第一章 その壱――追放[レイ]
「今日はどこ探索だっけ? ダンジョン」
時間が戻っている――。
それに察した俺は、戸惑っていた。
俺のみのタイムスリップだろうか。何故? 何の所為で?
そう考えても分からない。何も心当たりが無い。そもそも理由というものがあるのか自体、疑うべきなのかもしれない。
理由がないのなら、これは偶然ということだろうか。多くの偶然発生した事象の中の一つだということだろうか。偶然……まあ必然を求めることこそ傲慢かもしれないな。
……流石に異世界転移やら魔法やらを見てきたからか、そしてまだ完全に信じられていないからか、顔には出なかった。察しがとことん悪いルミも、キョトンと無言の俺を見つめている。
彼女のくりくりとした目を見る。彼女はとにかく黙っていることが不思議であるようで、俺をひたすら見つめている。
少し目を細めて、そして更に見つめる。
――見つめる。
あ、そうか。
喋らなければ。
「さ、さぁ? どこだっけな?」
我ながら間抜けな声が出る。咄嗟に出した声が、そうだった。
それにしては久々だからか、随分と言葉一言で緊張するものである。
「も~なんで声が震えてるの? 何かルミに内緒でやましいことでもやったのかな??」
一方彼女の方は相変わらずの的外れで助かる。が、それを肯定するにしてもその内容が思いつかない。
えっと……。
俺は空を見ながら必死に考える。
雲が少し、晴天。気温は低く、湿度はそこまで。
だめだ。どうでもいい情報しか思いつかない……何か笑い話のやましい話を一つ、思いついたら良かったんだが。
「いや、ホントに何もない。ただ普通に忘れて動揺しただけだ」
……そ? ホントに?
ルミは俺に疑いの目を向ける。
勿論、俺は質問に対して適当に肯定するのみ。
やっと彼女とどんな感じで喋っていたかを思い出してきた。
「……で、どうするか? リーダーにでも訊きにいくか?」
それにしては、久々にタメ口をきいた。
追放されてからずっと敬語ばかりだった、それはずっと何も信用しなかったからだろう。
まあそれは人間不信と言うべきか、別のものと言うべきか。
今も信用はしていない。どうせこのパーティーは俺を見限ることは分かっている。
これは人間不信ではない、ただ未来を悟っているだけ。
これ程までの安心感はない。
「ちょっとスカされた感じがするんだけど……。うん……行こっか」
彼女は笑いながらそう答えた。
久々に彼女の顔を見るからか、彼女の笑顔が、とても嬉しそうに見える。
そんな彼女に手を引っ張られると、俺も自然と笑ってしまった。
ー ー ー ー ー ー ー
サラ。
さらさらとした長髪にそれに似合わぬ背。そしてリーダーとしての風格。
彼女こそ女性でありながら勇者パーティー本部とも言えるこのパーティーのリーダーを務める人物、そして実質的に俺を追放した主であり、その後も勇者軍総大将として魔王軍に立ちはだかった強敵である。
――前回の世界では、果たして死んでしまったのだろうか。それとも生きていたのだろうか。それはよく分からないが、強敵だったに違いない。
その統率力もさることながら、何しろ彼女の能力は『完璧』。
ほぼ全てをやらせれば使いこなす、天才少女。実は能力でないという噂もあるし、だとしたらより恐ろしいものである。
まあ全知全能でないだけマシ、と言えるのだろうか。
ヴァンサン。
深く茶色い中折れ帽を被って胡座をして座っているいかにも強キャラであるオーラを放っている。
屈強の男性副リーダー。武闘派で、どんな武器も極めている。
一見サラの下位互換に見えるが、その極め具合はサラ以上であり、王国屈指の……というか一位の……というかそもそもこの世界一位の武闘派能力者である。
そして能力は『アイテムボックス』。その名の通りアイテムを質量大きさ関係なく収納できるアイテムボックスを持っている。
前回の世界で俺無しで倒せなかった人物、だった。
さて、そんな二人が今俺とルミの目の前にいる――勿論それは不自然なことでは無く、俺は決して憚らずにタメ口で接していいんだが、やっぱりそれも久しぶりのことで緊張感を覚えた。
「…………」
「…………」
しばらく無言が続く。
それは長く、長く長く長く。
やがてサラが口を開いた。
「ど、どうした……の、の~?」
こちらも相変わらず声が震える。
「えっと、今日どこ探索だっけなって……訊きに来ました」
ルミが答える。
「え……じゃあなぜずっと無言……?」
「いや、何か無言の気分だったので!」
「それって話になら無くない!?」
「てへっ」
サラ。もうちょっとツッコミ捻った方が良いんじゃ無いか?
そういう謎のツッコミは俺はやめておくこととする。
というかこれ、ツッコミなのか?
「と、とにかく。えっとね、今日はうちのパーティー非番だよ? な、何の仕事もない。だから自由に過ごしてて……いいんだよ?」
サラは必死に言葉を紡ぐ。
ルミは謎のテンションで「イエッサー!」と続けた。
なぜサラの前ではこんな巫山戯るのだろうか。よく分からん。
まあそれにまた懐かしさを覚えるのだが。
……さっきから懐かしさ覚えすぎているな。
「あ、そういえばレイ……」
去ろうとした時、サラに呼びかけられた。
「……何ですか?」
一瞬敬語かどうか惑ったが、敬語にしておいた。
多分不自然でないと思う。
「き、来た時から全然活躍できてないと思うけど……その、気にしなくていいからね? 誰しも苦手っていうものが、あるんだし……」
必死にサラは言葉を作っていた。
……ならなぜ追放するのか。
思わず抗議したかったが、言えなかった。まだ確定してない事実だ。必ずしも彼女は裏切るとは限らない。この言葉が切っ掛けで……ということもあるかもしれない。そう思ってしまったからだ。
「ありがとうございます」
目は見なかった。ただ何も考えずに出た言葉だった。心からではなく、上辺の感謝。
全くなぜそんなことを今言うのかと心の中では呆れてすらいる。
俺は歩を進める。ドアを開けて、ルミも出たところでドアを閉める。
ルミは出た後、俺に呼びかけた。
「というわけでレイ。今日一日、付き合ってよ」
……?
何に付き合うのだろうか。このような出来事があった記憶なんて、ない。
「ああ、何にだ?」
俺の問いに彼女は笑った。
そして答える。
「ちょっと買い物にね」
ー ー ー ー ー ー ー
買い物、それは本当に買い物だった。彼女の友達への誕生日プレゼントを一緒に選んで欲しかったらしい。
その人は男で、同性である俺の言葉は参考になると考えたからだった、ということだ。
「ありがとね」
何てことも無い。ただの筆記具を入れた袋を持って、彼女は去って行く。
それを見ながら俺は、溜息をついた。
全く、何に付き合ったのだろうか。
なぜだろうか。
それは知らないのである。
ー ー ー ー ー ー ー
それから特に何も無く、そのまま時間は過ぎた。
そして二日三日経ち、ちゃんとあの時はやって来た。
『退去願い』
それが渡された瞬間――。
また俺は、追放された。