第83話 すっかり忘れてたっス!
決闘を終え、俺たちは全員でルークの屋敷へと戻ってきた。
もちろんポーク一団は置いてきた。
屋敷ではセルジュさんがお茶を用意して待っていてくれたので落ち着く為にも全員揃ってお茶をいただく事にした。
ルークは色々言いたげだったが、ため息を吐かれただけで結局なにも言ってこなかった。
アーサーは「無事でよかった」と言ってくれたが、剣術ができる事を黙っていたのには文句を言っていた。
魔の森から一緒にいたみんなは知っていたので今回の決闘に関してはなにも心配していなかったとか――
ま、何はともあれ面倒が片付いてくれて良かった。
ラピーナの従属がどうのこうに関しては―― 忘れよう。
「しかし貴様もやるではないか」
「は?」
雑談の最中、それまで黙っていたクロがそんな事を言い出した。
「なに言ってるんすか、アニキならあんな貴族に勝つのは当然っス!」
ウェインはそう言って胸を張る。
お前のその圧倒的信頼感はどこから来るんだ……
「勝敗の話ではない」
俺だけでなく、ほぼ全員が頭の上に疑問符を浮かべる。
ホント何言ってんだ?
「では聞くが、ミナト貴様は当初はどうやって勝つつもりであった? 無論勝ち方の話だ」
「あー、まぁ適当に攻撃を捌いて実力差を見せてから意識を奪って勝つつもりだったな」
その発言にクリス達が苦笑いを浮かべ、遠い目をする。
なんだその意味深な表情は!
「仕方ないだろ、瞬殺して不正だなんだ因縁つけられたらまた絡んできそうじゃん!」
「な、なるほど確かにあのプライドの高いラピーナならばあり得ない話ではありませんね」
クリスが納得したように頷いた。
「だが、実際はどうだ?」
「実際って、多少やり過ぎた感はあるけどアレはだな――」
「うむ! 最初は余裕を見せ、かと思えば闘技場全体を威圧するかの如く殺気を撒き散らし、剣士の誇りである剣を叩き折り、素人目にはなにが起きたかも分からんままあの男の鎧を切り刻んだ」
うん。
まぁそうだね。
結果だけ見れば確かにその通りだ。
「この場にいる者に聞こう、ミナトの所業、どう映る?」
「鬼」
「言われてみればエグいっすね」
「「「容赦ない」」」
リサ、ウェイン、クリス隊の順でそんな事を言う。
覚えてろよ……
「その上であの貴族を従属させたのだ。 貴様の名は今にこの国中に広まるであろうな、貴様の所業とともに」
ニヤニヤと非常に腹立たしい笑みを浮かべる。
いや待て、今はそんな事を気にしている場合ではない。
思わずルークに顔を向ける。
目が合った瞬間、顔を逸らされる。
「……アーサー?」
「自業自得です」
本当は目立ちたくないのに、なんでこうなるんだ?
自業自得ですかそうですか……
「良いではないか、貴様の目論見は貴族の茶々入れをやめさせる事であろう?」
「……」
そう、なん、だけど、さ……
「あ!!」
人がへこんでいると突然ウェインが大声を上げた。
なんかすげぇ嫌な予感がするのはなんで?
「すっかり忘れてたっス!! アニキ大変っス!」
ほら! もう聞くまでもなく絶対悪い話だよ!!
