第85話 お出迎え
お待たせしました。
更新です。
付添い?の近衛さんの案内で城の中へ入ると同時に見知った顔が待ち構えていた。
「来たか」
セレニア王国騎士団の頂点に立つ男――
「騎士団総長様がお出迎えとは畏れ多いな」
アレクセイ・フィン・ダーレンドルフ――
現状この世界で出来るだけ敵に回したくない相手トップ3だ。
「陛下がお待ちだ、来い」
こちらの言葉に反応は返さず踵を返すとそのまま歩きだす。
付添い?の近衛さんの案内はここまでのようで、無言でついていくよう促されてしまい渋々アレクセイの後について歩き出した。
静まりかえる城内をアレクセイの背を無言で眺めながら歩く。
(流石と言うべきか、当然と言うべきか……)
一見、無防備に背を向けている様だが実際は毛ほどの隙もない。
極めて自然体なのに隙は皆無。
(敵にならない事を祈るばかりだな……それにしても――)
お城と言えば煌びやかなイメージだが、今いる場所は少しばかりイメージとは異なる。
床、壁、天井はシンプルで殆ど装飾されておらず、規則正しく並んだ部屋の扉も至って普通の木の扉だ。
お城の廊下に並んでいそうな美術品や調度品は皆無で人の気配も感じられない。
廊下は見通しが悪く、十字路、T字路が頻繁に現れ、また同じ景色が繰り返される。
何より一切窓がない。
明るさは困らない程度の照明が設置されているが、天井が高くない事も相まって閉塞感がかなりのものだ。
(知らない人間は案内が無ければ間違いなく迷う造り――まぁそういう事だよな)
恐らく少しでもルートを間違えれば同じところをぐるぐると迷うか、行き止まりばかり姿を現すんだろうな。
「ふん、臆病者が考えそうな造りだ。 我ならばもっと堂々とした城造りを考えるぞ」
「余計な事言うなよ、むしろ考えてみれば普通だろコレ」
守る側からすればこの造りは理に適っている。
侵入されづらく、狭い通路は一度に移動できる人数もかなり制限出来るだろう。
それ以外にも色々と利点は多そうだ。
「この通路は地下牢にも繋がっている。 逃げ出す事も困難な造りだ」
驚いた。
前を歩くアレクセイが突然そんな言葉を口にしたのだ。
「おいおい、そんな重要な事話しちゃっていいのか?」
「肝心の地下牢が何処にあるか分からなければ意味は無い。 そして凡夫ならばいざ知らず、貴殿は造作も無く来た道を引き返しそうだ。 ならば隠す意味はないだろう」
もっともらしい理由を語るが、そもそも俺がここまでの道のりに意識を払っていた事を気取られてたってのが驚きだ。
それにもう一つ驚いたのは――
「思ったよりおしゃべりだな、もっと寡黙な男かと思ったよ」
「貴殿は思いのほか静かな男のようだな、貴殿の父親は騒がしい男だった故、少々驚いている」
「その父親から怪しい人と危なそうな人とは安易に口を聞いちゃいけませんって教えられたからな」
アレクセイが親父を知っている事に驚きはない。
もっとも事前にルークとアーサーから知らされていなければ多少は動揺したと思うけどな。
「母親譲りの冷静さと父親譲りの戦闘センス、なるほど確かにあの2人の息子と言われても納得だ、その減らず口も含めてな」
そう話すアレクセイの気配がほんの僅かに和らいだ気がした。
だがそれも本当に一瞬の事――
既に目の前を歩く男は先程までと変わらない、隙のない背中に元通りだ。
『おい』
『ん?』
クロが頭の中で話しかけてくる。
『貴様、ここまでの道のりを覚えているのか?』
……頼りない相棒に思わずため息が溢れた。
♦︎
リサちゃんとウェインさんの2人とともに馬車を降り、騎士の方に従って生まれて初めて登城すると、そこはまさに豪華絢爛な見知らぬ世界でした。
