~ 序章 ~[レイ]
――久々に晴れた朝。
俺はぽつりぽつりと屋根からつたる雨水を見た。
それはとても綺麗で、清々しい朝だった。
「――おはよう」
「あ、おはよう」
異世界に来てから、はや三年が経っていた。
未だ魔王の討伐は終わってなく、俺は相変わらず役立たずのまま能力『強化と代償』というダサいスキルを使って戦っている。
能力内容は味方にダメージを与える代わりに身体能力を強化するという何とも言えない能力だ。敵に当たればなぜか回復した上身体能力強化というのだから、もう攻撃にもバフにも使えない。
そう……俺は使えない人である。
思えばこの異世界に来た時はワクワクが止まらなかった。幼なじみと、色んな人と異世界に来られて、寂しさもなかった。あの希望はどこに行ったのだろう?
最低賃金で働かされ、パーティーでは役立たずで、いつの間にか友達とははぐれていて…………。はぁ、残酷だなぁ。
トントン。
溜息をつく俺の肩が重く、優しく叩かれるのを感じた。
振り向くと、そこには俺の仲間の姿がいた。一言「レイ」と、俺の名前を呼ぶ。
その声はいつものような優しさはなく、とても神妙な顔持ちで俺を見ていた。
いつものような笑った可愛い顔ではなく、ただ神妙に。
どうやら、とても深刻な話があるらしい。
「どうしたの……ですか?」
思わず敬語になってしまう。
彼……彼女……その人は一つ、紙を手渡してきた。
その紙には、こう書かれている。
『退去願い』
…………?
どういうことだ? と俺は読み進める……と。
『今後当パーティーとは接点を持たないこと。』
大きく目に見えたのは、その言葉だった。
思わず絶句してしまう。
……。
「――どういうことだよ……?」
やっと出た言葉がそれだった。
「そのままの意味。貴方をこのパーティーから追放します。これはパーティー内で決定しました」
慣れない敬語を使って、その人は言った。
その書にはちゃんと、リーダーの署名が書かれていた。
「いや……いや……」
何を否定しているのか、こうなると自分でも分からないものである。不可解なものである。
そんな俺にその人は、ただ言葉を続けた。
「今すぐ支度をしてください。でき次第、出て行って下さい」
無感情に、そして冷淡に。
俺はもう、言葉を失う。
それは衝撃的なことだったからだ。
少なくとも、そんなことは言われないと思ってたからだ。
「……なんで立ち去らなきゃいけないか、聞いていいですか?」
「ご自身がよく分かっているでしょう?」
……ッ。
せめて……言って欲しい。そっちの方が、まだ諦めようがある……。
「とにかく今日中に荷物を片付けて下さい。私も手伝いますので」
その人の冷酷な言葉を聞いて、俺は地面に膝をつけていた。
それが、せめてもの情けという奴か。
そうか……本当にそうなんだな。
俺は、パーティーから追放されたんだな。
自然と涙が出ようとした。
その涙は、なぜか消えた。
ー ー ー ー - ー ー
一ヶ月?
二ヶ月だろうか。
いや、三ヶ月だろうか。
もう人間界からこの魔界に来て幾月経ったか分からないが、俺はこの魔界に生活していた。
それにしては、ここでの生活は色々なことを忘れられて気持ちが良い。
どうして、こうなったのだろう。
想起してみても、微かにしか思い出せない。
いくつかのアンデッドが通り過ぎている。
いつもの、魔界の風景。と言いたいところだが、また人間が増えている。
どうやら人間と魔物の戦争では、魔物が優勢らしい。
まあ、それもそうだ。たとえ死んでしまっていても、俺の能力で治せてしまうのだし。
「こんにちは~」
珍しく非番の俺に、一人の―― 一つの? 霊が話しかけてきた。
こんにちはです~と俺は返答する。
蒼い人魂を二つそして水色の服を纏い、モエソデというような感じで手を隠している足の無い正しく少女の幽霊に見えるこの幽霊はリー。俺が魔界に来た時、一番最初に仲良くなった魔物……じゃないな、幽霊は。
幽霊って魔物では無いよな。……じゃあ何だろう。――? 魔物でもいいかもしれない。
まあ、それはさておき。
まさか魔物側に幽霊がいるとは……そう思う人もいるかもしれない。
実際、俺もそう思った。勇者として活躍、ではなくただ戦闘を傍観していた頃、幽霊なんか見なかっからな。
「今君、暇かい? 暇なら話そうよ」
「ああ、はい。大丈夫ですよ」
ただ魔界を見ながら、我々は色々話してみる。
この間あったことやその他愛の無い話。考えてみれば冒険者の時はこんなに楽しく話すことはなかったと思う。
「それで、また魔王君にイタズラしちゃってね?」
考えてみればパーティーにいた時会わなかったのは、それもそのはずである。
何しろ彼女は戦わない。ただ普通に「暮らしている」だけであるのだ。
だから彼女とは戦いの話にならないし、武器の話も魔法の話も始まらない。
ひょっとしたらそのおかげでここまで楽しい話が出来るのかも、しれないな。
それにしてはよく嬉しそうに話す幽霊である。
「もうとっても怒ってる姿も可愛くて、また苛めたくなっちゃう」
「それいつか殺されないか? 幽霊だから殺せんけど。例えば存在抹消されるとか」
「まー存在抹消されたらされたでいいでしょ」
随分と簡単に言い切る人だ。
冗談として笑っているのか、それとも本当にそうなのか。
実際、真面目に聞いてみたかったりする。幽霊は命の執着が無い。なら存在の執着はあるのだろうか、と。
「そういえば、すっごい重要な話もあってさ。君にとっても、私にとっても」
……?
何だろう。
ふと彼女を見やる。
「えっとさ、実はね……」
実はね
じつはね
ジツハネ
ジツワネ
JITSUWANE JITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJITSUWANEJI――。
バグったような音が重なっていく。
周りは異質な空気を持った紫色の異空間に包まれ、その謎の情報量により頭がパンクしてしまいそうな感覚を受ける。
「は!?」
そして次、悪夢から覚めたように気付いた時。
そこは……見覚えのある風景。
綺麗な風景、それと共に嫌な思い出の場所。
「やっはろー!!」
どこかのラノベで聞いたことのある挨拶――。
それをする彼女に、俺は見覚えがあった。
「あ、ああ……おはよう」
そう、それは俺がパーティーに入ってた時に仲良くしていたルミという女性だった。
仲良くしていたというよりは、仲良くされていたの方が近いが。
「今日はどこ探索だっけ? ダンジョン」
どこだっけって……何を言っているのだろうか。俺は追い出されたんだぞ? 俺は今、魔王側にいるんだぞ??
そう言おうとした瞬間、俺は気付くのである。
俺の服装は、魔界で着ていた服ではなく勇者パーティーにいた服装であること。
やましいことを考えていると顕著に出る彼女が、全くもってその特徴がないこと。
俺が追い出される前に切り倒された木が、前と同じように育っていること。
今は夏のはずなのに、霜が経っていること。
そして……察するのだ。なぜか確信するのである。
そう。
時間が戻っている。