精霊会(しょうりょうえ)、板張りデッキの片隅に
参考にした駅は、宗谷本線の北星駅です。
検索すると、インパクトのある画像がいっぱい出てきます。
令和の世に、いまだこんな駅があるというのが凄い‥‥
ホーム‥‥ と言っていいのだろうか‥‥‥
隙間の空いた、木製の板張りデッキだけが‥‥ ポツンと‥線路に寄り添っている‥‥‥
同じく板張りのスロープは砂利道に続き、少し離れた所に小さな小屋一つ‥‥
掲げられた古い大きなホーロー看板は、まだ鮮やかな赤色を残し、懐かしい書体の白い字が[毛織の北紡]と踊る。
‥‥‥でも‥‥強い色味はそこにだけ‥‥‥
年季の入った壁板は、ところどころ剥がれかけ‥‥ 赤いトタン屋根は、永い月日の陽射しに負けて色褪せている‥‥
それはまるで‥‥ すごく古びた、農家の納屋のようで‥‥‥
だけどそれが、この駅の待合室‥‥‥
‥‥たまに普通列車すら通り過ぎるこの駅の、唯一の建物‥‥‥
‥‥この駅のデッキの片隅に‥‥毎年八月、精霊会‥‥ 私は一人、帰ってくる‥‥
‥‥‥幽霊の体となって‥‥
「お帰り姉さん」
「‥‥ただいま‥‥」
声のする方を向くと、弟が小さな花束を手にやって来ていた。彼はいつも、このデッキに花を供えてくれる。
「ごめんね、毎年‥‥」
「謝らないでよ。別に好きでここで死んだ訳じゃないだろ?」
そして弟の背中に取り憑かせてもらって、家の仏壇まで連れて行ってもらう‥‥
‥‥それが毎年の恒例‥‥
弟だけが、私のことが見えるから‥‥‥
‥‥‥ちーん‥‥
二人きりの仏間に、御鈴の音が静かに響く‥‥ 父と母は、まだ畑に行っているのだろう。
「大学の方はどう‥‥?」
「うん‥‥ まぁ、ぼちぼちかな」
「そう‥‥」
「にしても実感湧かないなぁ‥‥ もう姉さんの歳、追い越したなんて」
「フフッ‥‥そうね」
そう‥‥私が二十歳で死んだとき、弟はまだ中学生だった。
遠くの高校に行っても、大学に行っても、毎年私の為に里帰りしてくれた健気な弟が‥‥
今年初めて‥‥年上になった‥‥‥
‥‥‥‥‥
それから一年の時が流れ、私はまた、このホームに帰って来た‥‥
「お帰り姉さん」
いつもの声に振り向くと‥‥弟と一緒に、一人の女性が立っていた。年は弟と同じ位だろうか‥‥
「お姉さんって‥ここで‥‥?」
「うん‥‥大雪の日で、道が埋まって救急車が来れなくってね‥‥‥ ここで電車を待ってたんだけど、来るまで一時間もあったから‥‥」
「そうなの‥‥」
今年はあまり二人きりになれなかった。
だから弟と、あまり話せなかった‥‥
わずかにあった時間にそれとなく聞いたら、あの子は弟の彼女だった。
‥‥そっか‥‥‥ そうよね‥‥‥
弟は、私の知らない時の流れの中で生きているんだから‥‥
今年、彼は大学を卒業する‥‥ もしも‥‥すごく遠くに就職したら‥‥‥
‥‥来年は‥‥‥一人ぼっちなのかな‥‥‥
‥‥‥‥‥
そしてまた、一年が過ぎた‥‥
アブラゼミの鳴き声が降り注ぐなか‥‥線路の向こうに広がるイタドリ林を、何をするでもなく眺めていた‥‥
‥‥すると、
「お帰り姉さん」
‥‥弟の‥‥声が耳に届いた‥‥
そちらを向くと、弟と‥‥ 少し離れた所に、例の彼女が立っていた。
「‥えっ‥‥ 今年も‥‥帰って来てくれたの‥‥?」
「え~と‥‥姉さん、俺‥‥ 父さんの畑継いだから‥‥」
「‥‥え!?‥‥ でもそんなこと一言も‥‥」
「いや‥‥去年はまだ、父さんが渋ってたから‥‥」
「‥‥で‥でも‥‥どうして‥‥」
「そりゃあ‥‥ 姉さんに寂しい思いはさせられないだろ‥‥」
胸に‥‥暖かいものが込み上げた‥‥ もうこの世にいない私のことを、こんなにも気遣ってくれていたなんて‥‥‥
「あと‥‥ 明後日、俺結婚するから‥‥」
「‥そっ‥! そうなの‥‥よく来てくれたわね‥‥」
「ホントにねぇ。姉さんのお墓のことがあるって言ったのに、二つ返事で‥‥」
駅から家までの道行きに、取り憑いている弟の背中に声を掛けた。
「‥‥ねぇ‥いつか‥‥ いつかでいいから、彼女さんに‥‥ ありがとうって伝えられないかな‥‥」
「大丈夫ですよ、お義姉さん」
「「えっ‥‥!」」
思わず‥‥ 二人で彼女を見た‥‥‥
「ちゃんと聞こえていますから。」
‥‥そう‥‥彼女は、私のことが見えていた‥‥ それでも、私のことを‥‥弟のことを気持ち悪がらず受け止めてくれていたなんて‥‥‥
そして弟も初耳だったらしい。二人で一緒に驚いているのが、なんだか少し可笑しかった‥‥‥
そして私は弟に取り憑いて、結婚式を祝うことが出来た‥‥‥
まさか、もう先立ってしまった私が、弟の結婚を祝福する事が出来るなんて‥‥‥
弟のグラスの水面が時折揺れる‥‥
それはきっと、私の涙が落ちたから‥‥