お世話になっていた銀嶺荘も充分過ぎるほどに綺麗で豪華な内装でしたが、私のような田舎者でもはっきりわかる程の差を感じてしまいます。
そんな城内に目眩を覚えつつ案内されたのは、やはり煌びやかで豪華な一室でした。
大きなテーブルの上には料理やお菓子、お酒を含む飲み物も用意されています。
「こちらの部屋でお待ちいただくよう仰せつかっております。 テーブルの上のものはご自由にお召し上がり下さい」
と言ってくださいました。
「こちらの部屋から出る事はご遠慮下さい。 何かありましたらこちらのベルを鳴らしていただければ伺います」
そう言うと小さなハンドベルを置いて騎士さんは早々に部屋から出て行ってしまいました。
「ステラ、これ食べていい??」
リサちゃんは目を輝かせていますが、その余裕が今は羨ましいです。
「いやースゴいっすねぇ……まさか自分が王城の、しかもこんな豪華な部屋に案内されるとは……人生って分からないっすね」
ウェインさんも余裕がありそうです。
私はずっと緊張しっぱなしだというのに……
「主人は少し肩の力を抜いた方がいいのぉ、この部屋の歓待具合を見る限り少なくとも直ぐに事が荒れるような状況ではなさそうじゃ」
「そうっすよ、今はアニキを信じてくつろがせて貰うっす」
ウェインさんはそう言うとテーブルの上に用意されている料理を手でつまむと口の中に放りこんだ。
「あ! ウェインずるい、わたしも食べる」
リサちゃんも同じように料理に手を伸ばすと口に放り込もうとする。
「おふたりとも、ミナトさんの話を忘れたんですか?」
そう言うとおふたりの動きが凍りつきます。
困ったものですね。
「相手の出方が分からない以上、軽率な行動は禁止。 好意的に見えても油断せず、間違っても単独行動したり食事や飲み物に手をつけない事――」
ミナトさんの言葉をくちにするとみるみるおふたりの顔が青ざめていきます。
完全に忘れていた様です。
それは行動を見れば分かりきった事でしたが、少々緊張感が足りません。
ここはひとつ、気を引き締めてもらいましょう。
「おふたりの行動は後ほど、ミナトさんに伝えておきますね」
「「…………」」
♦︎
「例の男が登城したらしい」
白い鎧を纏う青年――
女神より祝福を受け、人々を守る使命を負ったこの世界の希望――
勇者ラグナが聖光騎士の伝令を受け、そう仲間たちに声をかけた。
「お城に何の用かしらね?」
黒いローブに同じく黒い広めの鍔の三角帽子
勇者パーティーの魔術師、カレン――
「面倒になってきたな、やはりさっさと潰しに行けば良かったんじゃないか?」
強靭な肉体に動きやすさを重視したライトアーマー、勇者パーティーのタンク兼戦士であるガイン――
「セレナが逃すからこんな事になるのよ」
何度目かになるカレンの嫌味に同じく何度目かの理由を口にする。
「あの時は迷子の男の子もいたのです。 それに、その時の彼は到底魔族とは思えなかったのです」
その言葉には少しばかり嘘が混じっている。
あの時、彼が発していた魔力は人間とは思えないものでした。
しかし、同時にどうしても彼が邪悪な存在とは思えなかったのです。
その結果、追求を迷っている間に彼は立ち去ってしまったのです。
「その件はもういいだろう、どちらにしてもセレナひとりでは危険だし、何より町の人が危険に晒されていたかも知れないんだ。 セレナの判断は間違っていなかったよ」
ラグナはそう言ってカレンを宥めつつ、わたくしに優しい笑顔を向けてくれます。
「とにかく僕たち教会の人間は王都では肩身も狭い、今は有事に備えよう」
ラグナの言葉にカレンとガインは渋々な様子を見せつつも従う姿勢を見せる。
有事に備える――
本当にそんな事になるのでしょうか?
わたくしは何故かそうならない事を心の片隅で祈るのでした。