「勇者パーティーが王都に来てるっス!!」
もうヤダ……
♦︎
そこは王城の一室――
城の中でも限られた者のみが立ち入りを許される一角にあるその部屋でラピーナ・ドレザルは額を床に擦り付ける。
許しを願う先にはラピーナなど意に介した様子もない男が部屋の窓から暗い夜の王都を見下ろしている。
それでも尚、ラピーナは顔を上げようとしない。
そうしなければこの場で首が落ちる事を理解しているからだ。
「殿下」
いつまでも続きそうなこの状況に、殿下と呼ばれた男の側に控えていた三人目が抑揚のない声音で呼びかけた。
「ん? ああ、男爵いつまでそうしているつもりだい? さっさと出て行きたまえ」
その表情は一見すると優しげな微笑みを浮かべる好青年に見える。
さらりと伸びたブロンドの髪は風のない室内でも僅かな動きで流れるように美しく動く。
出立、所作からも育ちの良さが伺えた。
しかし、その目に温度はなく、まるで路傍の石の如く微塵の興味も存在していない。
「こ、此度の失態、まことに――」
「アレクセイ、客人がお帰りだ」
時間の無駄だと言わんばかりに、一切の慈悲もなくラピーナの言葉を遮り、切り捨てる。
それはラピーナにとっての死刑宣告であった。
アレクセイは無言でラピーナを引きずり部屋から退出させる。
ラピーナの目に光はなく、抵抗もしなかった。
「さて、実際その目で見てどうだった?」
「予想以上でした」
アレクセイの言葉に男は眉根を寄せる。
それは求める回答と異なっていたからだ。
「お前の感想が聞きたいのではない! 例の平民は使えそうかと聞いているんだ!!」
不機嫌を隠そうともせず、声を荒げる。
「使えるかと問われれば難しいと答えざるを得ません」
アレクセイは怒る男の態度に顔色を変えず淡々とそう答えた。
「ならば消せ! 機会はこちらで作る!」
「……御意」
アレクセイはそう答えると、一礼し部屋から出ていった。
「忌々しい! だが、良い口実が出来たか……アーサー共々葬ってしまえばいい、そうなれば王位は私のものだ……クックック……」
♦︎
夜も更け、日付が変わろうかという頃――
ミナトの決闘騒ぎで手付かずだった書類仕事を終える。
ガチガチになった身体を伸ばしつつ、声を掛ける。
「いるんだろ?」
部屋の外に声を掛けた訳ではない。
執務室は俺以外に姿はない。
それでも確信を持って声を掛けた。
「あら? 気がついたの? 先日は鈍ったかと思っていたけど、少しは勘が戻ったかしら?」
空気が一瞬揺らめき、マーリンが姿を現す。
肩を回し、固まった全身を鳴らしてからため息を吐く。
「まだまだ若いやつにゃ負けねぇよ、と言いたいところだが、歳には敵わねぇな」
エルフってやつは羨ましい限りだ。
初めて会ってから20年以上経つが姿がまるで変わらない。
「平和に慣れすぎただけじゃないかしら?」
そうかもしれないが、今はそんな事を話す時じゃない。
「ミナトの奴、今日の決闘で本格的に知れ渡った。 王家の連中が動いてもおかしくねぇ。 その上、聖光教会まで王都に乗り込んで来てやがる、大事になるぞ」
「そうね」
「『そうね』じゃねぇだろ! いい加減何考えてるか教えやがれ!」
「貴方に話したら意味ないでしょ? あの子、勘がいいんだから」
「どういう意味だ?」
「気にしなくて良いわ。 でも安心して、私はあの子の味方よ、それだけは約束するわ。 それにいざとなったら手筈通り"ビヴレスト"を使って頂戴」
そう言うと、マーリンの姿が薄れる。
「おい! ちょっと待て!」
叫んでも姿は勿論、気配すら完全に消え去っている。
「クソ……本当に大丈夫なんだろうな……」
♦︎
「…………」
「なんだ、まださっきの話を気にしているのか?」
クロが呆れた様子でそう問いかけてきた。
「気にするだけ無駄よ、ご主人様はどうせ暴れるんだから遅いか早いかの違いでしょ?」
ルリはそう言って大きく欠伸する。
この犬っころ……
「今考えてるのはそんな事じゃねえよ」
「じゃあ何考えてるのよ?」
「うーん……」
聖光教会と王国、勇者に貴族――
俺が好き勝手に動いているってのもあるが、いよいよ避けて通るのは難しくなってくるはずだ。
そろそろこちらも動く頃合いだろう。
「よし、ルリ」
そうと決まれば仕方ない。
「お前、森に帰れ」
「――え゛?」