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精霊会(しょうりょうえ)、板張りデッキの片隅に

作者: 雪 里 枝
掲載日:2020/08/27

 参考にした駅は、宗谷本線の北星駅です。


 検索すると、インパクトのある画像がいっぱい出てきます。

 令和の世に、いまだこんな駅があるというのが凄い‥‥

 ホーム‥‥ と言っていいのだろうか‥‥‥



 隙間の空いた、木製の板張りデッキだけが‥‥ ポツンと‥線路に寄り添っている‥‥‥



 同じく板張りのスロープは砂利道に続き、少し離れた所に小さな小屋一つ‥‥



 掲げられた古い大きなホーロー看板は、まだ鮮やかな赤色を残し、懐かしい書体の白い字が[毛織の北紡]と踊る。


 ‥‥‥でも‥‥強い色味はそこにだけ‥‥‥


 年季の入った壁板は、ところどころ剥がれかけ‥‥ 赤いトタン屋根は、永い月日の陽射しに負けて色褪せている‥‥

 


 それはまるで‥‥ すごく古びた、農家の納屋のようで‥‥‥

 だけどそれが、この駅の待合室‥‥‥


 ‥‥たまに普通列車すら通り過ぎるこの駅の、唯一の建物‥‥‥



 ‥‥この駅のデッキの片隅に‥‥毎年八月、精霊会しょうりょうえ‥‥ 私は一人、帰ってくる‥‥


 ‥‥‥幽霊の体となって‥‥




「お帰り姉さん」


「‥‥ただいま‥‥」


 声のする方を向くと、弟が小さな花束を手にやって来ていた。彼はいつも、このデッキに花を供えてくれる。


「ごめんね、毎年‥‥」


「謝らないでよ。別に好きでここで死んだ訳じゃないだろ?」



 そして弟の背中に取り憑かせてもらって、家の仏壇まで連れて行ってもらう‥‥


 ‥‥それが毎年の恒例‥‥


 弟だけが、私のことが見えるから‥‥‥


 




 ‥‥‥ちーん‥‥


 二人きりの仏間に、御鈴おりんの音が静かに響く‥‥ 父と母は、まだ畑に行っているのだろう。


「大学の方はどう‥‥?」


「うん‥‥ まぁ、ぼちぼちかな」


「そう‥‥」


「にしても実感湧かないなぁ‥‥ もう姉さんの歳、追い越したなんて」


「フフッ‥‥そうね」



 そう‥‥私が二十歳で死んだとき、弟はまだ中学生だった。


 遠くの高校に行っても、大学に行っても、毎年私の為に里帰りしてくれた健気な弟が‥‥

 今年初めて‥‥年上になった‥‥‥





 ‥‥‥‥‥





 それから一年の時が流れ、私はまた、このホームに帰って来た‥‥


「お帰り姉さん」


 いつもの声に振り向くと‥‥弟と一緒に、一人の女性が立っていた。年は弟と同じ位だろうか‥‥


「お姉さんって‥ここで‥‥?」


「うん‥‥大雪の日で、道が埋まって救急車が来れなくってね‥‥‥ ここで電車を待ってたんだけど、来るまで一時間もあったから‥‥」


「そうなの‥‥」



 今年はあまり二人きりになれなかった。


 だから弟と、あまり話せなかった‥‥



 わずかにあった時間にそれとなく聞いたら、あの子は弟の彼女だった。


 ‥‥そっか‥‥‥ そうよね‥‥‥


 弟は、私の知らない時の流れの中で生きているんだから‥‥


 今年、彼は大学を卒業する‥‥ もしも‥‥すごく遠くに就職したら‥‥‥




 ‥‥来年は‥‥‥一人ぼっちなのかな‥‥‥





 ‥‥‥‥‥





 そしてまた、一年が過ぎた‥‥


 アブラゼミの鳴き声が降り注ぐなか‥‥線路の向こうに広がるイタドリ林を、何をするでもなく眺めていた‥‥



 ‥‥すると、


「お帰り姉さん」


 ‥‥弟の‥‥声が耳に届いた‥‥

 そちらを向くと、弟と‥‥ 少し離れた所に、例の彼女が立っていた。


「‥えっ‥‥ 今年も‥‥帰って来てくれたの‥‥?」


「え~と‥‥姉さん、俺‥‥ 父さんの畑継いだから‥‥」


「‥‥え!?‥‥ でもそんなこと一言も‥‥」


「いや‥‥去年はまだ、父さんが渋ってたから‥‥」


「‥‥で‥でも‥‥どうして‥‥」


「そりゃあ‥‥ 姉さんに寂しい思いはさせられないだろ‥‥」



 胸に‥‥暖かいものが込み上げた‥‥ もうこの世にいない私のことを、こんなにも気遣ってくれていたなんて‥‥‥



「あと‥‥ 明後日、俺結婚するから‥‥」


「‥そっ‥! そうなの‥‥よく来てくれたわね‥‥」


「ホントにねぇ。姉さんのお墓のことがあるって言ったのに、二つ返事で‥‥」



 駅から家までの道行きに、取り憑いている弟の背中に声を掛けた。


「‥‥ねぇ‥いつか‥‥ いつかでいいから、彼女さんに‥‥ ありがとうって伝えられないかな‥‥」


「大丈夫ですよ、お義姉さん」


「「えっ‥‥!」」



 思わず‥‥ 二人で彼女を見た‥‥‥



「ちゃんと聞こえていますから。」



 ‥‥そう‥‥彼女は、私のことが見えていた‥‥ それでも、私のことを‥‥弟のことを気持ち悪がらず受け止めてくれていたなんて‥‥‥


 そして弟も初耳だったらしい。二人で一緒に驚いているのが、なんだか少し可笑しかった‥‥‥




 そして私は弟に取り憑いて、結婚式を祝うことが出来た‥‥‥


 まさか、もう先立ってしまった私が、弟の結婚を祝福する事が出来るなんて‥‥‥





 弟のグラスの水面みなもが時折揺れる‥‥


 それはきっと、私の涙が落ちたから‥‥


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― 新着の感想 ―
[良い点] 20歳という若い身空でお亡くなりになったのは御気の毒ですが、霊感のある弟さんと彼女さんが故人への思い遣りと敬意を払える人だった点が、このお姉さんの救われている点ですね。 故人が生者を案じ…
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