げかけてきた。
えっと……。
何気に初めて訊かれる質問である。
「何というか、人間界とはやはり違う空気感で、少々萎縮してしまいます。なれるのには少し時間が掛かりますが、多分慣れたら居心地よさそうかなと思いますね」
「へー」
リーは何やら気のない返事をする。
何だ? 自分から訊いてきたのに興味ないのか?
そう思っていると、リーは次にこう誘ってきた。
「そういえば君の能力、アンデッドとかに使うとすっごい強さなんだよね? ちょっと私に使ってみてよ!!」
両手を広げて彼女は微笑む。
え、ああ、いいですけど。
俺は場所を移動することを提案する。
「それって、横たわってる人の方が能力使いやすいから?」
随分ドンピシャで当ててくる。というか逆にどうやって当てたんだ? と思いながら俺は「ああ」と答えた。
「じゃあ……」
リーはその場で寝転がった。
「いや待て!! ここって通路だぞ!? 土足で通る通路だぞ!?」
俺は抗議するがリーは気にしない様子。
思わず敬語が外れてしまった。
「は~や~く~。やって~~!」
随分とらしからぬ声で俺にねだりながら横たわり、ジタバタするところは本当にまるで子供である。
「あー……分かりましたよやりますよ」
俺も仕方なくその場で正座をして、能力を使った。
そう、なぜ横たわっている人の方がやりやすいか。それは俺が対象の心臓を触れながら正座して能力を使えるからだ。
勿論触れなくとも、正座しなくとも能力は使える。しかし明らかにその方がエネルギー効率が高く、それ故に強化量、回復量(対人であるとダメージ量だが)が高いのである。そして消耗する体力も普通と比べチェ段違いだ。
能力を使用する。
さっきと違い、今度は一瞬で修了した。
「おーー!!」
とても嬉しそうにはしゃぎ、跳びまくる様子は、正直可愛い。
どうやら、強化と回復どちらも実感したらしい。
「ありがとうね、とっても嬉しいよ」
リーはニコッと笑った。
それを見て俺も、「どういたしまして」と声が自然と出る。
そして――。
「じゃあ、そろそろ茶番は終わろうか」
リーは突然そう言った。
え?
俺は思わず聞き直してしまう。
そうするとリーは、こう答えるのだ。
「だってさ。お互いこれが、初めましてじゃないんでしょ?」